火星探査機「スピリット」の打ち上げ直前に起こった大失敗とそこから得られた教訓とは?
by GPA Photo Archive
2003年6月に打ち上げられ、2004年1月から2011年5月まで運用が行われた火星探査機「スピリット」は、「オポチュニティ」とともに、火星に関するさまざまな調査を行いました。しかし、スピリットの開発を担当したNASAのクリス・レウィッキ氏が、スピリットの打ち上げまで後2週間と迫った日に起きた大問題について振り返っています。
My $500M Mars Rover Mistake: A Failure Story — Chris Lewicki
https://www.chrislewicki.com/articles/failurestory
スピリットには車輪の駆動や方向転換、ロボットアームやカメラ、アンテナの制御などを行うための62個のブラシ付きモーターが搭載されていました。過酷な環境である火星でのミッションを遂行するため、スピリットにはさまざまなテストが行われ、レウィッキ氏はその中でも、ロボットアームの先端に取り付けられた岩石摩耗ツール(RAT)のモーターのテストを担当しました。
2003年2月のある日に行われたテストでは、探査機を長時間にわたって稼働させて、各種機能が問題なく作動するかが確認されました。レウィッキ氏らは、「ブレイクアウトボックス」と呼ばれる装置を用いて、モーターをスピリットから物理的に切り離し、外部電源と記録装置にモーターを接続する手法でテストを行いました。「ブレイクアウトボックスを用いると、モーターが正常に機能している場合、電流を示すグラフが指数関数的に減少し、問題がある場合はさまざまな信号が発せられます。
モーターから適切に信号を取得するためには、モーターに過不足なく電力を与えることが重要になり、もしも接続先を間違えるとシステム全体に壊滅的な損傷が加わる可能性があります。
レウィッキ氏らがテストを開始すると、通常右肩下がりの折れ線を示すグラフが異常な値を示していることが認められました。すぐに調査を開始したレウィッキ氏らは、電力をモーターではなく誤って探査機全体に送っていたことを発見しました。
スピリットに関する他のテストを行っていた同僚のレオ氏に対し、レウィッキ氏が現状を報告すると「確かに先ほどスピリットからの信号が全て失われました」との返答がレオ氏から語られました。この一部始終を聞いたレウィッキ氏の上司であるジョン氏はすぐにスピリットを緊急停止し、損傷に対するブリーフィングを行うようにレウィッキ氏らに対し指示しました。
「今回の件で解雇される」と危ぶむレウィッキ氏に対し、組み立て試験・打ち上げオペレーションマネージャーのマット氏は「今回起こったことについて覚えていることを全てメモに残すように」と指示。このメモを元に開発チームはスピリットの現状について調査を行いました。
「大きな電気パルスがモーター以外の意図しない場所に流れたこと」「探査機からの信号が全て失われたこと」という2点をもとに調査を行った結果、電流が「H-Bridgeモータードライバー回路」と呼ばれる、余分なエネルギーを適切に処理できる回路に流れていたことが判明。また、大電流が流れた結果、システムが一時的にダウンしてしまったことが明らかになりました。
そこで開発チームは通常通りの電源投入手順を行い、スピリットを再起動。搭載された各種電子機器がオンラインになり、ソフトウェアが起動して信号を送信する手はずでしたが、どれだけ待っても信号が開発チームの元に送信されることはありませんでした。
「自身の名前が宇宙探査における失敗の歴史の一ページに刻まれる」と絶望の中でレウィッキ氏は、なぜ信号が送信されないのかについて詳細な調査を行いました。その結果、スピリットの電圧を監視しているマルチメーターが取り外され、モーターのテストに使用されていることが判明しました。このマルチメーターについて、当初レウィッキ氏は「今回のスピリットのテストには使用されていない」と考えたうえで取り外したものの、実際にはこのマルチメーターがスピリットからの信号を受信する回路に組み込まれていることが明らかになりました。つまり、うっかりレウィッキ氏がマルチメーターを取り外してしまったことで、今回の信号途絶につながったというわけです。
その後、マルチメーターを元の場所に戻してテストを行った結果、正常にスピリットからの信号を受信することに成功。2003年6月のスピリット打ち上げにも無事成功したレウィッキ氏は教訓として、「今回の失敗を次に役立てましょう。失敗することは貴重な学びの機会であり、自身の能力と、失敗から立ち直る力を高めてくれます」と述べています。
レウィッキ氏はその後火星表面の探査を行ったスピリットとオポチュニティのフライトディレクターに就任し、NASAの特別功労賞を受賞しています。レウィッキ氏は「今回の失敗は私を成長させてくれるだけでなく、課題を克服する力を与えてくれました」と振り返っています。
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