試食

世界で初めてエスカルゴ・ブルゴーニュ種の養殖に成功した「三重エスカルゴ開発研究所」に行ってきた


7月に入るとフランスではエスカルゴ狩り(エスカルゴ猟)が解禁となります。エスカルゴはあまり日本の食卓に載る食材ではありませんが、実は、最高級のエスカルゴであるブルゴーニュ種(ポマティア)の完全養殖に世界で初めて成功したのは日本でのこと。いったい成功させたのはどんな研究所なのか、そして養殖で作られたポマティアはどんな味なのか、解禁時期に合わせてエスカルゴを食べに行ってきました。

エスカルゴ牧場-三重エスカルゴ開発研究所
http://www.mie-escargots.com/

場所はココ、三重県松阪市曲町78番地。伊勢自動車道の松阪ICから車で10分弱です。


マップ中に見えている「伊勢寺郵便局」の前まで行くとエスカルゴ牧場までは残り600メートル。


郵便局から牧場までの間に三重交通の一本松停留所があるので、松阪駅からバスで来ることも可能ですが……


便数が非常に少ないので、もし鉄道利用で来ているのであれば松阪駅からはタクシーの方が確実かも。なお、だいたい松阪駅からの距離は4km弱なので、徒歩でも来られないことはありません。


少し道幅が狭いものの、この案内通りに道なりに進んでいくと左手側に「タカセテッコウジョ」やカタツムリの絵が描かれた建物が見えてきます。


走ってきたのはこんな道。先ほど見えていた建物は高瀬鉄工所、エスカルゴの養殖に成功した高瀬俊英さんが経営している会社の1つです。


むしろ高瀬さんの本業は「鉄工所のオヤジ」であり、他にも3つ会社を経営しているのですが、エスカルゴに魅せられて養殖できないかと研究するために作ったのが5つ目の会社である「三重エスカルゴ開発研究所」だというわけです。


高瀬鉄工所の真向かいに立っているのが、みんなにエスカルゴを食べてもらうために作られた「エスカルゴ牧場」。広い駐車場が設けられていて、観光バスで乗り付けることも可能。


駐車場の隣にはレンガで作られたエスカルゴの絵が。


早速、高瀬さんに案内されて「エスカルゴ牧場」へ。中は食堂です。


すでにサラダが用意されていました。


「見学コース」(900円)だと、先に研究所を見てからブルギニョン2つを試食できるという流れですが、今回は食事メインの「ブルギニョンコース」(2700円)を予約したので、先に食べてから後で研究所を見ることになります。メインディッシュであるブルギニョンの調理中に、高瀬さんがエスカルゴについての話を聞かせてくれました。

そもそも「エスカルゴ」と呼ばれているものには「ブルゴーニュ種(ポマティア)」「トルコ種」「プティ・グリ種」「グロ・グリ種」の4つがあり、このうち「ポマティア」はエスカルゴの王様と呼ばれる最高級の品種です。


エスカルゴを食べる習慣は古代ローマにまで遡るというかなり古いものである一方、繁殖力の弱いポマティアを養殖することは非常に困難で、人が食べ尽くす寸前までいった結果、フランス政府が保護育成種に指定し、産卵期は採取禁止・採取して良いのは規定の大きさ(3cm)を越えたもののみと定めるに至りました。「ブルゴーニュ」という名前ですが東欧でも採れることから、フランス国内のレストランでポマティアを食べられるという場合は東欧からの輸入品であることがほとんど。フランスでのエスカルゴの年間消費量は約4万トン(エスカルゴ30億匹相当)で、その半分を輸入品が占めています。

トルコ種はポマティアの代用品として使われることがあるのですが、こちらも養殖は難しく、現在養殖が行われているのは繁殖力が強いプティ・グリ種とグロ・グリ種のみ。そのため、ポマティアやトルコ種の殻にプティ・グリ種の身を入れているというケースもあるのだとか。

さらに、エスカルゴですらないアシャティーヌ種(アフリカマイマイ)が利用されていることもあります。フランスでは「エスカルゴ」を名乗ることができず「アシャティーヌ」と表記されている、いわばまがい物のエスカルゴですが、日本に輸入されているエスカルゴの缶詰はこのアフリカマイマイであることがほとんど。


