「祈りが呪いに変わる」複雑な親子関係を新鋭・片野坂亮監督が描き出した映画『しらぬひ』トークイベントレポート

『君の名は。』『すずめの戸締まり』など大ヒットした新海誠監督の作品を手がけるコミックス・ウェーブ・フィルムの最新作で短編アニメ映画の『しらぬひ』が2026年8月21日(金)に公開されます。本作は、これが初の商業アニメ映画挑戦となる片野坂亮監督の手がける作品。マチ★アソビ vol.30では「コミックス・ウェーブ・フィルムの新たな挑戦」と題した、片野坂監督とコミックス・ウェーブ・フィルムの濱﨑周平プロデューサー、ギャガの新井修平プロデューサーが本作について深く語るイベントが開催されました。
映画『しらぬひ』公式サイト
https://gaga.ne.jp/shiranuhi/
イベントはufotable CINEMAのシアター1で行われました。左から新井プロデューサー、片野坂監督、濱﨑プロデューサー。

コミックス・ウェーブ・フィルム 濱﨑周平プロデューサー(以下、濱﨑):
みなさん、こんにちは。僕たち3人はマチ★アソビは初参加なのですが、すごいですね、エネルギーが。それに、暑い!Tシャツ2枚しか持ってこなくて、失敗しました。マチ★アソビ、どうですか?
ギャガ 新井修平プロデューサー(以下、新井):
暑い……。
(会場笑)
『しらぬひ』片野坂亮監督(以下、片野坂):
僕は気温を調べておいて、この瞬間のためにもう1枚Tシャツを用意しておきました。
(会場から「おー」の声)
濱﨑:
では、まずは軽く自己紹介させていただきます。まずは監督から。
片野坂:
今回『しらぬひ』の監督をさせていただきました、片野坂亮と申します。よろしくお願いします。
新井:
映画会社ギャガのプロデューサー、新井と申します。企画の立ち上がりのところからご一緒させていただき、今日はこういう形で入らせていただきました。どうぞよろしくお願いします。
濱﨑:
司会進行はコミックス・ウェーブ・フィルムのプロデューサー、濱﨑です。よろしくお願いします。さっそく「コミックス・ウェーブ・フィルムの新たな挑戦」というところで、特に新しい劇場作品『しらぬひ』について、この3人で話していこうと思います。まずは「コミックス・ウェーブ・フィルム」の説明を軽くしたいと思います。ギャガさんとしては、コミックス・ウェーブ・フィルムは外から見てどんな会社ですか?
新井:
もちろん、新海誠監督の作品というイメージが皆さんあると思うんですけれど、その他にも『詩季織々』(2018)だったり『Peeping Life』(2009~)だったり、オリジナル作品を大切にするスタジオさんかなというイメージです。
濱﨑:
ありがとうございます、100点満点の答えです。まさに僕らコミックス・ウェーブ・フィルムは「原作モノをやらない」というルールのもと、オリジナル映画で勝負するんだと。自分たちでIPを持ち、この業界のトップランナーとして走っていくという責任感を持って日々アニメを作っています。先ほど挙げてもらった作品のほかにも『まかせてイルか!』(2004)、『カクレンボ』(2005)など、新海誠監督の作品以外も含めてオリジナル作品を作ってきました。『すずめの戸締まり』(2022)が公開されたあと、新海監督以外のオリジナル作品がなかったので、なにかやらなければということで企画を始めたのがこの『しらぬひ』です。深掘りしていく前に、まずは本予告を見ていただきたいと思います。
『しらぬひ』本予告【8月21日(金) 劇場公開】 - YouTube

