睡眠薬が「良質な眠り」につながらない理由が判明
なかなかな寝付けずに睡眠薬に頼ったことがある人の中には、確かに眠ったのにすっきりと起きられなかった経験がある人もいるかもしれません。マウスを使った実験により、一部の睡眠薬には脳から老廃物を洗い流すシステムを阻害してしまうおそれがあることがわかりました。
Norepinephrine-mediated slow vasomotion drives glymphatic clearance during sleep: Cell
https://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(24)01343-6
Early study reveals why sleeping pills may not supply the best-quality snooze | Live Science
https://www.livescience.com/health/sleep/early-study-reveals-why-sleeping-pills-may-not-supply-the-best-quality-snooze
脳は血液脳関門などのバリアで何重にも保護されていますが、体中のあらゆる細胞と同様に脳細胞も大量の老廃物を出すため、定期的にきれいに洗う必要があります。
この脳の洗浄機能である「グリンパティック(Glymphatic)システム」は、脳脊髄液が脳細胞から集めた汚れをリンパ系に流す働きをしており、アルツハイマー病の人ではこのシステムの機能が低下していることがわかっています。
グリンパティックシステムは常に稼働していますが、特に重要な働きのほとんどは睡眠中に起きているということがエビデンスから示唆されています。しかし、この重要なプロセスが具体的に何によって促進されているのかは正確にはわかっていません。
2025年1月8日に科学学術雑誌・Cellで発表した研究で、イギリスにあるオックスフォード大学の神経学者であるナタリー・ハウグランド氏らは、眠りに就くマウスの脳をスキャンする実験を行い、ノルエピネフリンというホルモンが脳の浄化作用に重要なことを突き止めました。
ノルエピネフリンはノルアドレナリンとも呼ばれており、いわゆる「闘争か逃走か反応」での機能が有名です。
研究チームによると、覚醒状態から眠りへと移行するノンレム睡眠(NREM sleep)の最終段階である「深い眠り(deep sleep)」では、ノルエピネフリンが約50秒ごとの小さな波として放出されていたとのこと。
ノルエピネフリンの濃度がピークに達すると、脳の血管が収縮して血流が減少し、脳脊髄液がリンパ系を流れて、細胞の老廃物を集めるスペースが生まれます。そして、再びノルエピネフリン濃度が低下することでシステムがリセットされるというサイクルが繰り返されます。
しかし、睡眠導入剤としてよく用いられるゾルピデムをマウスに投与すると、投与されなかったマウスに比べてノルエピネフリンの放出が50%も抑制されたとのこと。その結果、グリンパティックシステムの流れも30%以上減少してしまいました。
このプロセスがヒトでも起きることはまだ確認されていませんが、深い眠りに就いている人間の脳ではマウスと同様の働きがあることが以前の研究でわかっています。これがノルエピネフリンによって引き起こされているのであれば、睡眠薬を服用した人間のグリンパティックシステムでも同じ現象が発生する可能性があります。
つまり、ゾルピデムのような睡眠薬を飲めば速やかに入眠できる反面、薬が予想外に睡眠の質を低下させ、病気のリスクにつながるおそれもあるということです。
論文の筆頭著者であるハウグランド氏は、「睡眠薬と全死因死亡率の上昇や認知障害の関連性など、睡眠薬が最良の睡眠をもたらさないという手がかりは既にいくつか存在します」とコメントしました。
研究チームは今後、睡眠薬が夜間の脳の浄化作用に及ぼす長期的な影響を調査する予定とのこと。もし問題があることが確かめられた場合、グリンパティックシステムを乱さない新しい睡眠薬の開発が必要になってくるかもしれないと、ハウグランド氏は話しました。
・関連記事
アルツハイマー病の原因となる「脳の廃棄物除去システムの老化」を改善する治療法が開発される - GIGAZINE
一般的な睡眠薬がアルツハイマー病の原因とされるタンパク質を減らすことが判明、新たな認知症対策になる可能性を示唆 - GIGAZINE
睡眠不足は記憶喪失の原因となり、さらにアルツハイマーの元となるタンパク質も蓄積してしまうことが判明 - GIGAZINE
36億円の資金を投じて睡眠を自由自在にコントロールする埋め込み型マイクロチップが開発中 - GIGAZINE
眠れない夜に「今は何時?」と気にしすぎると不眠症がさらに悪化してしまうという研究結果 - GIGAZINE
「不眠症」はどのようなメカニズムで発生するのか? - GIGAZINE
・関連コンテンツ