高瀬さんが「エスカルゴ研究」を閃いたのは約30年前のこと。エスカルゴを育てるために何が必要なのかを調べ、何度も渡仏してマフィアに会ってまでポマティアの個体を7匹手に入れ、政府に申請して輸出入許可を得て三重県に持ち帰り、「三重エスカルゴ開発研究所」を設立して養殖のための研究をスタートさせました。

しかし、繁殖を考えたときに立ちはだかってきたのが植物防疫法でした。というのも、戦前に食用目的で輸入されたアフリカマイマイが沖縄や小笠原で他の陸生貝類や植物群に大きな被害を与えたことから有害動物指定を受けており、ポマティアも繁殖目的で大量に輸出入することができなかったため。これを変えるべく高瀬さんは農林水産省と数年にわたって交渉を行い、1993年にポマティアとトルコ種の輸入規制を解除させることに成功しました。

昆虫・微生物類等の植物防疫法における規制の有無に関するデータベースで、キーワードに「エスカルゴ」を入力して調べると、このように「Helicidae(ヤマキサゴ科)」のうち、「Helix lucorum(トルコ種)」「Helix pomatia(ブルゴーニュ種・ポマティア)」が輸入規制なしとなっているのが確認できます。


一方で、メジャーなエスカルゴである「Helix aspersa(プティ・グリ種)」は輸入規制ありです。


高瀬さんが世界で初めて成功したポマティアの「完全養殖」とは、卵から孵化したエスカルゴが成長して産卵し、その卵からまた次の世代のエスカルゴが産まれるというサイクルをすべて人工飼育で行うことができるようになったということ。「これがその卵」と、ビン入りの卵を魅せてくれました。「白いキャビア」と珍重されたこともあるようです。


そしてこれがポマティアの殻。


「ほうほう、これが……」と思っている間にブルギニョンが焼き上がりました。


ブルギニョンとは、エスカルゴの身をいったん取りだして香味野菜でじっくり煮込み、殻の中に戻した後、ガーリックソースを載せて焼き上げた料理。エスカルゴ牧場では、ガーリックソースに使っているニンニク・パセリ・エシャロットはすべて自家栽培のものを使用。


サラダの野菜ももちろん自家栽培で、朝採りのもの。トマトはサイズはプチですが肉厚で、皮に歯を立てても弾けることなく「ぶじゅるっ」と肉に食い込んでいく感じ。サラダにかける胡麻ドレッシングも牧場製。すべて自家栽培のものを使っているのは、こうしてエスカルゴの良さを伝えるために食べてもらうのだから、使う素材もいいものを使いたいという高瀬さんのこだわり。


ブルギニョンの食べ方は、まずカットして焼き上げたパンを皿の中央に置き……


続いて、すぽっと穴に収まっているポマティアの口の真ん中部分をフォークで挟むようにして縁まで持ち上げます。


そしてエスカルゴトングでしっかり挟みます。


そのまま挟んだポマティアを先ほどのパンの上まで持ってきて傾け、中のガーリックソースをパンにかけます。


かけ終わったら、フォークを使って身を取り出します。


さらに、殻の中に残っているソースをしっかりとかけて……


皿の窪みにたまっているソースも少しすくってかけます。


この食べ方なので間違いなくエスカルゴだとわかりますが、確かに身は貝類とそっくり。


あとはこれを頬張るだけ。正直、エスカルゴには少し泥臭い印象があり、ときどき砂の混じったような身を食べることもあったのですが、ポマティアは上等な貝を食べているときのような食感。コリコリしているわけではないのですが、少し歯ごたえがあり、全体的にはガーリックの風味が強いながらも、動物性の香りが鼻に抜けます。


今回は特製の生ぶどうジュースをもらいましたが、これはワインを注文したい品。


窪みに残ったソースはパンにつけて食べればOK。エスカルゴを載せるものとはまた別にパンを持ってきてくれます。


税込2700円という価格は、ランチなどとして考えると高い部類ですが、これまでのエスカルゴのイメージを軽く飛び越えていくポマティアの味、そしてサラダもジュースもこだわりを感じるうまみがあるので、ここまで来ることを苦にしないのであればたっぷり満足できるはず。


