漫画家・浦沢直樹インタビュー、アニメ『PLUTO』には「この未来社会が描きたかった」が盛り込まれている
漫画家・浦沢直樹さんが「心の中で、全漫画の中央に鎮座する漫画」だという「鉄腕アトム」の1エピソード「地上最大のロボット」をリメイクした漫画『PLUTO』がアニメ化され、Netflixで本日・2023年10月26日(木)から配信されています。
今回、配信に合わせて浦沢さんへのインタビューの機会を得たので、このアニメ制作への関わりや『地上最大のロボット』への思いなどについて、話をうかがってきました。
PLUTO | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト
https://www.netflix.com/jp/title/81281344
浦沢さんは「PLUTO」に関する情報が発表された、2023年3月開催のAnimeJapan 2023のNetflixステージにも登壇しています。
アニメ「PLUTO」に「僕の方がワクワクしている」と浦沢直樹が語ったNetflixステージレポート、「大奥」「ヤキトリ」「陰陽師」情報も - GIGAZINE
GIGAZINE(以下、G):
『PLUTO』は連載のころに全話読んでいて、本作も全話鑑賞済みです。本日はよろしくお願いします。
浦沢直樹(以下、浦沢):
よろしくお願いします。
G:
アニメを見ていると、エンディングのスタッフロールの中で、浦沢さんの名前が「クリエイティブアドバイザー」でクレジットされていました。どういったお仕事だったのでしょうか?
浦沢:
基本は原作通りに、ということでしたが、1話1時間程度という枠を設けましたので、カットしなければならない箇所もいくつか出てきます。プロットの段階から見せていただき、「ここはカットしないでほしい」とか「ここは切れるのでは?」などの助言をしました。キャラクターデザインについても「もう少し体を太らせたほうがいいのでは?」「この人はもう少し猫背に」などアドバイスをしましたし、美術に関しても「この部屋は未来的に」とか「空間を広く」などを伝えた記憶があります。
G:
キャラクターデザインは、アニメーションにする上でこうした方がいいという変更だったのでしょうか。
浦沢:
僕はアニメに関しては素人なので、キャラクター設定書の身長比較表ってわりとみんなスクッと立っているじゃないですか。あれを見て「この人、こんなに姿勢よくないですよ」と言ってしまったり、「顔はこんなに険しくないほうがいいですよ」など、演技の一部の覚え書きに注文をつけたりしちゃいましたね。
作品を牽引していく刑事・ゲジヒト
G:
たとえばアシスタントさんに手伝ってもらったりするために、浦沢さん自身もそういったキャラクター設定書を作ったりするのですか?それとも、脳内資料をベースにばばーっと進めていくのでしょうか?
浦沢:
僕の場合、人物に関しては一切誰にも触らせないですね。それは、僕のペンからしか出てこないので。
G:
なるほど……。
浦沢:
あと、ウソだと思われるかもしれないですけれど、ブラウっていう破壊されたロボットが出てきますよね。壊れていて動かない姿なんですけれど、あれはコピーではなく、一筆一筆、僕が全部描いています。
G:
そうだったんですか!
アニメ『PLUTO』でのブラウ
浦沢:
キャラクター設定は、ある程度描いてまとめる人もいますけれど、もしアシスタントに任せたとしたら、最初の設定のまま律儀に描くことになるでしょう。でも連載漫画って、すべてができあがってから発表するものではないので、描きながら作者もキャラクターも演技を積み上げながら成長するわけです。連載開始当初とキャラの見た目が変わる、ということをよく言われますが、漫画的には正しいことだと思います。
G:
なるほど。それは、キャラクターを意図的に成長させるところもあるのでしょうか?それとも、気がついたら成長していくという感じなのでしょうか。
浦沢:
「気がついたら」の方ですね。第1話より前に設定を作ったキャラクターが、いろんな台詞を言ったり、いろんな表情をしたりするうちに、「この人、こんな顔もするんだ」ということが起きてくるんです。それは、ドラマを描いて初めてわかることなんです。それでキャラクターができあがってくるから、10話のときと30話の時で「キャラクターが違う」というのは、「経験によってキャラクターが成長した」ということなんです。
G:
なるほど。今回、アニメで「母の口ずさむ歌」や「ダンカンのピアノ曲」で作曲者として浦沢さんがクレジットされています。曲のイメージは連載時点である程度あったのでしょうか。それとも、今回の話があって改めて考えたものなのでしょうか。
浦沢:
イメージはぼんやりとありました。それで、丸山プロデューサーが「この曲は浦沢さんが一番知っているでしょう、どんな曲か教えてください」というので、「僕の頭の中にだいたいあります」ということでデモ録音を作ってお送りしました。連載当時、曲になっていないと絵に起こせないので、だいたいのイメージで風景やキャラクターを作っていきました。その大体の感じがあったので、丸山さんから連絡があったときに、改めて整えたという感じです。
音楽家ポール・ダンカンのもとで執事をしているノース2号
G:
なるほど。『PLUTO』連載終了後、満を持してのアニメ化ということで、改めて振り返って「ここはこうしたほうがよかった」や「やっぱりここはよくできていた」と感じた部分はありましたか?
