「彼らは末長く暮らしましたとさ」「暗い嵐の夜だった」など8つの文学的な決まり文句とその起源とは?
「むかしむかしあるところに」といったような、物語でよく使われる「慣用表現」ないし「決まり文句」が由来となったフレーズは数多くあります。決まり文句はむやみやたらに用いると「またか」と思われて悪い印象を与えることもありますが、多くの人が知るフレーズのため、巧みに用いると効果的に雰囲気を伝えることができます。そのような英語文学における使い古された8つの慣用表現について、ニューヨークに拠点を置く印刷やデジタルマガジンを扱うMental Flossのチームが「その表現が最初に登場した起源、元ネタ」について解説しています。
Before They Were Cliches: On the Origins of 8 Worn Out Idioms ‹ Literary Hub
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◆1:Happily Ever After(末長くお幸せに)
童話などで、幸福な大団円を迎えて「こうして彼らは末長く幸せに暮らしましたとさ」というフレーズで幕引きとなる物語を、誰もが聞いたことあるはず。「末長く幸せに」というのを英語では「happily, ever after」と表現しますが、この決まり文句は14世紀にイタリアの作家であるジョヴァンニ・ボッカッチョが書いた「デカメロン」に由来するとされています。「デカメロン」は10人が10話ずつ語った全100話を収録したという形式の物語集で、その中の結婚に関する表現で書かれた一節を、18世紀に「so they lived very lovingly, and happily, ever after(こうして彼らはとても愛情深く、いつまでも幸せに暮らしました)」と英訳されたことが決まり文句の由来とのこと。なお、「Ever After」とは「永遠」を意味し、「デカメロン」が書かれた時代背景から、「死ぬまでずっと」という意味ではなく、「死後の世界で永遠の至福を楽しむ」ことを意味していたと考えられています。
◆2:Add Insult to Injury(泣きっ面に蜂)
「Injury(ケガ)」に「Add Insult(侮辱を加える)」ことで「侮辱に侮辱を重ねる」という強調した慣用表現が英語では用いられます。このフレーズの起源はイソップ寓話(ぐうわ)の「The Bald Man and the Fly(ハゲ男とハエ)」の発明だとされています。ハエが男性の頭に噛みつき、男性はハエを払いのけようとして自分の頭をたたいてしまったため、ハエは「ケガに自分で辱めを与えてどうしたの?」と男性をからかいます。ここから転じて、「悪い状況をさらに悪化させるあらゆる行動」を指すフレーズとして用いられるようになりました。
◆3:Albatross Around Your Neck(首にアホウドリをくくりつけられる)
18世紀イギリスのロマン派詩人であるサミュエル・テイラー・コールリッジの代表作「老水夫行」から、「重荷を背負う」あるいは「悩みの種」という意味で「首にアホウドリをくくりつけられる」という慣用表現が用いられるようになりました。海に触れる人々の民間伝承において、海鳥は幸運をもたらすと考えられています。そのことから、「老水夫行」ではある船員が無害なアホウドリを撃ったことで、船の乗組員全員に不幸がふりかかることになります。それを防ぐため、船員はアホウドリの死骸を首に架けて生活するように強制されます。ここから、「避けられない不快な義務や状況」を表す表現として、「アホウドリを首に巻き付ける」というイメージが浸透しました。
◆4:Forever and a Day(永遠と1日)
「本当に長い間」を大げさに表す表現として、「永遠(Forever)とさらに1日(and a Day)」というフレーズはごく一般的になっています。Mental Flossによると、このフレーズを広めたのは1594年に書かれたウィリアム・シェイクスピアの喜劇「じゃじゃ馬ならし」であり、しばしばシェイクスピアが作った言葉だと思われることがありますが、このフレーズを作ったのは別の作家であるとのこと。
「永遠と1日」というフレーズは、15世紀ドイツの思想家・作家であるウルリッヒ・フォン・ハッテンの「de Morbo Gallico」という論文で初めて用いられたと考えられています。「de Morbo Gallico」にはフランスにおける病気、すなわち梅毒に関する記述がありますが、その中で「(論争では何も解決しないのに)論争を起こして病気から回復させようとする彼らに、永遠と1日の間、別れを告げさせてほしい」という記述があります。これは、「現在だけでなく将来すべて」を意味する「aye」という単語を使用した「Forever and aye」という古いフレーズを、「aye」と「day」で韻を踏んで用いられたと解釈されています。シェイクスピアはこの「永遠と1日」というフレーズを好んで用いており、1600年ごろに書かれた喜劇「お気に召すまま」にも登場するそうです。
