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「児童ポルノ規制」を旗印にiPhoneのプライバシー保護を弱体化させようとする圧力団体は出所不明の政治資金で運営されている


資金豊富な新たな圧力団体が、児童ポルノの取り締まりを名目にAppleデバイスの強力なプライバシー保護を弱体化させようとしていると、海外メディアのThe Interceptが報じています。

Group Attacking Apple Encryption Linked to Dark-Money Network
https://theintercept.com/2023/10/01/apple-encryption-iphone-heat-initiative/


「どのような理由があってもプライバシーは絶対的な権利である」というプライバシー擁護派の主張と、「法執行機関や諜報機関による監視を拡大するためにプライバシー保護機能を制限すべき」というプライバシー制限派の主張が、長らく争いの種となっています。プライバシー制限派は、過去数十年間にわたり「公共の安全のために暗号化は廃止するべき」と主張し、政治的・技術的キャンペーンを展開してきました。しかし、近年は主張を「警察の監視を逃れる小児愛好家や暗号化技術を用いて通信するテロリストを捕まえるために、プライバシー保護機能を弱体化させるべき」というものに置き換えつつあります。

テクノロジーにおけるプライバシー論争には世界中のプライバシー専門家やコンピューターサイエンティスト、暗号学者、政府機関に至るまで、さまざまな人と組織が関与しています。世界有数のテクノロジー企業であるAppleもこの種の論争に巻き込まれており、2021年にはプライバシー制限派の主張に答える形で、自社テクノロジー上での児童の性的搾取を防ぐために「Child Sexual Abuse Material(CSAM:児童の性的搾取に関連するデータ)」の拡散を制限するためのテクノロジーをiCloudに導入すると発表しました。


通常のCSAM検出テクノロジーは、ユーザーがクラウド上にアップロードしたデータが既知のCSAMと一致しないか照合するというものです。しかし、AppleのCSAM防止テクノロジーはクラウド上だけでなく端末上のファイルとも照合作業を行うという一歩進んだものであったため、電子フロンティア財団などのプライバシー擁護派から「ユーザーのセキュリティとプライバシーを損なう」という抗議の声が挙がりました。

AppleがiPhoneの写真やメッセージをスキャンして児童の性的搾取を防ぐと発表、電子フロンティア財団などから「ユーザーのセキュリティとプライバシーを損なう」という抗議の声も - GIGAZINE


なお、Appleは最終的にCSAM防止テクノロジーの実装を断念。2023年9月には、Appleが子どもの安全を擁護する非営利団体・Heat Initiativeの質問に応じる形で「テクノロジーの実装に踏み切らなかった理由は、プライバシー保護機能を抑制するような主張が増えることを危惧したため」と説明を行っています。

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The Interceptは、AppleがCSAM防止テクノロジー断念の理由を説明する切っ掛けとなったHeat Initiativeについて「2023年初頭に新設された圧力団体である」と指摘しています。

2023年9月にAppleはiPhone 15を発表しましたが、Heat Initiativeはこの機会に便乗して「親愛なるAppleへ、iCloudで児童の性的虐待を検出してください」と書かれた広告を、The New York Timesやデジタル看板を詰んだトラック、Apple本社の上空を飛行する飛行機などに掲載し、Appleのプライバシー保護機能に対するネガティブキャンペーンを展開しています。

10:00 this morning, plane with banner flew over Apple’s Cupertino Headquarter’s with a banner that reads: “Dear Apple Detect Child Sexual abuse in iCloud”. I believe they wanted to, but maybe we’re prevented from doing so? #Apple #ChildSexualAbuse #GavinNewsom #joebiden pic.twitter.com/IDMTZwuREr

— Equitas (@Equitas51385362)


基本的に、プライバシー保護機能の賛成派と反対派の主張は明確です。しかし、2023年に新設されたばかりのHeat Initiativeは、目的が不透明であるとThe Interceptは指摘。また、Heat Initiativeの資金源にはダークマネー(開示法の抜け穴を突いて出所が隠されたままの政治資金)が用いられているともThe Interceptは指摘しています。

ジョンズ・ホプキンス大学の暗号学者であるマシュー・グリーン氏は、「意図不明な匿名の富裕層が、我々のプライバシーを大規模に侵害しようとしていることに不快感を抱いています。彼らの活動により消費者のプライバシーが侵害されるというだけでなく、国家安全保障にも大きな影響をおよぼす可能性があります。(Heat Initiativeの主張は)子どもたちを守ることですが、その活動は子どもたちの保護とは何の関係もありません」と述べ、Heat Initiativeを批判しています。