濱﨑:
ありがとうございます。今回初めてご覧になったという方もいると思います。いま、8月21日の劇場公開に向けて片野坂監督に作業してもらっています。
片野坂:
改めまして、監督の片野坂亮です。私はそもそもアニメーションをやってこなかったんです。何をやっていたかというと、ずっと実写、自主映画とかをやっていました。なぜ自主映画をやっていたかというと幼稚園のころ『ジョーズ』(1975)を見て「あっ、『ジョーズ5』を作りたい。映画監督になろう」と、漠然と思った夢を続けたという形です。
大学では大林宣彦監督からいろいろ映画のことを教えていただきました。学生時代は大学に行きつつ現場にも出ていたのですが、実写の現場には「監督をやりたかった」と入ってきた人がすごくたくさんいました。でも、「映画を撮りたい」と言っている人はすごくいるけれど、実際に映画を撮った人というのは全然いなかったんです。そのリアルを見たので、僕は「映画を撮らなきゃダメだ」と思ったんです。映画を撮ってしまえば、僕だって映画監督です。
そういうのもあって、就職のタイミングで大林さんに「映画を撮りたいです。なので、就職はしません」という話をしました。すると大林監督は「いいですね。それは正しいことですよ。ただ気をつけて下さい、映画監督は孤独ですよ」とアドバイスをしてくれました。その時の僕は「ハイ!わかっています!大丈夫です!」と、何も分かっていないのに(笑)

(会場笑)
片野坂:
卒業後はバイトをしたりいろんなことをしたりして、初めて長編を撮れたのが26歳の時でした。自分の1つの目標として、スピルバーグが27歳の時に『ジョーズ』を撮ったから、自分が27歳までに映画を1本も撮っていなかったらこの道は諦めようと思っていましたが、本当に巡り巡っていろんなことが重なり撮ることができたんです。それで「よかった、神様はやっていいと言ってくれているんだ」と思い、京都でずっと映画を撮っていました。
そこへ皆さんもご存じの、コロナのパンデミックがありました。映画1本では食っていけないので、いろんな映像作品の仕事を受けていたのですが、それもなくなり、本当にすべてが白紙になって自分の手からこぼれ落ちる感覚でした。信じていたものも、生きる糧になっていたものもなくなって「どうしよう、どうやって生きていけばいいんだろう」と思いました。そのとき、ちょうど考えていたのが長編アニメーション映画の企画だったんです。そこで「せっかく時間があるんだったら挑戦してみよう」と、先人たちの作品のBlu-rayとかをコマ送りで見ながらずっと独学で、3年ぐらい引きこもって作業しました。
ちょうど先ほど名前が出ていた『Peeping Life』の森りょういち監督が僕の出身地福岡県にいらっしゃって、完成した作品を見てもらったら「あなたは福岡にいちゃダメです。僕が(コミックス・ウェーブ・フィルムの)川口さんを紹介するので東京に行ってください。見せてどうなるかはわかりませんが、運を試してきてください」と言われたんです。それが、僕がアニメーション業界の門を叩くきっかけでした。
川口さんと初めて会ったのは3年前の2月8日。忘れもしません。会社を訪問したら向こうから「おう!」と川口さんが現れて(笑)
(会場笑)
片野坂:
本当にもうすごい迫力で……その時、すぐに思ったんです。この人は一瞬で全部を見る人だと。僕の奥まで見られて、この人の前では絶対にウソはつけないと。それで「わからないことはわからない、やりたいことはやりたいと明確にしよう」と思って、お話をしました。濱﨑さんも含めて面談みたいな感じで、6対1ぐらいでしたか。
(会場笑)
片野坂:
どんな感じでしたっけ?
濱﨑:
1人1人、作品について感想を述べましたね。
片野坂:
僕が作った作品を先に見てもらっていたんでしたか。濱﨑さんはそのとき「今すぐにでも一緒に働きたい」と言ってくれたんですが、僕は本当にアニメーションの経験がなかったので、コミックス・ウェーブ・フィルムでCMの制作進行として勉強させていただくことになって。川口さんに「じゃあ、4月から来い!」と言われたんですが「え?そんなことあるの?」という感じでした。帰ったらみんなに「どうだった?」と聞かれて、その通りに説明したら「本当なの?」ってなりますよね。森監督に「4月から来いと言われたんですが、本当なんでしょうか?」と言ったら、「本当じゃない?」と。
(会場笑)
片野坂:
本当にそんな感じで、3月になったら濱﨑さんから「来られますよね?」と連絡があって「本当にあの話は生きていたんだ!」となりました。

