サイエンス

がん細胞ではDNAに眠る古代のウイルスが「覚醒」しているとの研究結果、がん治療に応用できる可能性も


人の遺伝子の約8%は、人類の祖先に感染したウイルスの名残である「内在性レトロウイルス」だと言われており、脳の活性薬物中毒への影響などの形で今なお人類に影響を及ぼしています。そんなウイルスの遺伝子が、がんの発生や悪化にも関与している可能性があることが突き止められました。

Endogenous retroviruses mediate transcriptional rewiring in response to oncogenic signaling in colorectal cancer | Science Advances
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ado1218

Ancient viruses fuel modern-day cancers | CU Boulder Today | University of Colorado Boulder
https://www.colorado.edu/today/2024/07/17/ancient-viruses-fuel-modern-day-cancers

コロラド大学ボルダー校バイオフロンティア研究所のゲノム生物学者であるエドワード・チュオン氏によると、遺伝子の中に残る内在性レトロウイルスには新しくウイルスを作る能力こそないものの、付近にある遺伝子の発現をオンにするスイッチとしての機能を持つとのこと。その中には、胎盤の発達や新型コロナウイルスに対する免疫反応など、現生人類にとって重要な機能に貢献しているものもあります。


このような内在性レトロウイルスのメリットに関する研究は盛んに行われていますが、人体に及ぼす害についての研究はあまり行われていません。

内在性レトロウイルスが、世界の死因の6分の1を占めるがんにどう影響しているのかを調べるため、チュオン氏らの研究チームは公開されているデータセットから21種類のがんのゲノムデータを抽出して分析しました。

その結果、研究チームは約3000万年前に一部の霊長類に感染したウイルスが残した遺伝子である「LTR10」が、肺がんや大腸がんを含む数種類のがんで驚くほど高いレベルの活性を示していたことを発見しました。さらに、大腸がん患者の腫瘍を分析したところ、患者の3分の1でLTR10が活性化していました。


試しに、研究チームが遺伝子編集技術のCRISPRと培養したヒトのがん細胞を使って、問題の遺伝子配列を切除したりサイレンシング(遺伝子のスイッチをオフにすること)をしたりする実験を行ったところ、がんの発生や成長の促進に関与する遺伝子もなくなりました。

さらに、マウスを使った実験では、がん細胞からLTR10を取り除くことでがん細胞の生存に関連した遺伝子である「XRCC4」もオフになり、これによって腫瘍を縮小させるがん治療の効果を高めることに成功しました。

がん細胞では、「MAPキナーゼ経路」とよばれる細胞内システムが常時オンになっており、その働きを阻害する「MAPキナーゼ阻害薬」というがん治療薬が広く用いられてきました。チュオン氏らの研究では、内在性レトロウイルスがこのMAPキナーゼ経路の遺伝子をオンにしている可能性が示されており、このことから「がん治療薬が効くのは内在性レトロウイルスがオンにしたスイッチをオフにしなおすからではないか」ということが示唆されています。

チュオン氏によると、がん細胞では本来活性化すべきではない遺伝子が多数発現していることがわかっていたものの、なぜそのような遺伝子が活性化されているのかは不明だったとのこと。しかし、今回の研究により、がん細胞を引き起こすスイッチの多くは古代のウイルスが関与していることが明らかになりました。


古代のウイルスとがんの関係を示す研究は、これが最初ではありません。以前にも、内在性レトロウイルスが毒性のある化合物を放出したり、遺伝子変異を引き越したりすることが示唆されているほか、ウイルスが白血病や前立腺がんの細胞経路を活性化させることを示す研究も報告されています。

今回の研究では、古代のウイルスががんに及ぼす新しい影響がわかりましたが、これは「内在性レトロウイルスががんを引き起こしている」ということを示しているわけではないとチュオン氏は考えています。

むしろ、がん細胞がそれらのウイルスを目覚めさせてがんの生存力を高めるのに利用したり、細胞が老化してゲノムの修復機能が落ちた時に古代のウイルスが目覚めて、ほかの健康問題につながるプロセスを活性化させたりしていると考える方が自然だとのこと。

チュオン氏は「どのようにして病気が細胞内に現れるのか、その起源は常に謎でした。内在性レトロウイルスがすべての元凶というわけではありませんが、その大部分を占めている可能性があります」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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