東南アジア諸国の中央銀行と協力してデジタル決済システムをサポートする日本発のブロックチェーン企業「ソラミツ」とは?
カンボジアの中央銀行であるカンボジア国立銀行は2020年10月にデジタル通貨の「バコン」を導入し、銀行口座を持たない人々を金融システムに包摂する取り組みを進めています。そんなバコンの開発においてカンボジアの中央銀行と協力し、ベトナムやフィリピンなどの国々でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入可能性を探る日本発のブロックチェーン企業「ソラミツ」について、海外メディアのRest of Worldが報じています。
The Japanese blockchain startup behind Cambodia’s digital currency - Rest of World
https://restofworld.org/2023/japanese-company-cambodia-digital-banking/
2016年のある日、ソラミツの共同創設者兼CEOである武宮誠氏は、カンボジア国立銀行の職員を名乗る人物から「パイロットプロジェクトについて話し合いたい」というメッセージを受け取りました。しかし、当時のソラミツは創業からわずか数カ月しか経過しておらず、会社の資金は共同創業者である岡田隆氏の貯金でまかなわれている状態で、収入も衣食住と必要経費を支払える程度しかありませんでした。そのため、当初は詐欺なのではないかと疑っていたそうです。
ところが、このメッセージは本当にカンボジア国立銀行からのものでした。カンボジアでは銀行口座の保有率が国民の20%に満たないそうで、多くの国民が金融サービスにアクセスできない状況にあります。その一方で携帯電話の普及率は高いため、ブロックチェーンに基づいたデジタル決済システムを展開することで、包摂的な金融インフラを整備できるという予測があったとのこと。
2017年にソラミツがカンボジア国立銀行とのプロジェクトに署名し、本格的に決済システム「バコン」のプロジェクトが始まりました。バコンはソラミツが開発したブロックチェーンプラットフォーム「ハイパーレジャーいろは(Hyperledger Iroha)」を基にしたシステムであり、ユーザーは電話番号だけでデジタルウォレットやリアルタイムの個人間送金、銀行口座への振り込み、QRコード決済などの金融サービスにアクセス可能になります。プロジェクトを主導したのは、当時のカンボジア国立銀行のチア・セレイ副総裁(現総裁)でした。
そして2020年10月、カンボジア国立銀行は「準デジタル通貨」システムであるバコンを正式にリリースしました。バコンはアメリカドルまたはリエルでの送金に対応しており、2023年2月の時点でデジタル決済システムのアカウント数は850万を超えています。2022年には122億ドル(約1兆8000億円)、12兆8000億リエル(約4500億円)相当の取引を処理したとのことです。
バコンの成功を背景に、ソラミツは東南アジア全体でデジタル決済システムの開発企業として有名になりました。記事作成時点では三菱UFJ信託銀行と技術提携を行い、国内外のステーブルコイン間の決済を実現するプロジェクトに取り組んでいるほか、経済産業省の支援を受けてベトナムやフィリピン、フィジーなどでCBDCの導入可能性を探っています。
しかし、さまざまな国際的プロジェクトに携わっているにもかかわらず、ソラミツについての詳しい情報はあまり知られていません。Rest of Worldが接触した銀行セクターの関係者らは、バコンシステムの責任者をソラミツが担っていたことは知っていたものの、ソラミツ自体についてはよく知らなかったとのこと。カンボジアのある銀行幹部は、「私たちは皆、『この会社は何だ?』と思っていました」と語りました。
シンガポールを拠点とするフィンテック専門コンサルタント企業・Kapronasiaでディレクターを務めるゼノン・カプロン氏は、比較的小規模な企業であるソラミツにとって、ブロックチェーン業界の参入障壁の低さと東南アジアに大きな競争相手がいないという点が追い風になったと指摘。「これはすべてが新しい事業なので、クライアントは新しいベンダーやそれほど知らない企業を使用することにオープンかもしれません」と述べています。
ソラミツのCEOを務める武宮氏はカリフォルニア州サンルイスオビスポで生まれ、NECでインターンシップを経験した後の2000年代後半に来日し、後にアメリカ市民権を放棄して日本国籍を取得したという経歴を持ちます。ソラミツはロシアやアメリカを含む世界中に約150人の従業員を擁し、日本以外ではスイスにもオフィスを構えているとのこと。依然として大部分が自己資本ですが、2022年の年間収益は約2000万ドル(約30億円)で、利益も上がっていると武宮氏は述べています。
ソラミツはバコンのことをCBDCと呼んでいますが、Rest of Worldは「より正確に言えばバコンはブロックチェーンベースの支払いネットワークです。CBDCの展開を追跡しているシンクタンクのアトランティック・カウンシルは、これまでに立ち上げられた11のCBDCにバコンをカウントしていません」と指摘しています。とはいえ、アトランティック・カウンシルのデジタル通貨担当アソシエイトディレクターであるアナン・ヤクマール氏は、カテゴリーとは関係なくバコンはうまく実行されていると述べました。
カンボジアの投資企業・Mekong Strategic Capitalの創設者兼マネージングパートナーであるスティーブン・ヒギンズ氏は、「バコンはカンボジアにおいて、世界で最も効率的かつユーザーフレンドリーな決済システムを提供することに貢献しました。カンボジアのような国にとって、これは非常に目覚ましい成果です」とコメントしました。
バコンの成功以降、ソラミツは日本政府の援助を受けて東南アジア全域にアプローチしており、中でもラオスでは中央銀行と協力してデジタル決済システム「Digital Lao Kip(デジタルラオスキープ)」の実証実験が行われています。2023年8月には、カンボジアの銀行がデジタルラオスキープのQRコード決済に対応することも発表されました。
もっとも、ソラミツの試みがすべて成功しているわけではありません。2022年にはスリランカの経済危機に際して、仮想通貨トークンを法定通貨にする案を売り込んだものの採用されませんでした。また、バコンのモデルをウクライナに売り込みましたが前進していないほか、モスクワ証券取引所の分散型デジタル保管所を構築する取り組みも、近年の仮想通貨の暴落によって失敗したとのこと。匿名のある銀行幹部は、ソラミツがカンボジアの成功を足がかりにより事業を拡大できるかどうかが、重要な試金石になるだろうとRest of Worldに語ったそうです。
ヒギンズ氏は、カンボジアにおけるバコンの成功は「変革的」だったものの、ベトナムやフィジーといった国々でのプロジェクトは依然として初期段階であり、成功するかどうかは未知数だと指摘。「成功するかどうかは、中央銀行がどのような設計を選ぶのかにかかっています」と、ヒギンズ氏は述べました。
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