(会場笑)
濱﨑:
僕が「一緒にやりたい」といった理由、みなさんはまだわからないかもしれないですが、片野坂監督は3分ぐらいのオリジナル作品を作っていたんです。今回はマチ★アソビ限定で、その一部をご覧ください。
(オリジナル作品一部上映後、会場から拍手)
濱﨑:
すごいなと思って。本当に「一緒に仕事したい」と思いました。皆さんそう思いますよね?
(拍手)
濱﨑:
ありがとうございます。それで企画を一緒にやりましょうということになったので、ここから『しらぬひ』の話をしていきましょうか。監督、『しらぬひ』はそもそも、どうやってできたんですか?
片野坂:
『しらぬひ』は、熊本県津奈木町赤崎にある「海の上にある学校」、旧赤崎小学校を舞台にしています。僕は25歳ぐらいのころ、天草の魚屋で魚を捌きながら映画のことを考えていた時期があるんです。その時、この旧赤崎小学校で映画を撮りたいと思ったんです。2010年に廃校になっていて、海の上に立っているので塩害や老朽化の影響があり、もし映画を撮るなら修復するのに結構なお金が必要だということがわかりました。それで自分らの予算規模ではやりたいことは何一つできないという壁にぶち当たりました。でも、物語は諦められなくて、魚を捌いたり、ほかの映像の仕事をしながらもずっと考えていたのが『しらぬひ』の本当の始まりです。なので、構想は2010年代から練っていたということになります。

濱﨑:
企画からずっとお話をもんできましたけれど、『しらぬひ』はどういった作品ですか?
片野坂:
予告編だけでみなさんに伝わったかわからないんですけれど、言葉を濁さずいえば、母親から捨てられた子ども、つまり大人の事情に巻き込まれた子どもは、急速に大人に「ならされる」んですね。その瞬間を僕はまざまざと見たことがあって、その人たちに僕なりの愛や正しいと思った言葉をかけたんですが、守るどころか傷付けてしまったんです。それが僕の中では拭うことのない一生の後悔になっています。そういうのは実際に起きていて、でも調べると、親の人たちにもなんらかの事情はあって、さらに親からかけられた「呪い」というのがある。円環構造が続いている。それを何とか映画で断ちきることができないだろうかと、そういう思いで作りました。
濱﨑:
本当に監督の思いや気持ちが30分少々に詰まっていて、監督の純度100%の映像になっています。監督から熱い気持ちを聞いたんですけれど、新井プロデューサーからストーリーについて、ネタバレなしで軽く教えていただけますか?
新井:
ネタバレなしって難しいですね……。主人公の男の子・湊と女の子の神様・べんちゃんがいて。2人の物語かと思いきや、そこに湊の父親も関係してしてきて。キャッチコピーとして「その祈りは、呪いに変わる」という言葉が出てきましたけれど、湊と父親の関係がどう変化するかというのも1つの見どころかなと思います。

濱﨑:
そうですね、湊が最後に何を願うのか、そこが一番の見どころだと思います。湊が何に願うかというとタイトルにもなっている「不知火」になるのですが、それは本当にある現象で、僕らは実際にロケハンをしていて見ることができたのでちょっと写真をご覧ください。
片野坂:
これは舞台になっている赤崎の弁天島で、奥に見える光は町の灯りかと思いきや「不知火」です。熊本県には不知火町という町があるのですが、不知火町ではほとんど見られなくて、赤崎ではよく見られます。ただ、赤崎の人たちはこれを不知火だとは思っていないんです。あまり気にしていないみたいで、地元の方と話をしたら「本当?」と返されたりするという。長老みたいな方が「俺が見たのは小学校のころ、山の上から見たようなやつだ」とおっしゃるんですが、「いやいや、今見えてるアレです」と。

(会場笑)
片野坂:
夜になると不知火はもっと色濃くなって、まるで冗談みたいに光っているんです。皆さんは写真で見ているから「町の灯りだろう?」という感じだと思いますが、実際に赤崎に行ってこれを見たら、光源ではないので「光」ではないのがわかります。感度の高いカメラで撮影しているので光のように見えていますが、何かぼやぼやっとしたもので、本当に神秘的です。不知火を見た昔の人は怖かっただろうと思います。

