シャチはイルカの子どもをなぶり殺しにする「遊び」をしている、狩りの練習や子どもを失った母シャチの気晴らしかもと専門家
シャチはホオジロザメでさえ恐れる海のハンターで、時には遊びで人間のボートを破壊して遭難の危機に陥らせることもあります。そんなシャチには、遊びを目的にネズミイルカを攻撃し、場合によっては死に至らせてしまう習性があることが、長年の観察データの分析により判明しました。
Harassment and killing of porpoises (“phocoenacide”) by fish‐eating Southern Resident killer whales (Orcinus orca) - Giles - Marine Mammal Science - Wiley Online Library
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/mms.13073
Why Are Killer Whales Harassing and Killing Porpoises Without Eating Them? | UC Davis
https://www.ucdavis.edu/climate/news/why-are-killer-whales-harassing-and-killing-porpoises-without-eating-them
Orcas are harassing and playing with baby porpoises in deadly game that has lasted 60 years | Live Science
https://www.livescience.com/animals/orcas/orcas-are-harassing-and-playing-with-baby-porpoises-in-deadly-game-that-has-lasted-60-years
シャチやイルカが属する鯨類(げいるい)の中には、小型のイルカであるネズミイルカをもてあそんだり嫌がらせをしたりするものがあります。捕食するわけでもないのに、しばしば対象が死ぬまで最大5時間にわたり攻撃を加える「phocoenacide/porpicide(いずれもネズミイルカ殺しの意)」という行動は古くから観察されてきましたが、シャチやイルカがそのようなことをする理由はわかっていませんでした。
特に、絶滅が危惧されているサザンレジデントオルカ(南棲シャチ)は主に魚を食べて生活しているため、餌にするためにイルカを攻撃するとは考えられず、その行動原理は不可解とされています。
by NOAA Photo Library
海洋生物学者を長年悩ませてきた謎を解明するため、ワシントン大学のシャチ研究者であるデボラ・ジャイルズ氏らの研究チームは、1962年から2020年までに記録された観察記録から、シャチによる「ネズミイルカへの嫌がらせまたは殺害事例」を洗い出して分析しました。
その結果、合計で78件のケースが見つかりました。そのうち28件はネズミイルカが死亡する「ネズミイルカ殺し」で、残りの50件ではイルカの生死は不明でした。攻撃対象となったイルカの年齢が確認できた40件のうち、32件は新生児または子どものイルカが対象で、残りは亜成体または成体が対象でした。また、すべてのケースで捕食行動は見られませんでした。
シャチによる攻撃は決まってイルカを追いかけることから始まっており、いったん捕まえた後はイルカを頭部で押したり、口でくわえたり、体の上にのせてバランスをとったりと、さまざまな方法でイルカをもてあそんでいました。
以下は、2016年9月21日に撮影されたネズミイルカ殺しの事例です。口にくわえられているネズミイルカの子どもは最終的に溺死してしまったとのこと。
以下は、2019年9月21日に撮影されたもので、水面下にいるシャチがネズミイルカの子どもを持ち上げてバランスを取っているところです。イルカは最終的に泳ぎ去ったので、生死は確認されていません。
ほとんどのケース、具体的には全体の77%に当たる60件で2頭以上のシャチが攻撃に加わっていたことから、ジャイルズ氏らは「これらの行動は社交的な遊びの一種である」と結論づけました。
ジャイルズ氏らは、シャチがイルカをもてあそぶのには次の3つの目的があるのではないかと考えています。
◆1:社会的遊び
これは、シャチが群れのメンバーとの絆を深めたり、コミュニケーションを取ったり、あるいは単に楽しんだりするための行動で、群れの協調性やチームワークを養うのに役立つ可能性があります。
◆2:狩りの練習
イルカの子どもはシャチの主要な餌であるサケにサイズが似ているため、狩猟技術を磨くのにうってつけとのこと。例えば、幼いシャチとその母親のシャチがイルカで遊ぶ際には、わざと止まってイルカを逃がしてから追いかける様子が見られるとジャイルズ氏は述べています。
◆3:ミス・マザーリング行動
母親が子どもの世話をしたりあやしたりすることをマザーリングといいます。シャチの場合、メスのシャチが弱っているかまたは病気だと認識したイルカの世話をしようとしている可能性があるとのこと。実際に、メスのシャチが死んだ子どものシャチやイルカを抱っこしている様子が、たびたび観察されています。
以下がその事例で、シャチがネズミイルカの子どもをあやそうとしている様子が写真に収められています。この子イルカは最終的に本来の母親の元に泳ぎ去ったとのこと。
ジャイルズ氏は「科学者の間で『ずれた利他行動(displaced epimeletic behavior)』としても知られているミス・マザーリング行動は、シャチが子どもを世話をする機会が限られているのが原因となっている可能性があります。私たちの以前の研究では、栄養失調が原因で妊娠した南棲シャチの70%近くが流産したり、出産後すぐに子シャチが死んだりしていることが判明しています」と説明しました。
研究チームは論文の中で、まだシャチによるイルカへの攻撃の謎が完全に解明されたわけではないことを認めています。その一方で、今回の研究により少なくともエサとして捕食するための行動ではないことが確かめられたほか、この遊びが60年の間に世代を超えてシャチの群れ全体に広がっていることも判明しました。
この研究の成果について、ジャイルズ氏は「シャチはとても複雑で知的な動物です。私たちは、イルカに対する嫌がらせが世代を超え、社会的なグループを超えて受け継がれることを発見しました。これは、驚くべきシャチの文化の一例です」とコメントしました。
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