国際刑事裁判所(ICC)が発行したイスラエルのネタニヤフ首相に対する逮捕状についてアメリカの政治家はどう反応したのか?
国際刑事裁判所(ICC)が、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とヨアヴ・ガラント前国防大臣、パレスチナのガザ地区を支配するイスラム原理主義組織・ハマスのアル・カッサム軍事旅団を率いる最高司令官・デイフの逮捕状を発行しました。ICC非加盟国であり、長らくイスラエル支持を表明してきたアメリカの政治家の多くがICCの決定に異議を唱えています。
How US politicians responded to Netanyahu’s ICC arrest warrant | Israel-Palestine conflict News | Al Jazeera
https://www.aljazeera.com/news/2024/11/21/how-us-politicians-responded-to-netanyahus-icc-arrest-warrant
現地時間の2024年11月21日、ICCの第1予審部が、ローマ規程第18条および第19条に基づき、イスラエルが主張していた「イスラエルに対するICCの管轄権の主張」に対する異議申し立てを却下する決定を全会一致で下しました。これに伴い、ICCはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相およびヨアヴ・ガラント前国防大臣に対する逮捕状を発行しました。
Situation in the State of Palestine: ICC Pre-Trial Chamber I rejects the State of Israel’s challenges to jurisdiction and issues warrants of arrest for Benjamin Netanyahu and Yoav Gallant | International Criminal Court
https://www.icc-cpi.int/news/situation-state-palestine-icc-pre-trial-chamber-i-rejects-state-israels-challenges
同日、ICCは「少なくとも2023年10月7日以降、イスラエルおよびパレスチナの領土で人道に対する罪および戦争犯罪を犯した疑いで、通称『デイフ』として知られるモハメド・ディアブ・イブラーヒーム・アル・マスリ氏に対する逮捕状を発行した」として、ハマスのアル・カッサム軍事旅団を率いる最高司令官として知られるデイフの逮捕状も発行しました。
Situation in the State of Palestine: ICC Pre-Trial Chamber I issues warrant of arrest for Mohammed Diab Ibrahim Al-Masri (Deif) | International Criminal Court
https://www.icc-cpi.int/news/situation-state-palestine-icc-pre-trial-chamber-i-issues-warrant-arrest-mohammed-diab-ibrahim
ICCの逮捕状発行により、ネタニヤフ首相らは正式に戦争犯罪容疑者となりました。ICCに加盟している欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務政策担当長官は、ICCの逮捕状について「EU加盟国すべてに拘束力がある」と言及。イタリアのグイド・クロゼット国防相も、「ネタニヤフ首相がイタリアに入国すれば逮捕しなければならない」と語りました。イギリスやカナダなどのICC加盟国もICCの逮捕状に従う旨のコメントを残しています。
一方で、ICC非加盟であるアメリカではICCの決定に対する批判の声が上がっています。バイデン政権はICCの逮捕状に対して即座に反対の声を上げており、ホワイトハウスの報道官であるカリーヌ・ジャンピエール氏は「ICCによるイスラエル高官への逮捕状発行を根本的に否定します」「我々はICCが逮捕状を急いで請求したこと、そして今回の決定につながった厄介な手続き上の誤りを深く懸念しています」とコメント。さらに、ジャンピエール氏は「イスラエルがICC加盟国ではないため、ICCはイスラエルに対して管轄権を持たない」というアメリカがこれまで行ってきた主張を繰り返しました。
バイデン政権の国家安全保障会議も、「アメリカは、ICCにはこの件に関する管轄権がないと明言しています。イスラエルを含むパートナーと連携し、次のステップを議論しています」と述べました。
次期大統領であるドナルド・トランプ氏の盟友として知られるリンジー・グラハム上院議員は、ネタニヤフ首相らへの逮捕状を発行したICCについて「アメリカ政府が制裁を科すべき時が来た」と言及。アメリカの下院では2024年6月にICCに制裁を科す法案が可決されましたが、上院ではこの措置が審議されないままです。
トランプ政権において国家安全保障担当大統領補佐官に就任することが予定されているマイク・ウォルツ下院議員も「ICCには信頼性がなく、これらの疑惑はアメリカ政府によって否定されています」とXに投稿し、ICCの決定は間違ったものであると主張しています。
The ICC has no credibility and these allegations have been refuted by the U.S. government.
