「睡眠中に脳が老廃物を除去する」という仮説を補強する論文が発表されるも一部の科学者らは批判

近年は「人間の脳は睡眠中に脳脊髄液を通じて老廃物を洗い流している」という仮説が注目されており、その仮説を裏付ける研究結果や、逆に仮説を否定する研究結果などが報告されています。2025年にもこの仮説の元となった論文を発表した研究者らが新たな研究結果を発表しており、研究者らの主張やこれに対する批判などを科学系メディアのQuanta Magazineが報じてています。
The Mysterious Flow of Fluid in the Brain | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/the-mysterious-flow-of-fluid-in-the-brain-20250326/

脳は頭蓋骨や精巧な保護システムによって覆われた器官であり、血液からの栄養供給も血液脳関門を通じて行われています。しかし、脳は体内で最も代謝が多い臓器のひとつであり、代謝の過程で必ず副産物(老廃物)が生成されるはずであるため、「脳はどのようにして老廃物を除去しているのか?」という点が謎となっていました。
近年になって注目を集めているのが、脳内にある脳室やクモ膜下腔という空間を満たしている脳脊髄液が、脳内の老廃物を洗い流すルートになっているという仮説です。脳脊髄液は脳室に面している脈絡叢(そう)で分泌される無色透明の液体で、脊髄のクモ膜下腔にも存在しています。
死の瞬間に脳脊髄液が脊髄から脳内に流れ込むことから、生きている脳が何らかの方法で脳脊髄液を動かし続けていることが示唆されていますが、その正確な流れについては長らくわかっていませんでした。スウェーデンのカロリンスカ研究所で血管生物学教授を務めるクリステル・ベテホルツ氏は、「ここには何らかの流れがあるに違いないことは誰もが認めています。毎日半リットルの脳脊髄液が脳室で産生されているため、それらは排出されなくてはなりません。脳脊髄液がどこから出るのかについては、人々はまだ論争しています」と述べています。
そんな中、2012年にロチェスター大学のメイケン・ネダーガード博士らの研究チームが発表した論文では、マウスの脳脊髄液に追跡用分子(トレーサー)を注入したところ、トレーサーがすぐに脳の別の場所に到達したことが確認されました。これにより、脳脊髄液が血管の周囲のチャネルを通過して移動しており、その過程で老廃物の除去に関わっている可能性が示唆されました。
さらにネダーガード氏らは2013年の論文で、脳脊髄液による老廃物の除去を睡眠と結びつけました。この論文では、睡眠中のマウスの脳で最も脳脊髄液の移動が活発であったという実験結果から、「睡眠は記憶の定着を促すだけでなく、脳の老廃物除去においても重要な役割を果たしているのではないか」という仮説が提唱されています。
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ネダーガード氏は、「私は、睡眠の回復部分は記憶の固定化ではないと強く信じています。もしかしたら、部分的にはそうかもしれませんが、本当に重要なのは睡眠の清掃機能です」と述べています。この仮説が提唱されて以降、脳脊髄液を通じた脳の老廃物除去に関する多数の研究結果が発表されてきました。
ところが、一部の研究者らは「脳脊髄液が脳の老廃物を除去している」という仮説には十分な証拠がないとして批判しています。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の名誉教授であるアラン・バークマン氏は、理論のいくつかの側面は物理的に信じられないと指摘。たとえば、脳脊髄液の通り道とされるチャネルは実際のところその機能を果たすことができないとのこと。ベテホルツ氏も、脳脊髄液が脳から離れる血管の周囲に移動するという証拠はないと主張しています。
また、脳脊髄液を調べる際の課題として、「閉鎖された空間である脳室などに穴を空けて観察しようとすると、それ自体が脳脊髄液の移動に影響を与えてしまう」という点も挙げられます。これにより、新たな仮説を立てるのも困難だそうです。
新たにネダーガード氏らは2025年1月に発表した論文で、脳脊髄液が脳細胞間で送り出される仕組みと睡眠を結びつける実験結果を報告しています。この実験ではマウスの脳内にセンサーやワイヤー、チューブなどを埋め込み、脳内の一点に注入したトレーサーの振動やダイナミクスを観察しました。
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その結果、マウスが睡眠の中でもノンレム睡眠の段階にある時に、最もトレーサーの濃度が増減していることが判明しました。この実験結果から、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)という神経伝達物質が持つ血管を収縮させる作用により、周囲の脳脊髄液に圧力がかかって脳組織に送り込まれるのではないかという仮説を立てました。
ノンレム睡眠中の神経伝達物質の産生を切り替えられるマウスを用いた実験では、ノルアドレナリンの濃度が上がると脳内の脳脊髄液の量が増加することが確認され、ノルアドレナリンが何らかの形で脳脊髄液に影響を及ぼすことが示唆されました。また、直接血管壁を操作できるマウスを用いた実験では、血管を素早く動かすとその周囲における脳脊髄液の流れが増加したと報告されています。
一連の実験結果から、研究チームはノルアドレナリンと血管の物理的な動き、そして脳脊髄液の動きを結びつけています。ネダーガード氏は、「私たちは長い間、なぜ主に睡眠中に脳の洗浄システムが働くのかを探求してきました。この論文は、睡眠時に脳を洗浄するモーターやドライバーを見つけた、まさにその答えを示すものです」と述べました。

しかし、やはり一部の研究者らはネダーガード氏らの提唱した仮説には問題があると指摘しています。カリフォルニア大学サンフランシスコ校で血管やリンパ管を研究しているドナルド・マクドナルド氏は、2025年の論文では解釈とデータの境目がわかりにくくなっており、実験結果から導き出されたとは思えない脳脊髄液のダイナミクスを示した図も含まれていると批判しています。
また、ベルン大学で脳脊髄液のシステムを研究するスティーブン・プルー氏は、実験に用いられたトレーサー分子が非常に小さかったため、脳脊髄的の流れではなく拡散プロセスによって移動している可能性があると指摘。より大きな分子を脳脊髄液に注入することで、脳脊髄液とノルアドレナリンの関連をより明確にできるだろうと主張しました。
新たな論文の筆頭著者であり、記事作成時点ではオックスフォード大学の博士研究員を務めるナタリー・ハウグランド氏は、「仮説に対する批判はありますし、私たちがそれを正しい方法で理解しているかどうかもわかりません。仮説がどうであれ、実際に仕組みを解明しようと取り組む人が増えるほど分野が前進し、より多くの知識を与えてくれるでしょう」とコメントしました。
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