映画「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」のアニメーションディレクター・黒川智之さんにインタビュー、浅野作品初のアニメ化をどのように形にしていったのか?
「ソラニン」「おやすみプンプン」などの作品で知られる浅野いにおさんの漫画を原作としたアニメ映画「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」前章が、2024年3月22日(金)に公開されました。浅野さんの作品では「ソラニン」「零落」が映画化されていますが、アニメ化は初。単行本で全12巻に及ぶ物語をいかに前後編構成のアニメ映画にしたのか、アニメーションディレクターを務めた黒川智之さんにお話をうかがいました。
映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』 公式サイト
https://dededede.jp/
GIGAZINE(以下、G):
プロダクション・プラスエイチの本多史典社長が、完成披露試写の映像から約100カットの差し替えでクオリティアップが行われたとXに投稿しておられましたが、なぜ差し替えを行うことになったのでしょうか?
なんと完成披露試写の時点ですでに完成していたハイクオリティ映像を更にクオリティアップのため約100cutの差し替えを行なったバージョンはここが初のお披露目上映です。なんならコンテから芝居を変更して原画から新作してるカットもありますから、、完成披露試写でもご覧になった方は間違いなく腰が抜… https://t.co/RRaocktcL6
— 本多史典 Fuminori Honda (@hondasidasi) March 3, 2024
アニメーションディレクター・黒川智之さん(以下、黒川):
今回、浅野いにお先生のこだわりやご指摘いただいた内容、アドバイスなどを、極力組み込んでいきました。池袋で行ったプレミア上映には間に合ったのですが、その前の完成披露試写にはちょっとギリギリ間に合わなかったのです。
G:
原作者の浅野さんはここ5~6年、ずっと本作に携わっておられて、アフレコ音声なども細かくチェックされたとのこと。差し替えについて、「このあたりへの指摘が多かった」という傾向などはあったのでしょうか?
黒川:
やはり、キャラクターの大事なカット、表情を見せるカットや動きを見せるカットが中心でしたが、浅野先生が「ここはちょっと気になる」と感じられた部分だったと思います。
G:
完成披露試写会でのお話によれば、今回、浅野さんは自らアニメーションデータをレタッチしたところもあるとのことで、「片足以上踏み込んでしまった」と表現されていました。
浅野いにお、漫画家としての思いを力説「原作者と映像化というものの関係性はすごく難しい」 - アニメ - ニュース |クランクイン!
https://www.crank-in.net/news/142097/1
黒川:
それこそ、完全にアナログな時代だと、漫画家さんが手を入れて直すというのが難しかったと思うんですが、今は原画などもデジタルデータになっていますので、もちろん、全カットを浅野先生に修正いただいたわけではありませんが、浅野先生に直接直していただいたカットもいくつか存在している、という感じです。
G:
グランドシネマサンシャイン池袋で行われたプレミア上映時のお話によれば、企画は単行本11巻が出たころに立ち上がり、最終的に全12巻の作品を前後編構成の2本の映画にまとめることになったということでした。
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』舞台挨拶付き上映会 - 映画情報どっとこむ
https://eigajoho.com/archives/264805
G:
黒川さんが作品にとって一番大切な部分を聞くと、浅野さんからは「おんたん(凰蘭)と門出の話であること、そこが絶対です」との回答があって、この2人を中心にシナリオを組み立てていったとのことなのですが、門出と凰蘭の話であると決まったことで、うまく判断できた部分などはありますか?
黒川:
やはり、この作品を映画2本、およそ4時間にまとめるときに、どのエピソードを残してどれを削るかという判断をするにあたって、、「門出と凰蘭が生き生きとしていれば」という浅野先生の言葉は指針になりました。友達の亜衣ちゃん、凛ちゃん、キホちゃん、それに大葉くんやマコトといった、門出や凰蘭にわりと影響を及ぼすようなエピソードを残しつつ、2人から少し遠いエピソードは間引いていきました。本当に、浅野先生の言葉を旗印に作っていったという感じです。
G:
吉田玲子さんなども交えた脚本会議で、全部は入りきらないのでどこを切るのかについて時間を掛けたというお話があって、原作ではもうちょっと後ろにあるエピソードを前に持ってきたりして、わりと大胆なアレンジをしたということですが、こうした脚本会議にはどれぐらいの時間を使ったのでしょうか?
黒川:
そうですね……もうだいぶ前のことなので具体的にどれぐらいだったかはわからないんですけれど、脚本を完成させるまでにも結構な時間を費やした印象です。本当に最初、どこを生かしてどこを削るかは、浅野先生にも入っていただいて会議を重ねまして、ある程度形を変えつつもボリュームがこのぐらいだと見えてからは、原作をガイドにしつつテンポよく進んだので、トータルでは順調だったのではないかと思います。最初の「映画2本分でこのぐらいにまとめる」というのが固まるまでに時間を使ったと思います。
G:
脚本会議は吉田さんや浅野さんのほか、どういった方で話し合うのですか?
