サイエンス

AIを使ってヘビ毒をブロックするタンパク質を設計する試み


2024年にノーベル化学賞を受賞したワシントン大学のデヴィッド・ベイカー教授が率いる研究チームが、AIによるタンパク質の3次元構造予測を用いて、ヘビ毒に含まれる毒素の一部を阻害できる新しいタンパク質を設計したと発表しました。

De novo designed proteins neutralize lethal snake venom toxins | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-024-08393-x

Researchers use AI to design proteins that block snake venom toxins - Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2025/01/researchers-use-ai-to-design-proteins-that-block-snake-venom-toxins/

ヘビの毒は呼吸困難を引き起こす神経毒や血液凝固を阻害する出血毒、組織損傷を引き起こす細胞毒など、さまざまな毒素が含まれています。その毒素のほとんどはタンパク質で、ヘビに噛(か)まれた場合は毒素に対する抗毒素を含んだ血清を注射するしかありません。しかし、この血清は冷蔵保存が必要で、保存期間も短いとのこと。一般的にヘビに噛まれる事故の多くは都会から遠く離れた山奥やへき地で発生するため、保存の難しさは運用において大きな壁となります。

もしこの抗毒素と同じ機能を持ち、より小さく安定したタンパク質が見つかれば、遺伝子工学を利用してそのタンパク質を細菌などで生産することで、冷蔵を必要としない抗毒素を生成できる可能性があります。

今回ベイカー教授の研究チームが発表したのは、コブラ科の毒ヘビが持つスリーフィンガー毒素(3FTx)と呼ばれるタンパク質群の抗毒素です。3FTxには呼吸マヒを引き起こす神経毒や、四肢の変形や皮膚の壊死(えし)を引き起こす細胞毒があり、3本指という名前の通り、3本のβシートが伸びる立体構造を持つのが特徴。3FTxは免疫原性が低いため、従来の血清による治療では十分な中和抗毒素が得られにくいという問題があり、さらに投与が遅れると効果が低下するという時間的な制約もありました。


研究チームは深層学習ベースの「RFdiffusion」という手法を用いて、毒素の構造を詳しく分析した上で3本のβシート構造にぴったりとはまるようなアミノ酸鎖を発見し、「ProteinMPNN」と呼ばれるAIパッケージを用いて、RFdiffusionで分析した鎖を持つアミノ酸配列を特定しました。さらにここからタンパク質立体構造を予測するAlfaFold 2とRosettaを用いて、新しいタンパク質の構造が検証されました。コンピューターで設計された44種類のタンパク質の中から3FTxと最も強い相互作用を示したものを選んだ後、研究チームは再びRFDiffusionを使って、このタンパク質の変異体からより効果的と思われるものを模索しました。

その結果、3種類の異なる毒素に対応するSHRT、LNG、CYTXという3つのタンパク質の開発に成功しました。これらのタンパク質は比較的高温でも安定していて、毒素に結合する性質を持っていたとのこと。


マウスを使った実験では、神経毒に対応するSHRTとLNGについては有意に高い効果が得られ、致死量の毒素を投与してから30分後の投与でも生存率はSHRTで100%、LNGで60%を記録し、生存したマウスに四肢や呼吸のマヒはみられませんでした。

ただし、細胞毒に対応するCYTXについては、有意な効果が得られなかったとのこと。研究チームは、3FTxの細胞毒が皮膚の細胞膜を破壊するメカニズムが完全には解明されていないことから、CYTXの効果を向上させるためにはさらなる研究と構造の最適化が求められると述べています。


今回の研究と実験はあくまでも概念実証の段階であり、ヘビ毒は多種多様である点には留意が必要です。しかし、従来の血清は動物を使って生産されていたのに対して、今回の方法で設計したタンパク質は細菌を使って製造できるため、従来よりも低コストで抗毒素を製造できます。また、保存も容易になることから、運搬や調達のハードルもぐっと低くなり、治療コストの削減も期待できます。

研究チームは「RFdiffusionを用いた設計手法は、他の医学的に重要な毒素に対する中和タンパク質の開発にも応用可能であり、より広範な種のヘビ毒に対応できる抗毒素の開発を加速できる可能性があります」と論じました。

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in サイエンス, Posted by log1i_yk

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