サイエンス

スティーヴン・ホーキングが残した「ブラックホール情報パラドックス」が解決か、ブラックホールから情報を取り出せる可能性


量子物理学の法則では、物質の状態が変化してもその「情報」が失われることはなく、変化後の形態に保存されている情報から過去の状態を知ることができます。しかし、巨大な天体が崩壊して形成されるブラックホールにおいては、元の情報が失われてしまう「ブラックホール情報パラドックス」が生じます。このパラドックスについて、イギリス・サセックス大学の物理学教授であるザビエル・カルメット氏らが、ブラックホール情報パラドックスを解決する方法を発見したと報告しました。

Quantum gravitational corrections to particle creation by black holes - ScienceDirect
https://doi.org/10.1016/j.physletb.2023.137820


‘Quantum hair’ could resolve Hawking’s black hole paradox, say scientists | Black holes | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2022/mar/17/quantum-hair-could-resolve-stephen-hawking-black-hole-paradox-say-scientists

Stephen Hawking's famous black hole paradox may finally have a solution | Live Science
https://www.livescience.com/stephen-hawkings-famous-black-hole-paradox-may-finally-have-a-solution

ブラックホールは光さえも脱出できない超高密度かつ大質量の天体であり、質量電荷角運動量の3つの物理量だけで特徴付けることができます。これはブラックホール脱毛定理と呼ばれています。

ブラックホールは通常の天体とは異なる存在ですが、量子物理学的に考えると「情報」は不滅であるため、ブラックホールになったとはいえ情報が失われることはないはずです。しかし、ブラックホールに吸い込まれると物理的な情報が失われてしまうことから、イギリスの理論物理学者であるスティーヴン・ホーキング氏は、ブラックホールから情報を保存しない熱的な放射(ホーキング放射)があると提唱。この放射によって情報が宇宙から失われてしまう現象を「ブラックホール情報パラドックス」と名づけました。

ブラックホール情報パラドックスがどのようなものかは、以下の記事を読むとよくわかります。

世界中の物理学者を悩ませる「ブラックホール情報パラドックス」とは? - GIGAZINE


ブラックホール情報パラドックスは多くの科学者の頭を悩ませており、その解決策についてさまざまな説が検討されてきました。カルメット氏は、「ブラックホール情報パラドックスは量子物理学で認められていません。量子物理学はブラックホールの『一生』を巻き戻せると仮定しています」「放射線から出発して、元のブラックホール、そして最終的には星を作り直すことができるはずです」と述べています。

カルメット氏は同僚のスティーブ・スー氏と共に、2021年からブラックホール情報パラドックスの研究に取り組んできました。そして2023年3月、ホーキング氏が検討しなかった「量子重力理論」の影響を考慮した研究結果を発表しました。

研究チームは、物質がブラックホールによって崩壊する時、その重力場にかすかな痕跡を残すと考えています。この痕跡はブラックホール脱毛定理になぞらえて「quantum hair(量子髪)」と呼ばれており、ブラックホールの崩壊時に情報が保存されるメカニズムになるとのこと。今回発表された理論によれば、異なる2つのブラックホールはたとえ質量と半径が同じでも、その重力場に非常に微妙な違いがあるということになります。


カルメット氏は、「量子重力による補正はごくわずかですが、ブラックホールの放射を考える上では重要です。私たちは量子重力の効果がホーキング放射を改変し、放射線が非熱的になることを示すことに成功しました。言い換えれば、量子重力を考慮に入れると、ホーキング放射は情報を含むことができます」と述べました。

記事作成時点では、ホーキング放射を測定するのに十分な機器がないため、天体観測を通じてカルメット氏らの理論をテストする明白な方法はありません。カルメット氏は、この理論を発展させる1つの方法として、地球上の研究所でブラックホールのシミュレーションを研究することを提案しています。

また、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンの理論物理学者であるトビー・ワイズマン氏は、カルメット氏らの論文を「良い仕事」と評価しつつも、ブラックホールによって失われる情報全体を説明するものではないと指摘。「彼らが示していないことがパラドックスの核心です」「このパラドックスを解決するためには、量子力学と重力がどのように結びついているのかを完全に理解する必要があると感じています」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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