さらに、グリーン氏は「AppleにiPhone所有者のプライベートファイルを監視するよう求める取り組みは、写真の保護や他人とのプライベートな会話に使用される暗号化に対する広範な取り組みの一環です。しかし、たとえ凶悪な犯罪と戦うために必要であったとしても、何を放棄するかについてはいくつかの原則を持つ必要があります。そして、Heat Initiativeの提案はすべてを放棄する最悪のものです」と語り、プライバシー保護機能をバイパスするようなシステムを導入するアイデアを認めつつ、Heat Initiativeのような極端な提案を受け入れることはできないとしました。


また、Heat InitiativeがAppleに対してCSAM防止テクノロジーの実装を再考するよう迫っていたことが、2023年9月のWIREDの報道により明らかになっています。これに対して、Appleは自社の方針の正当性を示すための異例の措置として、Heat Initiativeに書簡を送付しました。この書簡には「すべてのユーザーの個人的に保存されたiCloudデータをスキャンすれば、データ窃盗犯が見つけて悪用できる新たな脅威ベクトルが生まれるでしょう」「また、意図しない結果の滑りやすい坂を生み出す可能性もあります。たとえば、ある種のコンテンツをスキャンすれば、一括監視の扉が開かれ、コンテンツの種類に限らずあらゆる暗号化メッセージングシステム上でも同様の検出を行うべきという欲求が生まれる可能性すらあります」と記されており、監視システムの導入が行き過ぎた監視システムの誕生につながる可能性を危惧しています。

なお、Appleの強力な暗号化テクノロジーには、警察機関や国家安全保障のタカ派から頻繁に批判の声が挙がっています。しかし、Appleは警察機関などが必要とする「暗号化された会話内容を閲覧できるようなシステムの構築」を行えば、悪用されることは確実であり、こういったシステムの構築には賛同できないという立場を表明しています。


端的に言えば、Heat InitiativeはAppleに対して「ユーザーの個人情報をスキャンするように」と要請しているわけですが、同組織は自身についての情報をほとんど開示していないとThe Interceptは指摘しています。

The New York Timesの報道によると、Heat InitiativeはイギリスのヘッジファンドマネージャーでGoogleのアクティビストであるクリス・コーン氏が設立した組織であるチルドレンズ・インベストメント・ファンドや、オーク財団などの寄付者から集められた200万ドル(約3億円)の資金を元に活動しているそうです。オーク財団は、EUにおけるエンドツーエンド暗号化を弱体化させるために活動している圧力団体に、25万ドル(約3700万円)を寄付したことがあるという組織。

Heat Initiativeは政府や法執行機関から、いかなる資金提供も受け取っていないと主張しており、実際、チルドレンズ・インベストメント・ファンドやオーク財団とのつながり以外に、Heat Initiativeがどこ資金を集めているのかなどの情報はほとんど存在しないそうです。

しかし、Heat Initiativeの公式サイトの利用規約セクションをチェックすると、「このウェブサイトはホープウェル財団とその関連会社によって所有・運営されています」と記されています。ウェブサイトのプライバシーポリシー部分にも同様の引用がありますが、ホープウェル財団に関する言及や説明はこの他にはありません。ホープウェル財団という名前は日本ではほとんど目にしないかもしれませんが、アメリカでは「匿名の資金源から数十億ドル(数千億円)をアメリカの政治に注ぎ込んでいる民主党派のダークマネー運用団体」として広く報じられているそうです。

ホープウェル財団は出所不明の資金を収集・分配しながら、億万長者の政治的意思を反映する組織ネットワークを構築しています。ホープウェル財団の構築するネットワークには、民主党寄りの非営利団体や慈善団体が多く含まれており、さまざまな政治的思想を推進するための団体に資金を提供しています。The New York Timesの報道によると、ホープウェル財団は2020年だけで総額12億ドル(約1800億円)の資金を選挙活動に投じているそうです。


The Interceptは「Appleのプライバシー保護機能を抑制するために大金を投じる圧力キャンペーンをめぐる不透明な状況は、プライバシー擁護派にとって懸念事項となる可能性が高い」と指摘。政治的言説に影響を与えようとするホープウェル財団の大規模な取り組みについては、過去にも批判や論争が巻き起こっていると指摘しました。

市民団体・CREWのロバート・マグワイア氏は、Heat Initiativeのようなダークマネーで運営される団体について、「これらの団体はどれも私のようなダークマネーを追跡している人々に対して、何をしているのか開示したがりません」と指摘。マグワイア氏は、「Heat Initiativeが属するダークマネー運用ネットワークは、コーク・インダストリーズの億万長者により所有・運営されている右翼慈善活動団体やダークマネー運用グループを想起させます」と述べ、この種の団体を批判しています。

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in モバイル, Posted by logu_ii

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