黒川:
プロダクション・プラスエイチの本多さんはもちろんですし、ギャガのプロデューサーさんであったり、世界設定の鈴木貴昭さんであったりという、主要スタッフが揃ってという感じです。浅野先生は、毎回ではなかったですけれど、現場が「こうしようと思うんですが、どうでしょうか」という時にはスタジオにお越しいただいてディスカッションという形でお話しました。
G:
本作の絵コンテは予想以上に大変だったという話もうかがいました。漫画原作なので、原作の絵を使えるなら楽かもしれないと思っていたら、実際には漫画と映像ではまったく異なり、コマを並べても絵コンテにはならないと。どういった点が大変でしたか?
黒川:
これは『デデデデ』に限らず漫画全般にいえるのですが、コマとコマの間には時間経過が存在していて、読者の方はそこを補完しながら読むので違和感がないのですが、映像だとカットとしてリアルな時間が発生してしまうんです。たとえば、1コマ目と2コマ目でキャラクターの立ち位置が変わっていても、漫画は違和感なく読めるんですが、アニメでそのままやってしまうとカット自体がつながらないという根本的な問題が出てきてしまうんです。
G:
確かに、そうですよね。
黒川:
そうなると、原作を読んで「この絵とこの絵、このコマとこのコマを使いたい」となったとして、その間をどうつなぐかを考えなければいけません。原作なら、明らかに2つのコマの間で移動しているけれど、映像ではその移動の段取りをどう省略するか、あるいは移動させずにもともとの立ち位置のままでやるとするとどうなるか、いろいろシミュレーションを重ねて、原作の印象的なコマはなるべく入れるようにしつつ、破綻なくつながるようにと、そういう作業をしていきました。これが想像以上に大変な作業でした。
凰蘭の兄・ひろしと門出、凰蘭
G:
絵コンテは脚本が全部完成してから取りかかっていったのでしょうか?
黒川:
そうですね……決定稿になって、設定など、実際に絵を描くのに必要な資料が揃った段階で順々に始めていきました。
G:
想像以上に大変だったということなので、絵コンテには時間がかかりましたか?
黒川:
シナリオよりももっと時間がかりました。ただ、やっぱりコンテできっちり決め込んでいないと、作画がどんなによくても、「編集でなんとでもなる」とはいきませんから……。
G:
ああー、なるほど。
黒川:
こだわりながら進めていったのですが、とはいえ、当初予定したよりも時間を使ってしまったという反省があります。
G:
本作の絵コンテは複数人で担当しておられますが、どのように分担していったのですか?
黒川:
プロダクション・プラスエイチの制作の方が依頼する人を集めてくれて決めていったという感じです。
G:
門出と凰蘭の小学生時代の掛け合いシーンは、テストだけでもすごい迫力で「何度も録るようなものではない」ということで、実際、声に合わせての作画になったとのことなのですが、このプレスコ的なやり方は絵コンテの時点で決めていたのでしょうか?
黒川:
このシーンに関しては、すごく大変なシーンなので、担当アニメーターさんを決めるにあたって制作さんも苦労していました。とにかく、門出役の幾田さんと凰蘭役のあのさん、2人一緒に録れないかとスケジュールを調整できたころに、担当アニメーターさんも決まったんです。
G:
おお。
黒川:
そうしたら、アフレコ時期が近いのであれば、2人の芝居を聞いて、それに合わせて作画しますと、本多さんとも共通の知り合いのアニメーターの藤井俊郎さんから提案をいただいて。
G:
アニメーターさんから。
黒川:
タイミング的には、アニメーターさんが作画に入ると、アフレコと作画が同時並行になる恐れがあり、合わせるのが大変かもしれないというところもあって、ちょっと作画を待ってでも声の芝居に合わせた方がいいだろうという判断でやってもらいました。
G:
なるほど、それで特に絵にも感情が乗り移ったようなようなシーンができあがっているというわけなんですね。あと、本作では背景美術も大変だったということを本多社長が言及していて、原作は実際の風景をベースとした背景が魅力なので、実際に原作執筆時に使われた写真をもとに、現地を特定してアニメの絵に落とし込んだのだとか。
黒川:
浅野先生は漫画を描かれるとき、背景は写真をベースにされるスタイルの方なので、原稿データをお借りしたとき、実際に浅野先生が撮影された写真が入っていたんです。なので、そこに写っているお店の看板や住所表示などを参考に、どのあたりなのかをGoogleストリートビューを駆使して特定していきました。
G:
もはや探偵ですね。
黒川:
でも、だんだんと舞台が京王線沿いの下北沢や西永福あたりらしいということがわかってきて、効率が上がっていきました。最初はまったくわからなかったのに、だんだん制作さんも「これ、見たことがある」と(笑)
G:
(笑)
黒川:
なので、後半はわりと効率的に作業できたと思います。
G:
ちょっと本作とは離れた質問になるのですが、黒川さんが以前手がけた「ぼくらのよあけ」のインタビューで「僕の80%はSF映画でできているといえるぐらいSF大好き少年でした」という発言を見かけました。
『ぼくらのよあけ』原作者&監督が語る、等身大に描かれる子どもたちの人間関係「わかりやすいハッピーエンドにはしたくない」 - 3ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
https://moviewalker.jp/news/article/1108495/p3
G:
また、東京国際映画祭に登壇したときには「学生時代は実写の勉強をしていて、そこから何も知らずにアニメ業界に入ってきた」という発言がありました。黒川さんは、どのようにしてアニメ業界に入ることになったのですか?
