インタビュー

「必要なのは常識です」NHK勤続30年超の大ベテラン伊藤博英アナウンサーインタビュー


前身となる社団法人東京放送局が放送を開始して以来86年、我が国の放送事業の先駆者として、常に日本の「放送」を見守り続けてきた日本最大の放送局NHK(日本放送協会)。そんなNHKのラジオ放送に関わる業務は渋谷にあるNKH放送センター内「NHKラジオセンター」に集約され、ニュースなどが24時間稼働体制のもと全国に発信されています。

今回、そんなNHKラジオセンターで働く方々とお話するする機会があったので、ラジオという放送事業の根幹を支える世界の裏側を聞いてきました。


まずお話をうかがったのは、NHK勤続30年以上の大ベテラン、アナウンス室エグゼクティブ・アナウンサーの伊藤博英さんです。

GIGAZINE(以下、G):
今回はとりあえずインタビューと言っても単純に、話をちょっと聞きたいなという感じなんですが。

アナウンス室エグゼクティブ・アナウンサー 伊藤博英さん(以下、伊藤):
いいですよ。僕はNHKの、つまりアナウンサーの中でもキャスターの仕事というものを一通り担当してきました。最初はローカル放送局の福島放送局からです。そして福島から長野、長野から名古屋へ行って東京に来て、それで一回仙台にも行って、また東京に来て今に至ります。今まで担当したのは、ローカル放送局のニュース番組。というのも僕は報道系なものですからニュース番組を担当していたんです。東京に来てからやったのは、土曜日と日曜日の昼のテレビニュースからです。それから一旦そこを離れて、政治番組のディレクターをやりながら、キャスターもやるといったことをしました。その時は、NHKスペシャルを作ったりするような側に回っていまして、それが終わって今度は6時台の「おはよう日本」朝のキャスターを担当しました。


G:
ええ。ありましたね。

伊藤:
同番組の土日の7時台を担当して、そして5時から、一番早い時間帯の「おはよう日本」の最初のキャスターを担当していました。


G:
朝の方の5時ですか?

伊藤:
そうです。それで、仙台放送局に行って、仙台の夕方のニュース番組を担当してこちらへ戻って来て、それから土日の19時のテレビのニュースを担当して、土曜日の「夕方ニュース」という番組を担当してきました。聴いてらっしゃる方たちも含めて、どちらかというとテレビは若手のメディアと言えるんじゃないでしょうか。ラジオは年配の方も聴いてらっしゃるので。ある程度ベテランになると「じゃあラジオの番組を担当して」ということで、ラジオの昼のニュースと19時のニュースを担当していました。そして新番組ができるということでこの「夕方ニュース」という番組を担当し、今に至ります。ということで、振り返ると一通り大体こんな感じでしょうか。


G:
何かすごく「ぶわーっ」とやられてますね。

伊藤:
そうですね。そんな感じで担当してきています。


G:
なるほど。テレビとラジオとで、話し方のようなものを少し変えなければいけないということはあるんですか?

伊藤:
変えなければならないというか、テレビというのはどちらかというと「皆さんにお伝えする」という性質のものじゃないでしょうか。つまりいろんな方、老若男女がご覧になっているわけだから、「皆さん」に今日の「今」起こっているニュースをお伝えする。「これが今起こっていることです」という風に伝えていけばいいわけですね。そしてラジオの方はどちらかというと、むしろ「あなたにお伝えしていますよ」というようなものじゃないでしょうか。つまり聴き方が、テレビ画面の前に皆がいるというよりは、一人で聴いてらっしゃる、あるいは通勤途中にイヤホンで聴いている、そんないろんな形が想定されるわけですが「大勢ラジオの前に集まって」というような昔のようなスタイルではないですよね?となると、ラジオの場合はなるべく「今あなたに話していますよ」という形で、ニュースであっても番組であってもお伝えすることになるわけです。

だから「夕方ニュース」なんかは、双方向が成立しやすいわけですよ。聴いてらっしゃる方からメールとか声が届けば、それに対してお応えすることができるということです。テレビだとどちらかというと「皆さん」と呼びかけるスタイルなので。まあ今、そうでない方向を目指している番組もいくつもあるのですけれども。しかし基本的には、特にニュースというものだとそういうスタイルになりますよね。例えばこの間の震災の報道で、僕はラジオの震災の報道をずっと担当していましたけれども、その時でもテレビは映像を示しながら、「今こういう風になっています」というのがまあ、ニュースだから。でもラジオはそうではなくて「あなた、10メートルの津波が来ます。危ないから逃げてください」というのがラジオの伝え方ではないのかなと、今は思っています。


G:
なるほど。そう言われてみると確かに決定的な差がありますね。

伊藤:
制作している人たちはそれぞれの番組で狙いというか「こういう風に聴いてほしい」「こういう人たちに届けたい」という意図がありますからね。「NHKのニュースはどこつけても同じだ」という風に思われるかもしれないけど(笑)それは全部見てないからで。ちゃんと見ると、それぞれが「こういう人たちに」「こういう形で」「こういうニュースを中心に伝えたい」という気持ちがあるということがお分かりいただけると思います。