◆5:It Was a Dark and Stormy Night(暗い嵐の夜だった)
不穏で恐ろしい物語の導入として、「それは暗い嵐の夜のことだ……」と語り始めることがあります。19世紀のイギリスの政治家・小説家であるエドワード・ブルワー=リットンによる「ポール・クリフォード」が冒頭のフレーズ「暗くて嵐の夜だった……」でよく知られていますが、このフレーズは今では「悪文」あるいは「メロドラマ的な執筆スタイルの典型例」としてバカにするような意図でパロディされることも多くなっています。ただし、ブルワー=リットンは物語の冒頭に「暗くて嵐の夜だった」を用いたことで代表的な作家として知られていますが、Mental Flossによると「ポール・クリフォード」が出版される数十年前から、フレーズ自体はよく用いられていたとのこと。
◆6:Little Did They Know(彼らには知るよしもなかった)
「彼らはほとんど何も知らなかった」という表現を、「They knew nothing.」ではなく「Little Did They Know」とする慣用表現があります。ジョージ・ドブスという作家が雑誌「ザ・エアシップ」に寄稿した記事によると、この決まり文句は19世紀に出版された作品に初めて見られ、1930年代から1950年代の冒険雑誌によって広まったそうです。倒置を用いたこのフレーズは、何世代もサスペンス作家の心をつかみ、受け継がれていきました。
◆7:Not to Put Too Fine a Point on It(細かいことは抜きにして)
イギリスのヴィクトリア朝時代を代表する小説家であるチャールズ・ディケンズは、「クリスマス・キャロル」や「デイヴィッド・コパフィールド」など現代でも著作がよく知られているほか、「flummox(混乱させる)」、「abuzz(がやがやと騒々しい)」、「Christmassy(クリスマスらしさ)」など多くの単語や慣用表現を生み出し、広めたことでも有名です。ディケンズの19世紀半ばの小説「荒涼館」で初めて見られた「Not to Put Too Fine a Point on It」というフレーズは、「細かい事は抜きにして、分かりやすく話す」という意味で、作中人物が繰り返し用いています。
◆8:Pot Calling the Kettle Black(鍋がやかんを黒いと言う)
鋳鉄製の台所用品が主だった時代は、長く使用していると黒いススで汚れてしまうため、鍋もやかんも真っ黒になるのが普通でした。そのため、「鍋がやかんを黒いと言う」とは、「目くそ鼻くそを笑う」のような「自分を棚に上げて他者を非難する」という慣用表現で用いられ、英語圏のインターネットスラングではPKBと表記されることもあります。英語圏でこのフレーズが広まった起源とされるのは、ミゲル・デ・セルバンテスによるスペインの小説「ドン・キホーテ」における、トーマス・シェルトンによる1620年の英訳版に登場するドン・キホーテのセリフです。シェルトンの翻訳では、「You are like what is said that the frying-pan said to the kettle,"Avant, black-browes".(お前は、フライパンがやかんに『出てこい、そこの黒あざやろう』と言っているようなもんだ)」と記されており、1639年にまとめられたイングランドのことわざ集には既に「The pot calls the pan burnt-arse(鍋がフライパンを、焼けた尻と呼ぶ)」として収録されています。そこから比喩表現が少しずつ変化し、「鍋がやかんを黒いと言う」という表現が一般的になりました。
Mental Flossの編集長であるエリン・マッカーシー氏は、「使い古されたフレーズがあると、読者はときに読むのをやめてしまうことがあります。決まり文句は怠惰な執筆の兆候とみなされますが、一夜にしてそうなったわけではありません。初めて印刷物に掲載されたとき、現代の決まり文句の多くは新鮮で刺激的であると読み取られ、今日に至るまでマネされ続けるほどのものでした」と語っています。
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