濱﨑:
まさにここからタイトル、『しらぬひ』をいただいています。続いて『しらぬひ』でどこに力や思いを込めてやってきたかという話に進んでいきたいと思います。最初はシナリオ、お話を作ってコンテを描くのがアニメーション作品のはじまりですが、そのあたり、監督はどうでしたか?
片野坂:
シナリオ開発で、最初に根幹となるプロットを考えるんですけれど、そこで3年かかって……。
濱﨑:
そうですね……。
片野坂:
新井さんと濱﨑さんとずっともんでいたんですけれど、この3年間は「30分で物語を語るのは相当難しい」という思いでした。僕がモチーフとした「子どもたち」はどうしてもボーイミーツガールになりがちで、「男の子と女の子が出会います」「2人が仲良くなります」「困難がありました」「解決しました」「さらなる困難がありました」「そして、解決しました」という、これがおそらく理想の三幕構成になると思うんですが、30分で描くのはほぼ不可能だろうと。2年くらいはかなりいろいろ考えましたよね。
新井:
いろんなパターンを考えて紆余曲折もあって、「こっちがダメならこれはどうだ」「あれだとうまくいかないからもう少しやり直そう」とかなりの数のシナリオを作りましたね。
片野坂:
シナリオを2年やって「これもう書けないならできないな」っていうぐらいのレベルでした。現場感としても、仕事として成立しない話だと思うんです。自分がまいた種ではあるんですが、窮地に追い込まれて「自分がシナリオを30分に収める方法はなんだろう」と思ったんです。その時に逆の発想で「30分でしか描けないものを」と考えたんです。自分の持っているもので、自分のすべてを費やして、お客さんが見て30分が限界のものを、と。そうしたらスルスルスルッと詰まりがなくなって、喉の小骨が取れたかのようになって、今回のプロットは2週間で出てきて、脚本を1カ月ぐらいで書き上げて、その後、絵コンテが1か月半で終わりました。
(会場から感嘆の声)
新井:
最初はジュブナイル的なものやボーイミーツガール的なものに囚われていたというか……ジュブナイルはアニメでも定番のジャンルですが、『しらぬひ』はいま監督が言ったような形で煮詰めて煮詰めて蒸留されたものになっていったとき、先ほど映像で見ていただいたような、人の心に突きつける部分もあるようなお話に純化されていったという感じなのかなと思います。

濱﨑:
本当にお話を何回も練り直して。本当はダメなんですけれど練り直していく中で1回、「これでいこう」となったお話があるんですよね。もう何パターン目のものだったか覚えてないですけれど、実作業に入りかけましたよね。
片野坂:
はい。実際、コンテも40分ぶんぐらい切ってますよね。
濱﨑:
アバンパートを営業用に作りましょうということで、お蔵入りになったものではあるのですが、今日は特別に皆さんに見ていただこうと思います。
片野坂:
ちなみにこれはシナリオ開発、絵コンテを描きながら1人で作ったものです。
新井:
今回完成した作品の脚本とは違う脚本のものなので、ちょっと内容は違うんですが、試行錯誤していたので気持ちが前のめりでしたね。
濱﨑:
監督が1人で仕上げたものですので、ぜひご覧ください。
(映像上映)
新井:
クジラですね。
濱﨑:
クジラが今回もモチーフとして出てきました。効果処理とか背景とかキャラクターとか、全部監督が1人でやられています。
片野坂:
これは平行作業だったので、2カ月ぐらいかかりました。
濱﨑:
これは世に出ることがない映像なので、ここで皆さんに見せることができてちょっとうれしかったです。ありがとうございます。
片野坂:
お焚き上げができました(笑)
濱﨑:
『しらぬひ』の現場は監督が徹底的に手を動かしています。アニメーター出身とかではないのですが、アニメの下絵を作られています。『しらぬひ』全体が34分あって322カットで成り立っているんですけれど、これは大体、30分のTVシリーズよりちょっと多いかなというぐらいの数です。普通のTVシリーズだと昨今のアニメ現場であれば、320カットを10人とか20人とか分けて絵を描いていきます。多い時だと30人ということもあるかもしれませんが、今回、監督は自身で何カット描かれたんですか?
片野坂:
220……いや、240ぐらい?
濱﨑:
320のうち240を自分で描いていると。
片野坂:
半年ぐらいですかね。
濱﨑:
アニメーター出身ではないのにめちゃくちゃ上手いんです。監督にやってもらいたかったという理由もちゃんとあって、アニメーションというのは大体分業制でやっていくものなんですけれど、片野坂監督にとって最初の作品なので「片野坂亮の純度100%」で行きたいなと思ったんです。仮に少し拙かったとしても、それが片野坂亮の味だし、魂を全部ぶつけて欲しいという意図でやってもらいました。ちょっと大変だったと思いますけれど、どうでしたか?
片野坂:
大変でした!