— Rep. Mike Waltz (@michaelgwaltz) November 21, 2024
Israel has lawfully defended its people & borders from genocidal terrorists. You can expect a strong response to the antisemitic bias of the ICC & UN come January. https://t.co/jIalwzooeS
共和党の上院議員であるトム・コットン氏は、アメリカの大統領がICCの要請で拘束されているアメリカ人や同盟国の個人を解放するために「必要かつ適切なあらゆる手段」を使うことを認めるアメリカ軍人保護法を引用し、ICCの決定を非難しています。このアメリカ軍人保護法はICCに対する軍事力行使を承認しているため、「ハーグ侵攻法」(ハーグはICCの本拠地がある場所)とも呼ばれているそうです。コットン氏は自身のXアカウントで、「ICCはカモフラージュ裁判所であり、カリム・カーン(今回の逮捕状発行を行ったICCの主任検察官)は狂信者です。彼とこの違法な令状を執行しようとする者は皆、悲惨な目にあうでしょう。彼ら全員に親切に思い出させてあげましょう。ICCに関するアメリカの法律がハーグ侵攻法として知られているのには理由があります」と、かなり過激な発言も行っています。
The ICC is a kangaroo court and Karim Khan is a deranged fanatic. Woe to him and anyone who tries to enforce these outlaw warrants. Let me give them all a friendly reminder: the American law on the ICC is known as The Hague Invasion Act for a reason. Think about it.
— Tom Cotton (@SenTomCotton) November 21, 2024
民主党の政治家もICCの決定を批判しており、ジャッキー・ローゼン上院議員はバイデン大統領に対して「権限を行使し、ICCの行き過ぎに迅速に対応する」よう求めています。リッチー・トレス下院議員はICCが正当防衛を戦争犯罪とみなしているとして非難しました。ただし、イスラエルによるガザでの残虐行為は、国連の専門家が「ジェノサイド(大量虐殺)」であると認定しており、複数の人権団体も「自衛権の範囲外に該当する戦争犯罪である」と結論付けています。
なお、アメリカの政治家の中ではパレスチナ系アメリカ人であるラシダ・タリブ下院議員がICCの決定に賛同しており、「ICCがネタニヤフ首相とガラント前国防大臣に対して戦争犯罪および人道に対する罪で逮捕状を発行するという、長らく遅れた決定を下したことは、イスラエルのアパルトヘイト政府が何の処罰も受けずにいた時代が終わりつつあることを示しています」と声明を出しています。
My statement on the @IntlCrimCourt issuing arrest warrants for Netanyahu and Gallant for war crimes and crimes against humanity: pic.twitter.com/C10EN1yy0q
— Congresswoman Rashida Tlaib (@RepRashida) November 21, 2024
アラブ系アメリカ人の人口が多いデトロイト郊外のディアボーンで市長を務めるアブドラ・ハムード氏は、「ディアボーンはネタニヤフ首相とガラント前国防大臣がディアボーン市域内に足を踏み入れれば逮捕するだろう」と述べ、ICCの逮捕状発行を支持しました。
アメリカは「ICCにはパレスチナの管轄権がない」と主張していますが、パレスチナは長らく「国内で犯されたイスラエルによる戦争犯罪をICCに捜査するよう要請してきた」という長く複雑な歴史があります。イスラエルはローマ規程の署名国ではないため、ICCはイスラエルの政府高官やイスラエル国民が犯した戦争犯罪を、その重大性やどれだけ多くの他国がICCに捜査を付託したかにかかわらず、自動的に捜査・訴追する管轄権を持ちませんでした。しかし、パレスチナはイスラエルがパレスチナ国内で犯した戦争犯罪を訴追するために必要な法的管轄権をICCが有すると認めるよう、長期的な努力を続けており、2024年時点ではICCの管轄権は有効とみなされているそうです。実際、ICC側も「パレスチナがICCの管轄権を認めていること」を根拠に、今回の逮捕状を発行しています。
ブラウン大学の最新の調査によると、バイデン政権は過去1年間でイスラエルの安全保障支援に179億ドル(約2兆7600億円)を費やしており、これはアメリカの同盟国であるイスラエルによるガザ侵攻にとって不可欠な資金源となったとみられています。
なお、ICCがネタニヤフ首相らの逮捕状を発行した際、ICCの主任検察官であるカリム・カーン氏は「ICCの職員を妨害・脅迫・不当に影響を与えようとするあらゆる試みは、直ちに中止されなければならないと強く主張する」という異例の警告を発しました。
The Guardianの独自調査によると、イスラエルは約10年もの間、ICCに対して秘密裏に情報戦を仕掛けていたことが明らかになっています。イスラエルは諜報機関を用い、ICCの上級職員を監視・ハッキング・中傷・脅迫することで、ICCによるパレスチナでの調査を妨害しようしていた模様。この妨害工作に対して、カーン氏は「直ちに中止されなければならない」と警告したわけです。
Spying, hacking and intimidation: Israel’s nine-year ‘war’ on the ICC exposed | Israel | The Guardian
https://www.theguardian.com/world/article/2024/may/28/spying-hacking-intimidation-israel-war-icc-exposed
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