クマムシの驚異的な生存能力に必要なタンパク質が「医薬品の保存方法」に革命をもたらす可能性
by Philippe Garcelon
極度の高温や低温、さらに放射線下での生存が可能で、秒速825メートルで射出されても生き残ることが報告されている生物がクマムシです。そんなクマムシに含まれるタンパク質を利用する事で、冷蔵保存が必要な多くの医薬品を冷却せずに保存できる可能性が報告されています。
Natural and engineered mediators of desiccation tolerance stabilize Human Blood Clotting Factor VIII in a dry state | Scientific Reports
https://doi.org/10.1038/s41598-023-31586-9
Tardigrade proteins could help stabilize drugs without refrigeration, scientists say | Live Science
https://www.livescience.com/tardigrade-proteins-could-help-stabilize-drugs-without-refrigeration-scientists-say
世界中の水中やコケの上などに広く生息する、体長50マイクロメートル~1.7ミリメートルの微生物であるクマムシは、乾燥などの厳しい環境に身を置かれると自らの体を縮めて生命活動を停止させる「クリプトビオシス」状態になります。クリプトビオシス状態となったクマムシは、セ氏約マイナス200度から約150度という極低温や高温、極端な圧力下や高線量の放射線でも耐えることができます。
ワイオミング大学のシルビア・マルティネス氏らの研究チームは、クマムシの一種であるヒプシビウスから「トレハロース」と「熱可溶性タンパク質」を抽出しました。これらの物質はクリプトビオシス状態のクマムシの体を保護するのに役立つとされています。
研究チームは「血友病A」と呼ばれる、遺伝性出血性疾患の治療に使用される「血液凝固第VIII因子」というタンパク質に対し、生物物理学的特性を微調整したトレハロースと熱可溶性タンパク質を用いることで安定化能力を高めるテストを行いました。
血液凝固第VIII因子は、一定の範囲内の温度で冷蔵保存しないとすぐに効果が弱まるとされており、ワイオミング大学の分子生物学者であるトーマス・ブーズビー氏は「世界の遠隔地や発展途上の地域では、冷蔵保存に必要な冷蔵庫や電気システム、バックアップに必要な発電機などのインフラストラクチャを購入して血液凝固第VIII因子を維持することはほぼ不可能です」と述べています。
そこで研究チームはトレハロースと熱可溶性タンパク質などをテストして、医薬品の長期保存で発生する一般的なトラブルである高温と湿度の変化に伴う機能の低下を抑えることができるかを確認しました。その結果、熱可溶性タンパク質を加えることで最も安定して血液凝固第VIII因子を保存できたとのこと。
by Rebekah Smith
ブーズビー氏は「私たちの研究は、クマムシ由来のタンパク質を使用して、血液凝固第VIII因子またはその他多くの医薬品を、冷蔵せずに安定して乾燥保存ができると証明しています」と報告し、タンパク質を使用することでワクチンや抗体、幹細胞、血液、血液製剤でも同様の効果が得られる可能性を示唆しています。
またブーズビー氏らは「この研究は世界の遠隔地や発展途上の地域での治療にとって有益であるだけでなく、医薬品や食品、その他の生体分子の低温保存に必要な冷蔵庫などが不要となる新しい技術になる可能性があります」と述べています。
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