(会場笑)
片野坂:
自分としてもアニメ業界というのがあまり分からなくて、ただベストを尽くすだけでした。ひたすら描く。起きたら描く。ごはん食べて描く。そういう生活をずっと続けました。僕は実写の時もそうだったんですけれど、「自分でやる」という中の1つに「自分で演じる」というのもあったんです。メソッド法というのを取り入れていて。ロバート・デ・ニーロがやる演技法なんですけれど、入り込み過ぎちゃうんです。今回の物語は、テーマのこともあって精神面の削れ方が尋常ではなくて、途中で何度か「このままだと危ない」と思ったところがありました。
濱﨑:
はい、2作目に取り掛かる場合は、ちゃんと作り方を考えなきゃいけないかなと思っています(笑)
(会場笑)
濱﨑:
今回、面白い取り組みとしては、物語の最初の5カットは、昔のアニメーション業界で使われていたセル画の技法で作りました。
片野坂:
手塗りセル画、ハンドトレスです。線もペンでなぞってもらいました。
濱﨑:
映画をご覧になると、冒頭だけ中盤後半とは少しテイストが違うんですけれど、これはセルでやっているからなので、面白ポイントとして注目して見ていただけたらと思います。線のブレなど、セルの良さがいい味を出しています。監督は、セルは塗ったんでしたっけ?
片野坂:
最初はセルも塗る予定だったんですけれど、作画でいっぱいっぱいで、塗れなかったです。
濱﨑:
次は塗りましょう。
片野坂:
あっ……塗ります(笑)
(会場笑)
濱﨑:
ここまで絵のお話をしてきましたけれど、本作では音楽やキャストさんにも結構こだわっていて、そのあたりを新井さんからお願いします。
新井:
音楽は作曲家の梅林太郎さんにご一緒していただきました。映像に合わせて音楽をつける「フィルムスコアリング」という手法で、今回、梅林さんも最初に監督と話をした時に作品の映像を見てもらいました。あれは何を見てもらったんでしたか?Vコンですかね?
片野坂:
仮アフレコのVコンですね。
新井:
梅林さんの胸にかなり迫るものがあったということで、楽曲も1曲ごとに必ず打ち合わせをやるという形でした。通常、アニメ制作では音響監督を立てるんですけれど、片野坂監督の中には実写映画的アプローチもあったので、音響監督は立てずに選曲の「この場所にはどういう音楽を」というところを1シーン単位でやって、フレーム単位で「ここまで音楽が欲しいです」というところまできっちりやっていました。すごくいい形で絵に音が合わさっていて……あれ、いいですよね。
濱﨑:
結構、記憶に残るようなフレーズもあって。
新井:
主題歌は梅林さんと共同制作をやられている青葉市子さんが担当しています。タイアップで、作品のトーンとは違う音がつくような事例もあると思うんですけれど、『しらぬひ』は作品として劇伴から主題歌まで1つの世界観できれいにまとめていただいたことで、監督の高い純度のフィルムに音楽も寄り添っているんじゃないかなと思います。
片野坂:
主題歌の収録に行ったとき、青葉さんから「監督はなぜそんないつもニコニコしているのに、あんな物語になるんですか?」と言われました。
(会場笑)
片野坂:
やっぱり、顔で笑って心で泣いてってことなんですよね。
新井:
青葉さんはすごく素敵で不思議な雰囲気の方です。
濱﨑:
絵に負けないクオリティの音楽が出力されているので、これも見どころです。
新井:
キャストの面では、あのさんに主演をやっていただいています。タレントイメージからすると「こういう作品で?」という印象を持つ方もいるでしょうけれど、結構アーティストの活動もしていて。僕が浅野いにおさんの漫画を原作にした『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』のプロデューサーをやったんですが、その時にキャラへの寄り添い方が非常にうまくて。あと、なんと言葉にすればいいんでしょう……ちゃんとこの作品の傷みの部分を引き受けてくれそうだなと思ったんです。声優さんはもちろん技術的にすごいものを持っていて、すばらしく上手い方がたくさんいらっしゃるのですが、この純度の高い生っぽい感情ができるのはあのさんなんじゃないかと思って提案させてもらい、キャスティングが実現に至ったという経緯があります。
片野坂:
僕自身があのさんのファンというのもありました。ラジオやテレビでの姿も知っていて、彼女はどこまでも真っ直ぐなんですよね。それが世間にはあまり伝わっていないところがあって、彼女自身もそうかもしれないですが、「本物なのに、どうして気付かないんだろう?」というフラストレーションがありました。「本物なら出すべきだ」という思いがあって、僕もあのさんは本物だという思いがあったので「出るべきだ」と。自信とかではなく、すごく強い思いがありました。あのさんならできると信じていました。
少年役の声優に初挑戦あのアフレコ映像が到着『しらぬひ』【8月21日(金) 劇場公開】 - YouTube

