サイエンス

注射や点滴の生産は「カブトガニの生き血」に頼りっぱなし、代替品となる新試薬登場の兆しも


新型コロナウイルスワクチンなどの予防接種は多くの人々の命を救いましたが、こうした注射薬や点滴は、生きたまま血を抜き取られるカブトガニの犠牲の上に成り立っています。自然活動家の懸念の種にもなっているこの状況に訪れつつある変化について、専門家が解説しました。

Horseshoe crab blood is vital for testing intravenous drugs, but new synthetic alternatives could mean pharma won't bleed this unique species dry
https://theconversation.com/horseshoe-crab-blood-is-vital-for-testing-intravenous-drugs-but-new-synthetic-alternatives-could-mean-pharma-wont-bleed-this-unique-species-dry-214622

アメリカ・ロチェスター工科大学科学・技術・社会学科の准教授であるクリストファー・ホイットニー氏と、修士課程学生のジョリー・クルネル氏によると、カブトガニの血液から抽出されるカブトガニ変形細胞溶解物(Limulus Amebocyte Lysate:LAL)という物質は、注射や点滴などの生産に欠かせないとのこと。

by FWC Fish and Wildlife Research Institute

注射が医療に用いられるようになった1800年代半ば以来、歴史的に注射は「注射発熱(injection fever)」と呼ばれる反応を引き起こしてきました。これは、細菌によって合成されるエンドトキシンが原因で、濃度が高いとショック状態を引き起こし、場合によっては死に至ることもあります。

その後1920年代に、生化学者のフローレンス・セイバートが「注射発熱の原因は溶液に含まれる汚染水」だと発見し、その原因物質を検出および除去する方法を考案すると、これが1940年代の医学的標準となります。

ウサギ発熱性物質試験(rabbit pyrogen test)として知られるこのテストは、ウサギに薬剤を静脈注射し、熱が出れば薬剤が汚染されているとわかるというものでした。

by Understanding Animal Research

検査方法がウサギからカブトガニの血に代わるきっかけは、偶然でした。1950年代から60年代にかけて、マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋生物学研究所でカブトガニの研究をしていた病理学者のフレッド・バングと医学研究者のジャック・レヴィンは、カブトガニの青い血が謎の凝固を起こすことに気づきます。

一連の実験を通じて、凝固の原因はエンドトキシンであることを突き止めたバングとレヴィンは、カブトガニの血からLALを抽出する方法を考案しました。このLAL法の発見は、20世紀における医療安全のブレイクスルーと位置づけられています。


研究者やバイオメディカル企業による改良や、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認を経て、1990年までにLAL法はウサギでの試験に取って代わるエンドトキシン検査法となりました。

LALを得るにはカブトガニの血液が必要ですが、生きたまま最大30%の血を抜かれたカブトガニが海に帰された後に死んでしまう割合については正確にはわかっておらず、推定には数%から30%以上まで開きがあります。

by Danielle Brigida

しかも、カブトガニを脅かしているのは医療分野での利用にとどまりません。水産市場でも、養殖のウナギや貝類の餌としてカブトガニが重宝されており、2つの水産業を合計すると毎年50万匹以上のカブトガニが殺されているとのこと。

カブトガニ漁に関する2019年の調査では、カブトガニの個体数が大きく増減していることはないと報告されていますが、自然保護活動家の心配事は他にもあります。というのも、アメリカでは毎年数百万羽のシギ類やチドリ類がカブトガニの卵を目当てに大西洋の海岸に立ち寄っており、特に南アメリカの南端とカナダの北端の間を最大9000マイル(約1万4480km)も移動するコオバシギにとって、カブトガニの卵は貴重なエネルギー源となるからです。

コオバシギは2015年に絶滅危惧種に指定されており、これはカブトガニ漁によって重要な食料源が脅かされたのが主な要因です。医療の分野でのカブトガニ需要が水産業の消費量に匹敵、あるいは上回るようになるにつれて、自然保護団体はLAL業界に対して別の方法を探してほしいと要請するようになりました。

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こうした要請を受けて、バイオメディカル業界は少しずつ代替品の開発を進めてきました。1990年代には、シンガポール国立大学の研究者らが、カブトガニのDNAと遺伝子組み換え技術を使って合成エンドトキシン検出化合物を作り出す最初のプロセスを発明し、特許を取得しています。「組み換えC因子(rFC)」と呼ばれるこの化合物は、LALがエンドトキシンと接触した際に起きる3段階のカスケード反応の第1段階を模倣したものでした。

その後、複数のバイオメディカル企業が独自のrFCや「組み換えカスケード試薬(rCR)」を開発していますが、その後もカブトガニの血から作られたLALは医療におけるエンドトキシン検査法の主流であり続けています。

その主な理由は、医薬品の規制当局であるアメリカ薬局方(USP)が、rFCやrCRを「LALの代替品に過ぎない」とみなしており、これによりFDAの承認も進んでいないからだとのこと。自然保護団体は、「LALメーカーが自分たちの利権を守るためにrFCやrCRの認可を遅らせている」と主張していますが、USPやLALメーカーは「公衆衛生を守るために適切な注意を払っている」と反論しています。


こうした状況にも、徐々に変化が訪れてきています。業界や当局は、カブトガニの利用を極力減らすことを目指すようになってきており、例えば大西洋の漁業規制当局がカブトガニの新しい漁獲制限を検討しているほか、USPもLALの遺伝子組み換え代替品に関するガイダンスの策定を進めています。USPの新方針のパブリックコメントは2024年の冬に募集され、その後USPやFDAの審査を経て発効されます。

この記事を学術系メディア・The Conversationに寄稿したホイットニー氏らは「様々な機関を横断する複雑な科学的問題についての政策決定は容易ではありません。しかし、人間の健康と環境の両方を守るためにできることのひとつひとつが、重要な前進につながると私たちは考えています」と話しました。

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in サイエンス,   生き物, Posted by log1l_ks

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