『雨を告げる漂流団地』『夏へのトンネル、さよならの出口』『ぼくらのよあけ』監督が参加!アニメ・シンポジウム「アニメーションで世界を創る」 - YouTube
黒川:
子どもの頃は本当に80年代の、スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスの映画にもどっぷりで、「未知との遭遇」や「スター・ウォーズ」、「インディ・ジョーンズ」などに強く影響を受けました。アニメは当時の男の子ならだいたい見ていたような、「聖闘士星矢」や「キン肉マン」を見ていたという感じです。
G:
なるほど、ど真ん中という感じです。
黒川:
それで、小学校の高学年や中学生ぐらいになると「もうアニメなんて」みたいな感じになって(笑)
G:
(笑)
黒川:
そこからはハリウッド映画とかをずっと見ていました。SFX技術や合成、ミニチュアの爆発とか、そういったメイキングを見るのが大好きで、そういったSF映画の職人、スタッフになりたいなという漠然とした夢を抱いていたんですが、そうこうしていると、高校生の時に「新世紀エヴァンゲリオン」や「攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL」がやってきたんです。
G:
なるほど。
黒川:
アニメってこんなにクールでかっこよかったのかと。当時、よく「ジャパニメーション」という言葉が使われていて、日本のアニメは世界に通用するんだというムーブメントもあったんです。SF映画のように凝った映像を作ろうと考えたときに、日本ではやはりハリウッド映画並みのものは難しいのかなと思うこともあったんですが、「アニメの方がハリウッドの実写SF映画よりも説得力のある映像を作れているのではないか」となってカルチャーショックを受けて、またアニメも遡って見るようになりました。
G:
エヴァと攻殻機動隊であれば、影響を受けるのになんの不思議もないです。
黒川:
そこからは「アニメもすごく面白い、でもどっちかといえば実写をやりたい」という感じになって、大学は実写の方向に進んだんですが、就職活動の時には映画制作会社のほかに、ゲームも好きだったのでゲーム会社、そしてアニメ会社も含めて映像全般をいろいろ手広く受けて、最終的に、アニメ制作会社に入ることになりました。だから、そこまでアニメは作ったことがなかったんですけれど、「1回触れてみたい」とやってみたら、そのままアニメをやらせてもらっているという感じなんです。
G:
そういう経緯だったんですね、なんだかすごく納得です。そうなると、本作もわりと好みのテイストですか?
黒川:
そうですね、「侵略者」という大嘘を交えつつ展開されるSFで、アニメならではの母艦の表現などもありますし……ちょうど、「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞視覚効果賞を受賞して、日本の実写映画の業界も世界で認められるレベルになっていますけれど、アニメだってSF作品の歴史は長いですし、親和性は高いぞ!と(笑)
G:
(笑) では最後に、映画を見るかどうか考えている人の背中を押すような一言があればお願いします。
黒川:
3月22日公開の前章はもちろんよくできているのですが、後章は原作漫画とはまた違う終わり方をします。
G:
えっ!
黒川:
浅野先生がオリジナルの結末を描き下ろしてくださったので、原作をすでに読んで結末まで知っているという方でも楽しめる作品になっていると思います。ぜひ、その結末の描かれた後章に向けて、前章も映画館で楽しんでいただけたらと思います。
G:
そんな仕掛けになっているとは……最後にとんでもない爆弾をありがとうございました!
黒川:
ありがとうございました。
映画「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」は前章が2024年3月22日公開、後章が2024年5月24日公開です。
映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』本予告解禁!【前章3月22日(金)・後章5月24日(金)全国公開】 - YouTube
◆「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」作品情報
・キャスト
幾田りら あの
種﨑敦美 島袋美由利 大木咲絵子 和氣あず未 白石涼子
入野自由 内山昂輝 坂 泰斗 諏訪部順一 津田健次郎
・スタッフ
原作:浅野いにお「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」(小学館「ビッグスピリッツコミックス」刊)
アニメーションディレクター:黒川智之
シリーズ構成・脚本:吉田玲子
世界設定:鈴木貴昭
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東伸高
色彩設計:竹澤聡
美術監督:西村美香
CGディレクター:稲見叡
撮影監督:師岡拓磨
編集:黒澤雅之
音響監督:高寺たけし
音楽:梅林太郎
アニメーション制作:Production +h.
製作:DeDeDeDe Committee
配給:ギャガ
©浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
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