新井:
収録では、あのさんが涙を流しながら演じているところがありましたけれど、監督は監督で集中していて気付いていないという……。
片野坂:
本当は泣き止み待ちをしないといけないんですが、「じゃあ次、いきましょう」って。
(会場笑)
片野坂:
周りからは「監督、鬼や……」と思われていたかもしれません(笑)
濱﨑:
アフレコのとき、監督も泣いてましたよね?
片野坂:
僕はもう、ずっと泣いています。作画しながらも泣いていたし。どうしても泣いちゃうんです。「幸せになってくれ、お願いだ」と思いながら描くんです。自分が追い込んで申し訳ないという気持ちもあるし、幸せになってほしいという涙もあるし。びっくりしたのは、この間、あのさんがSNSのインタビューで、湊を演じたときのことについて語っていて、「湊が幸せでいてくれ」と願っていたと答えていたんです。これはすごく大事なことで、僕が作っていたときの念、言語化できない思いが確実に形になって、言葉にしなくてもあのさんに伝わって、あのさんも同じように湊の幸せを願いながら演じてくれた。それが僕は映画作りとして大切なことだったなと思いました。
少年役の声優に初挑戦あの「声の出し方は何種類も試した」 インタビュー動画『しらぬひ』【8月21日(金) 劇場公開】 - YouTube