浦沢:
アニメになってCGとかが入ってくると、ちゃんと未来らしい画像に整えてくれてありがたいなと思いました。こちらは未だにアナログで描いていますから。「この未来社会が描きたかったんだよな」というのが出てきて、いいですね。
G:
浦沢さんのYouTubeチャンネルには、タブレットについて話をする回なんかもありました。今回のアニメだと、かなりデジタルで作画されている部分も多いかと思いますが、そういうのを見て「こういうのもありなんだ」などと思う部分はありますか?
浦沢:
そうですね……なかなか、そういうのって勉強しないとできないですし、相当必要に迫られないと勉強しないですよね。そうなると、「もういいや、描いちゃえ」って手で描いちゃうんですよ(笑)
G:
(笑)
浦沢:
ただ、今回ちょっと注文をつけさせていただいたのは、あんまりCGっぽくはしないで欲しい、昔からの日本アニメの良さは残して欲しいという点です。
G:
NHKで放送されている『漫勉』などをずっと追っていると、浦沢さんは線の入りとか出とか、こだわりを強く持って線を引いているということを感じるのですが、それはどのあたりから始まったものなんですか?
浦沢:
子どもの頃から、僕が漫画を描いていることの根幹がまさにそれなんだと思います。いい線が描けたかどうか、先達のみなさんの素晴らしい描線にいかに近づけたかどうか。それが描けた時の歓び。その描線だからこそ描けた表情や感情。本当にそのために長年、漫画を描いているのだと思います。
G:
デジタルだと、そういう線が引きにくいとか、感覚が違って求める線にはまだまだとか、そういうのもあるのでしょうか。
浦沢:
いわゆるタブレットに線を引く作業で、やっぱり長年、ペン先からインクが出てくるあの感触になれてると「なんか違うんだよな」というのがあるのと、ペン先からインクが出て紙に描かれた瞬間に、もう後戻りできないぞっていう「覚悟の線」になるんですよ。
タブレットですーっと引いた線って「あっ」と思ったらすぐにアンドゥできるんです。あれは「覚悟の線」にならなくなっちゃうんですよ。
G:
一発書きの線とは違うと。
浦沢:
自分の中で覚悟を決めるっていう感じの線の積み重ねが僕の絵になっているので、僕の感覚からすると、アンドゥできると、絵がうまくならないような気がするんです。何度でも何度でもやり直すんだったら覚悟が決まらないじゃん、と。毎回毎回覚悟の線を引いてないと、絵ってうまくならないような気がする。
G:
なるほど……。本作『PLUTO』には人工知能や電子頭脳が出てきます。現実世界でも、いろいろな人工知能が出てきました。マンガ家として、浦沢さんが「こういうAIがあれば」や「こういう有効活用方法があれば」などと思うものはありますか?
浦沢:
最初はAIのことをわりと否定的に見ていたんですけど、この間、そのAIで生成された絵を見ていたらね……さっき言った「いい線だな」って思うものが出てきているんですよ。「これ、いい線だな」と思った瞬間、ゾッとしましたよ。「AIの線に、いま一瞬『いいな』って思ったよ、俺!?」って。
G:
その「いい線だな」というのは、どういう感情なのですか?