と、高瀬さんに「手を出して」と言われたのでいわれるがままに出してみると、「これがエスカルゴ」と手のひらにポマティアを置かれました。


手前のものが赤ちゃん。ヌメッとしているのは事実なのですが匂いはまったくなく、むしろ、何だかにゅるにゅるして気持ちがいいぐらい。


このヌメヌメとした粘液にはコンドロイチンが含まれているので、肌がツルツルになります。韓国産のコスメで「かたつむりクリーム」というのが出ていますが、こちらはまごう事なきホンモノの粘液なので、混ざり物の心配はありません。かたつむりクリームに効果があるかどうかはわかりませんが、粘液の美容効果は間違いないようで、高瀬さんの手のひらはツルッツルでした。なお、この粘液を売り出すと薬事法に抵触してしまうのだそうで、残念ながら製品化はされていません。


と、たっぷり料理と話を堪能したところで、この鉄工所の裏側にある研究所へ向かいます。


その途中で、修理に出していたという機械が帰ってきたのでチェックする高瀬さん。世界で唯一、ポマティアの完全養殖に成功した人物ですが鉄工所の社長であり、設計士・技師でもあります。


鉄工所の裏手には研究関連の建物が並びます。


正面奥にあるのが研究棟。


これがポマティアの産卵棟、内部は撮影禁止でした。換気用のダクトのようなものが見えていますが、温度・湿度を厳密に管理することでポマティアが住む「ブルゴーニュの森」を再現しています。エスカルゴは雌雄同体で、1匹が約30時間で約60個の卵を産みます。赤ちゃんポマティアが孵化していないかどうか、毎日チェックして、いたらピンセットで別容器に移します。ちなみに、鮭などと同じように、産卵を終えたポマティアは味が落ちるため食用には回さないとのこと。


自然に生息しているポマティアはプランクトンを食べているので、そこまで再現できるように何年も寝かせて作った腐葉土を使用。使い終わったものはさらに新しいものと混ぜたり、自家製野菜を育てる畑に使ったりしているそうです。


このほか、飼育棟には4段重ねのラックがもうけられていて、箱入りのポマティアがエサを食べていました。エサは大豆を中心とした、いわばきな粉のスゴイやつ。これは、エサをどこでも容易に調達できるようにという配慮から考えられたもの。ラック間には通路があり、そこにレールを渡すことでラック内の箱を簡単に引き出して管理できるようになっていました。このラック類をすべて作れるのは鉄工所をやっているからこそ。「ラックだから管理が簡単だし、たくさん飼育するときには段を増やすだけでできる」と、さらなる拡張性も持たせていることを説明してくれました。

もう1つあるのが凍眠室。「冬眠」ではなく「凍眠」なのは、冬じゃなくても眠って起きれば春が来たと勘違いするのでは?という発想から来ています。事実、高瀬さんは何度も何度も実験を繰り返し、外気温が30度を越えるような時期でも一度ポマティアを「凍眠」させ数日後に目覚めさせると、冬を越して春になったと勘違いすることを確認。こうすることで、天然だと3年かかる成長をわずか4カ月に短縮することに成功しました。

そんな高瀬さんのもとにはテレビや雑誌の取材のほか、名だたる百貨店のバイヤーやレストランのシェフらも足を運んでいます。それこそ、テレビで名の知られているような料理人も来るのですが、そんな人でも扱うのはプティ・グリ種ばかりなために「これがホンモノのエスカルゴだとは」と驚いて帰っていくことがあるそうです。


最近はアラブの大富豪から「プライベートリゾートを作るので、そこのレストランでエスカルゴを出せないか?」との打診があり、おそらく何年もかかるであろうこの計画に「命も、家族も捨てて挑んでもいい」と覚悟を決めたそうです。ただ、その後の連絡がうまくいっておらず、6月のアラブ行き予定が流れてしまって、計画がどうなるかは不明……。


高瀬さんが大学教授ではなく「鉄工所のオヤジ」だからということで、本当に養殖できているのかを疑う人もいるそうで、高瀬さんは自分にできることは、こうしてエスカルゴ牧場に来てくれる人に食べてもらって本当にエスカルゴはおいしいんだということを伝えていくだけだと、少し残念そうでした。この研究所のある松阪市といえば「松阪牛」が有名ですが、エスカルゴも十分に高級食材であり、もっと大きくアピールしていってもいいモノのような気がするのですが……。


ちなみにエスカルゴ牧場の営業時間は9時~17時で不定休。料理の準備があるため、行くことを考えている人は事前に電話で予約を行って下さい。冷凍エスカルゴしか食べたことがない人、エスカルゴにいい印象がないという人も、食べると印象が変わること間違いなしです。

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in 取材,   試食,   生き物, Posted by logc_nt

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