濱﨑:
改めて、本当に『しらぬひ』の現場では監督がずっと手を動かしていて、監督の勢いや気持ち、魂にみんなが引っ張られる、すごくいい現場だなと思います。あと少しだけお時間があるので、来ていただいたみなさんからの質問に少しだけ答えられればと思います。
Q:
「メソッド演技法」で作品を作るようなアニメ監督はほかにもいるのでしょうか。また、監督が妄想したという『ジョーズ5』はどういった内容だったのでしょうか。
片野坂:
『ジョーズ5』の構想!?すごいことを聞きますね(笑)
(会場笑)
片野坂:
まずはメソッド演技法ですが、前提として僕はアニメ業界には入ったばかりなので知らないんです。僕のやり方でしかなくて。ただ、新海誠監督もコンテ段階で自分でアフレコをされるということですが、これもメソッド法の1つだと僕は思います。自然発生的に「自分でやるしかない」という環境からやられていたのだと思います。僕も自分でやるしかなかったからやっていて。自分は人の目を気にしながらやっちゃうので、メソッド法で自分の中に入っていかないと恥ずかしかったという事情があります。
濱﨑:
ジョーズは……?
片野坂:
幼稚園のときにやっていたのは、最後、とにかくでっかい乾電池で倒していました。
(会場笑)
濱﨑:
今日は『しらぬひ』の話以外に、弊社コミックス・ウェーブ・フィルムからお話ししたいことがあるということなので、お呼びしたいと思います。川口さん、堀さん、お願いします。
コミックス・ウェーブ・フィルム 川口典孝会長(以下、川口):
華やかにやりたかったんだけれど、なかなか重くていい話になって、もう映画館の話はちょっといいかとなってます(笑)。きっとこの作品は一部の人に、人生を変えるぐらいにものすごく刺さると思う。脚本作業をしているときに俺は「やりたきゃ自分らでやれ」って抜けているので、上がりを見たのは初めてなんだけれど、一言で言うと、ピッチャーが素人のくせに155kmのストレートを投げて、キャッチャーの頭を越えて後ろのフェンスを直撃し、フェンスがちょっと曲がったというような感じ。受け止められるかどうかはわからないんだけれど、ちょっとこういう作品は過去20年ぐらい、なかったんじゃないかと思います。あと、『君の名は。』以降、綺麗な背景のボーイミーツガール作品がいろいろと生まれた中で、全然違うところから現れた。たぶん、これを受け止められる唯一の会社はCWFなんだよね。そこがうまくミーツして、1年半ぐらいで終わるかなと思ったら3年だ。それでも最新のものを見た限りでは、やっぱり3年かける必要があったんだなと納得させられたし、ここに集まったみんなにこそ見てもらいたいと思った。今日、話を聞いてて、ここの空気を見ていて「届くんじゃないか?」と思った。ただ、大ヒットはしない。

(会場笑)
川口:
キャッチャーの頭上を越えちゃっている時点で大ヒットはしない。しないけれど(笑)、ちゃんと残る。映画が公開されて、お客さんの一部から褒められて、大多数からはいろいろ言われて、それを受け止めて「次はこういうボールを投げよう」と上がってくるのであれば、それを重ねたあといつか未来のファンから「こういう初期衝動があったからこの人はこうなったんだ」と言われるような代表作になる。新海誠でいう『彼女と彼女の猫』みたいな。働きながら1日3時間しか寝ないで作っていたパッションの感じがあって、すばらしいと思いました。次を作れるかどうかはお客さん次第で、お客さんに届いて「次はこういうボールを投げてみたい」と思えば立ちあがるだろうし、「もう作る必要ないか」ということもあり得るよね。それぐらいこもったものではあった。あと、クジラのやつ(アバン映像)、1人で描いたのをお蔵入りにするのはどうなの?かわいそうすぎるよ。
(会場笑)
川口:
あれはマチ★アソビだけじゃなくて、メイキングとかで十分にフォーカスしてもらったほうがいいね。あと、最後に映画館の宣伝だけ……。
堀:
コミックス・ウェーブ・フィルムでは2027年を目指して、新海誠監督の故郷である長野県佐久市に映画館を作っています。シアターは70席と40席で、このufotable CINEMAと同じような規模で、地域に根ざした映画館を作ろうと頑張っているところです。なんとか皆さんに来ていただけるような、いい映画館にしようといろいろ頑張っていますので、ぜひご期待いただければ幸いです。
片野坂:
みなさん本当にありがとうございました。こんなチャンスってあり得ないんです。僕みたいな馬の骨をこうして受け入れていただいて、できる場所を与えていただいたことには感謝しかありません。みなさん、『しらぬひ』よろしくお願いします。
川口:
CWFでデビューは誰ぶり?何年ぶり?うちは3年に1本ぐらいしか映画がないから……『詩季織々』の竹内良貴監督以来?……ということで、8年ぶりぐらいの記念すべき新人さんです。どうか応援してやってください。ありがとうございました。
(会場拍手)

本ポスターには「その光に、僕は父の死を願った」と、さらに重いキャッチコピーがつけられています。あのさんが、タレントとして活動している時とは異なる雰囲気で演じる10歳の少年・湊の願いはどういう形になるのか。『しらぬひ』は2026年8月21日(金)から、新宿バルト9ほか全国ロードショーです。

©2026 片野坂亮/しらぬひ製作委員会
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