そういう意味では、NHKの中では今まで「双方向」の番組というのがなかったんですね。つまりいろいろな番組において視聴者からメールをもらったりFAXやお便りをもらってそれをご紹介するというものはあったんですけれども、番組の本筋に関わるところで意見をもらってその意見に答えていく、そういう意見が来れば別の違った意見があったり、体験談があったりする、そういう番組がなかった。そうした双方向のやり取り自体が番組の、つまり骨格のメインになっているという番組は、この「夕方ニュース」が初めての、NHKで最初の双方向ニュース番組と言われているんですね。そういう意味で言うと、もう今4年目ですけれども、かなり定着をしてきていると思います。最初のうちは、皆さんが意見をどんどん出してくれるかと言えばそうでもないし、それからやはりどうしても、バランスを取らなければいけないということがありました。NHKの場合は多数意見だけじゃなく少数意見も尊重します。異なる考え方や異なる意見がある時には、それらをバランス良く、両方の意見をきちんと出して、それらを受け止めて放送します。というのもこれは一つの、放送の基本的な考え方なものですから。そういう意味で言うと、バランスを取って放送する、それから対立する意見もきちんと、もしそうした意見も来なければこちらがきちんと調べてそれを放送する、というようなことが必要になってきます。今はもう4年目ですからそういう意味ではだいぶ定着して、本当に多様な意見がきちんと来るようになりましたね。


G:
その4年間の中で「定着し始めたな」ということが分かった時期というのは何か手応えのようなものがあったんでしょうか?

伊藤:
放送開始後最初の1か月くらいで「ああこの番組は十分、もういけてるな」と感じました。


G:
早くも手応えがあったと。

伊藤:
手応えがありましたね。

G:
その辺は、やっていると何かのきっかけではっきり分かるものなのでしょうか、それとも何となくぼんやり分かってきたものなのでしょうか?

伊藤:
それはやはり、さっき言ったように「一人一人に」と考えた時に「一人一人が」この番組をちゃんと受け入れてくれているかどうかによると思います。受け入れてくれるような意見が来るようになれば、この番組を信頼してくれるようになるし。番組に対する信頼がなければ、良い意見はもちろん来ません。だから皆さんからの反響を見ていると「この番組自体が受け入れられてちゃんと聴いてくれているんだな」と感じます。ゲストの方たちも有識者の方から政治家もいれば、ごくごく普通の方も来るしNPO活動してる方も来ます。様々な方がスタジオに来てくれたり電話で出てくれたりするわけですが、その方たちも「聴いてます。その番組だったらOKです」などと言ってくださいます。大湖さん(今回の取材をセッティングしてくれた大湖弘之さん)なんかいつも、交渉するとそういう風に言われることがあって、それはやはり皆さんが聴いてくださってるということの表れだと思います。本当、番組が定着しているのは感じますよね。


G:
最後の方の質問になるんですけれども、このように今携わってらっしゃる仕事、アナウンサーなどを志すような人に対して「こういうことをやっておけばいいんじゃないかな?」というような、アドバイスのようなものがあればお願いします。

伊藤:
必要なのは「常識」です。


G:
「常識」?

伊藤:
若い人であっても、常識を身に着けること。それはすぐには身に付かないんですけれども「常識ってなんだろう?」ということをいつも考えることが大事です。別に僕も他に何か特別なことをやったっていうわけじゃないんですよ(笑)そんなわけではないんですけれどもね。


G:
ということは、やはり「常識のようなものが大事だ」ということを実感するエピソードのような体験か何かがあったんでしょうか?

伊藤:
今回の取材とは関係ないかもしれないですけれども、政治番組で「憲法記念日特集」なんていう番組を作りますからね。そうすると、一番きわどいところをやるわけですよ。僕がやった時には、日本の国際貢献。PKOの派遣などをやるんですよね。そうすると、自分のその年代なりの常識というものがもちろん、あるわけでして。そうすると、いろいろな人たちに、いろいろな考えを持っている人に当たるわけですよ。


例えば以前、青年海外協力隊で一番貧しい国に行って、お産婆さんをやってきたという若い女性で「(現地では)人が次々に何人も死ぬんですよ。そんな中で、日本は他にやることがあるんじゃないですか?」と言う人がいる一方で、PKOから帰ってきた部隊長にもインタビューをすると「でもそれはミリタリーだからできることで、各国と連携を取れるならそうした方がいい」と言う。しかしお互いどちらも否定し合うものではないんです。そういういろいろな考え方を持っている人たち、いろいろな経験や実践をしてきた人たちから話を聴くことによって、当初僕が持っていた僕の中の常識というのがどんどん膨らんでいくわけですよね。

番組を作る中で皆議論するわけですよ。「でも実際に行ってきた人たちだから、その人たちの言葉やっぱり聞いてみた方がいいよ」ということで実際にお話を聞いてみると、やっぱり説得力があるんですよね。ひるがえって個人でそうしたボランティア活動をしてきた人たちの声を聞くと、やはり国とか政府とかミリタリーではできない貢献、もちろんこれもあるんだと気づかされます。それら全部を自分の大きな常識として捉えた時に「この番組をどういうスタンスで、どのような展開で作ったらいいだろう?」「素材は何が必要で、スタジオに来てもらうゲストはどういう人たちがいいのだろう?どういう討論をしていったらいいのだろう?」とも考えるわけです。


それから、皆ここにいる人たちはごくごく普通の学校を出て普通に入ってきたような人たちなんですけれども、やはりそういうものを作っているうちに、個々人の持っている常識の幅が広がっていって、それからいろんな意見を取り入れる力というか、意見をきちんと受け止める力がついてきて、それでやっと多くの皆さんに聴いてもらって納得がいくということもあります。聴きながら「いやそれは違う」という人もいれば、「いやその通りだ」という人もいる。それは当然この国の中に考え方がいろいろあるわけですから。そういうところを上手く皆さんの「声を声として」きちんと伝えられるような、そういうような番組作りを心がけています。だからそういう経験が今、この時間(番組)の中では生きているんだなと思います。


G:
なるほど。非常に美しくバチッとまとめていただき、ありがとうございます!

・つづき
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in インタビュー, Posted by darkhorse

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