AIは人間の進化をどのように変えるのか?
AIの発展によって社会が大きく変わることが予想されますが、AIの影響は社会レベルにとどまらず、生命体としての人間の進化にも影響を及ぼす可能性があります。そこでオーストラリアのニューサウスウェールズ大学の進化生物学者であるロバート・ブルックス氏が、「AIが人間の進化をどのように変えるのか?」について解説しています。
Smaller brains? Fewer friends? An evolutionary biologist asks how AI will change humanity’s future
https://theconversation.com/smaller-brains-fewer-friends-an-evolutionary-biologist-asks-how-ai-will-change-humanitys-future-244179
「今よりもっと高度なAIが登場したらどうなるのか?」という疑問は多くの思想家が考えるものであり、中には「AIによって人間や多くの種が絶滅に追いやられる」「人間がサイボーグ化してAIと同化する」といったものもあります。
ブルックス氏は、「進化生物学者にとって、AIテクノロジーがあらゆる用途に多様化する様子は、生態学的な風景の中で微生物・植物・動物が増殖するのとよく似ています。そこで私は、『AIの多様性に富んだ世界との相互作用によって、人間の進化はどのように変化するのか?』という疑問を抱くようになりました」と述べています。
進化を説明する上で重要な理論とされる自然選択説は、環境の物理的特徴(気温や気候など)やその他の種(捕食者や寄生虫)、同じ種の他のメンバー(仲間や共存相手、敵対的な相手)などとの相互作用によって、生殖に有利な個体間の遺伝的差異が選別されるというものです。
たとえば数万年前にオオカミが人間の祖先と接触した際、攻撃性の強いオオカミは追い払われるか殺されるかしました。その結果、極度に神経質だったり攻撃的だったりする遺伝子が淘汰(とうた)され、イヌの家畜化が始まったといわれています。これと同様に、AIとの相互作用が人間の特定の遺伝子を淘汰し、進化が方向付けられる可能性があるとのこと。
もちろん、まだ完全には固まっていないAIとの相互作用に基づいて、人間が進化する方向を予測するというのは困難です。しかしブルックス氏は、「予測は間違っているかもしれませんが、私が意図しているのは『人間の進化、そして私たちが互いに最も大切にしている特質が、AIによってどのように変化する可能性があるのか』という問題について、会話を始めることです」と述べ、まずは考えてみることに意義があると主張しています。
今のところAIと人間の関係は、「人間がAIを開発する代わりに、AIが人間に対して膨大な知識やコンピューティング能力を提供する」という相利共生の関係といえます。すでに人間は、文字と筆記によって知識を外部化することで個人が覚えるべき負担が軽減され、その結果としてここ数千年で人間の脳が縮小したことが示唆されています。AIの進化も同様に、人間の脳を縮小させる方向に進化させる可能性があるとのこと。
「脳が縮小する」と聞くと恐ろしく感じるかもしれませんが、胎児の頭が小さい方が母親と胎児の両方にとってより安全に出産できるというメリットがあります。また、人間はAIやネットワークにアクセスできる限り、より多くの知能的な作業を実行することが可能です。
しかし、必ずしもAIと人間が相利共生の道を歩み続けるとは限らず、時には共生相手が宿主にとって有害な寄生虫に進化してしまうこともあります。その一例としてブルックス氏は、「ソーシャルメディア」を挙げています。
もともとソーシャルメディアは人々がつながりを保つのに便利な一種の共生相手として人間の前に現れました。しかし、今やソーシャルメディア上での注目が重要視されすぎており、多くのユーザーは対面での社会的相互作用を失い、睡眠すら奪われる事態となっていましました。こうなるとソーシャルメディアはもはや共生相手とはいえず、「有害な寄生虫」になってしまったといえます。
AIも同様に、ユーザーの注意をより強く引くことを効果的に学習してしまい、怒りや社会的分断をあおったりするようになる可能性があります。人間の生死や繁殖にまでAIが関与するようになれば、何かしらの遺伝的差異が生殖の上で有利になり、AIによって進化の方向が変化するかもしれません。ブルックス氏は最良のシナリオとして、「ソーシャルメディアに抵抗する能力や、AIに怒りをあおられても動じない能力がより強く進化するかもしれません」と述べました。
また、人間の進化には他の種との相互作用だけでなく「同じ人間との相互作用」も影響してきましたが、今や他の人間のように振る舞うAIチャットボットも登場しています。まるで人間の友達や恋人のような応答を模倣するAIチャットボットは、AIの進歩の中でも注目に値する分野のひとつです。
これまでのところ、人間はコンピューターを扱うための社会的能力を進化させていないため、テキストや音声で応答するAIに対して人間と接する場合と同じコミュニケーションツールを応用しています。AIチャットボットには感情がありませんが、人間側はまるでAIを感情を持つ人間のように扱うというわけです。
ブルックス氏は、「AIが持つ親密さによって、人間は電話やスクリーン越しの交流をより警戒するようになるかもしれません。あるいは、私たちの子孫は他人が一緒にいなくても孤独を感じなくなり、人間はより孤独な生き物になるのかもしれません」と述べています。
多くのAI研究者やライターは、AIが現代社会に生きる人々の生活をどのように改善あるいは悪化させるのかを考えており、数世代先の子孫の遺伝子に与える影響について考えることは、それほど重要とされていません。しかし、ブルックス氏はこの問題は取るに足らないと切り捨てるべきではなく、考える価値がある問題だと主張しています。
ブルックス氏は、「数世代にもわたる進化の変更は、友情・親密さ・コミュニケーション・信頼・知性など、私たちが最も大切にしている人間の特性の一部を変えるか、あるいは衰退させる可能性があります。それは明示的ではない方法で、人間であることの意味そのものを変えるかもしれません」と述べました。
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