サイエンス

月の南極を生物多様性保護のための「冷凍保管庫」にするというアイデア


地球ではさまざまな生物が生息地を破壊されたり、狩りや外来種に脅かされたり、汚染や気候変動の影響を受けたりして、絶滅の危機に瀕しています。そこで、そのような危険が少なく気温が安定している「月の南極」を利用することで、動物細胞を冷凍保存するというアイデアを科学者たちは提案しています。

Safeguarding Earth's biodiversity by creating a lunar biorepository | BioScience | Oxford Academic
https://academic.oup.com/bioscience/advance-article/doi/10.1093/biosci/biae058/7715645

Scientists devised an unexpected use for the moon. It's a vault. | Mashable
https://mashable.com/article/moon-lunar-repository-life-storage


ワシントンにあるスミソニアン国立動物園にある保全生物学研究所で上級科学者を務めるメアリー・ハゲドーン氏らは、科学ジャーナルのBioScienceに発表した論文で、「地球の生物多様性を保護し、将来の宇宙探査と惑星のテラフォーミングを支援するための、生きた凍結保存サンプルを長期保管するための月面バイオレポジトリ」を提案しました。プロジェクトの始点としてまず、動物の皮膚サンプルを月面で凍結保存することで、地球上で多様性を脅かされている生物たちの細胞サンプルを安定して保存することに焦点を当てています。

凍結保存技術は、細胞を凍結したまま数百年も生きたままにできる革新的な戦略として、多くの研究者が注目しています。フィリピン大学ディリマン校にあるゲノムセンターの研究者らが発表した論文では、冷凍保存された細胞を解凍して、DNAや完全な細胞、そして機能する生物全体を回収した成功例が示されました。

細胞の組織サンプルを安定して冷凍保存しておくための低温貯蔵庫にはアメリカ自然史博物館のアンブローズ・モネル・クライオ・コレクションなどがありますが、専門家は「これらのバイオレポジトリはすべて、集中的な人的管理、電力、液体窒素の継続的な供給を必要とするため、予測できない自然災害や地政学的災害の影響を受けやすいものです。今日、多くの冷凍コレクションは都市中心部に保管されており、不安定化の脅威にさらされています」と指摘しています。以下の画像は、アメリカ自然史博物館にあるコレクションを保存するための液体窒素フリーザー。


一方で、「月の南極」と呼ばれる月の南緯80度から90度のエリアには、一定の太陽光が内部に届かない地域があり、その地域は年間を通じて摂氏マイナス196度以下に保たれています。この温度は細胞や分子の活動を完全に停止させるのに十分な低温であるため、極寒の環境を自然のまま利用して、人工的に維持することが難しい冷凍保存庫として用いるアイデアをハゲドーン氏らは提案しています。

アメリカの連邦政府がNASAと協力して進行中のアルテミス計画でも、月の南極は注目されています。以下の画像は、NASAが公開したアルテミス計画の着陸予定エリアです。光がほとんど届かない月の南極の中で、日光を浴びることができる10か所のポイントが着陸予定地点として指定されています。


月の気温は細胞の冷凍保存に適していますが、実際に月の南極に低温貯蔵庫を建設する前に、解決すべき問題が5つあると研究者らは指摘しています。第1に「包装」の問題で、低気温だけではなく様々な過酷な状況から細胞を守る「堅牢な包装」を開発する必要があります。第2に、過酷な状況の中には特に「放射線」の問題があり、地球よりもかなり高いレベルの放射線にさらされる月の表面では、細胞を保護するために抗酸化物質や物理的な障壁などをしっかり整備しなくてはなりません。

第3に、細胞サンプルを月の南極で太陽光が当たらない場所に冷凍保存するとしても、ロケットが着陸するのは光の当たっている場所のため、着陸場所から保存場所まで温度を維持したまま移動する探査車が必要になります。


第4の問題点として、資源をめぐる競争が考えられます。月の南極にある永久影地域には、貴重な「月の氷」があると考えられています。月の氷はロケット燃料の製造にも役立つとされる資源のため、永久影地域は「さまざまな国から評価されている人気のある地域で、厳しく制限され、管理されている可能性があります」と研究者らは述べています。

月に氷があるという直接的な証拠が見つかる - GIGAZINE

by Jonatan Pie

最後に、月は地球の6分の1の重力しかないとされており、このような低重力にさらされた時に細胞サンプルがどのような影響を受けるか、研究が足りてない点があります。

以上のような問題点を解決していく必要はありますが、月面に細胞サンプルを冷凍保存するというアイデアは、電力を必要とせず環境や社会の混乱に対して弱くないという点で、重要なアイデアだと研究者は述べています。最初に保存を目指す種としては、絶滅の危機に瀕している種や、花粉を媒介する種、文化的に重要な種などが含まれる可能性が高いとのこと。研究者らは「産業やさまざまな科学研究の拠点として月面探査施設が急増する中、地球の生命を守ることが最優先事項でなければなりません」と語っています。

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in サイエンス,   生き物, Posted by log1e_dh

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