サイエンス

人工衛星の推進器「ホールスラスタ」の原理は実はよくわかっていない

by Charly W. Karl

冷戦期の宇宙開発競争以来、人工衛星やスペースシャトルなど人類は多数の物体を宇宙空間に送り込んでいます。こうした物体を送り込むロケットに用いられる「ホールスラスタ」の原理は実はよくわかっていないという点について、ドイツでプラズマエンジンについて研究するLou(@lougrims)氏が解説しています。


ホールスラスタはキセノンやクリプトンなどの推進剤を電離し、生成されたイオンを磁場によって排出することで推力を得る電気推進機の一種です。発明されたのは1970年と宇宙開発において最新技術とはいえないものですが、Starlinkなどがいまだに使い続けているという、息の長い技術です。


電気推進機において噴射速度と推力は電力に比例しますが、たいていの電気推進機は電力に限りがあるという問題があります。しかし、ホールスラスタは電力あたりの噴射速度と電力が実用的な範囲に収まるため、いまだに使い続けられているとのこと。

ホールスラスタが動作するメカニズムを詳しくみると、まず内部の陰極から電子を放出して加速チャネルと呼ばれる環状部分に突入させると、磁場によって加速チャネル内で電子が中心軸の周囲をグルグル回転し始めます。そして回転している電子と磁場が生み出すホール効果によってローレンツ力が生じて電子が加速するため、加速した電子にキセノンなどの分子を送り込んで衝突させ、電子をはじき出す衝突電離を引き起こし、副次的に生成される陽イオンを排出して加速する……という流れです。

小紫・小泉研究室
http://www.al.t.u-tokyo.ac.jp/hall_jp.html


今回Lou氏が解説しているのは、「ホールスラスタは計算によって原理を解析することができない」という点。電子温度や電離確率などにどんな妥当な値を代入して計算を行ったとしても、算出された「磁場を通過する電子の数」は現実の10分の1にしかならないとのこと。


近年ではこの手の解析にはコンピューターによるシミュレーションが用いられていますが、Lou氏によるとシミュレーションを使うのも困難だそう。ホールスラスタ内の気体密度は非常に低いため、気体分子を総体的に分析できるマクスウェル分布に当てはめて考えることは不可能。従って、ホールスラスタの解析には「各イオンが別個の粒子として振る舞う」という前提でシミュレーションを行う必要があります。

同様の理屈で電子も別個の粒子として振る舞うとして考えるべきですが、電子はイオンよりもはるかに小径かつ高速で動くため、一般的な研究者がシミュレーションを行うには時間が足りないとのこと。そのため、イオンは粒子、電子は流体という前提で妥協するそうです。


しかし、このような前提でシミュレートを実行してホールスラスタ内の電子の速度を算出したとしても、出てくる結果は現実よりもはるかに遅いとのこと。この計算と現実のズレを説明する理屈については、1980年頃に唱えられている「加速チャネルの壁面に用いられているセラミックに電子が衝突すると二次的に電子が発生する」という説と、「スラスタ内部でプラズマ不安定性が発生している」という説があるそうですが、いずれの説も単独では満足のいく説明になっていないため、この2つの説が同時に発生しているという仮説が検討されているとのことです。

ただし、この調査は非常に高価な機器が必要ではかどっておらず、現行のホールスラスタは原理を理解した上で設計が行われているわけではなく、「実験を何度も反復してうまく行ったものを使う」というスタイルで製造が行われているとのことでした。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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