浦沢:
絵を描き始めて、もう60年くらいになりますけど、その「いい線だな」と思うことを頼りに生きてきました。その人間が、AIの生成した絵の線に「いいな」と思った瞬間……もう、ゾッとするとしかいいようがないですね。
G:
AIは今後、改善されていくという予感はありますか?それとも、偶然にしてもそういうものが出せるのというのは脅威だという捉え方でしょうか。
浦沢:
うわさだと、彼らは日々刻々と進化しているらしいじゃないですか。人間が想定した以上の速さで進化していくという。それを考えると、『PLUTO』のドラマってまったく外れていなかったんだと思いました。
G:
確かに、ほとんど同じ方向性を描いていると思います。
浦沢:
ものすごいスピードで進化していて、それは人間の想定を超えた進化をしているということだから、これはなんか怖いことですよね。これからはどうなるんだろうかと思います。
G:
『PLUTO』には「お絵かきAI」は出てこないですが、それは、当時は思い浮かばなかったものだったからなのか、出す余地がなかったのか、どうなんでしょうか。
浦沢:
そうですね……絵描きとしてのプライドが描かせなかった、みたいな(笑)
G:
なんと!(笑) 浦沢さんが『地上最大のロボット』に出会ったのは5歳のころで、「心の中の全漫画の中央に鎮座する漫画のイメージだった」ということなのですが、何がそんなに浦沢少年の心を捉えた要因だったのでしょうか。
浦沢:
はい、『地上最大のロボット』が発表されたのは1964年です。僕はまだ4~5歳なのに「こんな切ない気持ちになったのは生まれてはじめてだ」と思ったんです。生まれてはじめて味わった切ない気持ちの正体が徐々にわかってくるのですが、それはお互いに憎しみ合い勝利すること。勧善懲悪であっても戦って勝ち取ることの虚しさ。そういうことを『地上最大のロボット』は訴えていたのだろうと。
それを2003年、自分が43歳になった時にリメイクすることになり、気がつけばまだ世界はそのメッセージが有効であったこと。それから20年経った今年、2023年もますますそのメッセージは現実として皆さんに迫っています。
『PLUTO』の漫画を描き始めるきっかけは、2003年が天馬博士が鉄腕アトムを生み出した生誕の年だということで、漫画界でみんな何かやるので参加しませんかというオファーがあったとき、5歳の時にあの巨大な何かを味わった僕としては、『地上最大のロボット』に取り組むぐらいのことをしなければトリビュートや、そういう「捧げる」ものにはならないんじゃないかという思いがありました。それで「誰か、『地上最大のロボット』のリメイクに挑むぐらい気骨のあるマンガ家はいないものか」と編集者の前で言ったんですが、みんなが「自分でやれ」と。僕は「そんなのはとんでもない、やれる器じゃない」と断ったものの、長崎さんとその話をしているうちに『PLUTO』の基本みたいなものができあがってきて、「これは面白い話になってきちゃったな……人には渡したくないな」と思って、そこからちょっとしたラフやデッサン、メモみたいなものを手塚眞さんに送ったんです。
当時、まだ手塚治虫作品のリメイクなんて行われていなかったので、実現しないだろうなと思ってそのままになっていたんですが、あるとき、眞さんに食事に誘われて、その終わりごろに「じゃあ浦沢さん、ひとつよろしくお願いします」というので、何のことを言っているんだろうなと思ったら「『PLUTO』に決まっているでしょう!」と。そんな感じだったので、「前向きにやる」というよりは「やることになっちゃった」という(笑)
G:
だんだん追い詰められていったような(笑)
浦沢:
ちょうど僕は体を壊していた時期で、『20世紀少年』の連載も途中で止まって、描けるかどうかというような状態だったんです。それで「月1ぐらいのペースだったら描けるかも」ということで描き始めたんですが、『PLUTO』を描きだしたことでマンガを描く体調にぐーっと戻ったのは、神様が治してくれたのかもしれないです。
G:
連載中、大変だった部分はありましたか?
浦沢:
今にして思えば大変な作業だったのかもしれないですけれど、でも、手塚先生の原作がちゃんとありましたから、「導かれる方向に行けばいい」という部分ではそんなに苦労はなかった印象です。一番大変だったのは、やっぱり描き始める前、特に1話目を描き始めたときは全身全霊が震えて、今考えると、手塚先生のファンだった浦沢直樹少年が「おまえ、ヘタなものを描いたらただじゃおかんぞ」という呪いを僕に飛ばしてきて、僕の中で爆発したんだろうなと思います。
G:
大変だ……。
浦沢:
本当、どんなにいろんな罵声を受けようとも、あれよりも厳しいものはないです。もう1つ、手塚先生がなんとなく、ちょっと上の方から見ておられる気がして。「浦沢氏、それは違いますよ」って言ってくるんです。
G:
そんな感じだったとは……。その作品が見事に映像化されているので、ぜひ多くの人に見てもらいたいですね。本日はありがとうございました。
浦沢:
はい、アニメ『PLUTO』をお楽しみに!皆さんの期待を裏切らない作品だと思います!
Netflixシリーズ「PLUTO」は2023年10月26日(木)16時からNetflixで配信中です。
『PLUTO』予告編 - Netflix - YouTube
・関連記事
2023年秋開始の新作アニメ一覧 - GIGAZINE
映画「バイオハザード:デスアイランド」監督・羽住英一郎&脚本・深見真&スーパーバイザー・川田将央インタビュー、主人公格5人勢ぞろい作品はどのように作られていったのか? - GIGAZINE
南極で見つかった未踏の世界最高峰「狂気山脈」に挑む登山家たちの姿を描くアニメ「狂気山脈 ネイキッド・ピーク」はどのように作られているのか原作者・まだら牛が語る - GIGAZINE
YouTubeオリジナルアニメ「ポールプリンセス!!」江副仁美監督&3DCG・乙部善弘さんインタビュー、モーションキャプチャー技術の進化でポールダンスの映像化を実現 - GIGAZINE
アニメ『TRIGUN STAMPEDE』について原作・内藤泰弘さんと武藤健司監督にインタビュー、『トライガン』を「ブーストしてリファインして濃縮したうえで還元しない」 - GIGAZINE
・関連コンテンツ