莫大な経済効果が期待されるオリンピックに対し「コストに見合った経済効果が得られない」という指摘
オリンピックの開催国は観光需要の増加や建設投資の増加といった莫大な経済効果を得られるとされており、東京2020オリンピックの場合、当初は約3兆円の経済効果が見込まれていました。しかし、実際には「莫大な費用がかかるばかりで支出に見合った経済効果は得られない」と海外メディアのVoxが報じています。
Hosting the Olympics comes at a massive cost - Vox
https://www.vox.com/22599732/olympics-tokyo-2020-summer
2013年9月に開催された第125次IOC総会の中で行われた投票結果により、2020年の夏季オリンピックの開催都市が東京に決定しました。発表時、投票結果を読み上げたのは、当時国際オリンピック委員会(IOC)の会長を務めていたジャック・ロゲ氏。同氏が「TOKYO 2020」と書かれたカードをカメラに向けるシーンは大きな話題となり、「ロゲ会長ジェネレータ」なるものが作られるほどでした。
開催招致のため、当初東京は競技用のスタジアム建設などの費用の合計が73億ドルほどになると見積もっていたのですが、2020年夏にはオックスフォード大学の経済学者が「東京はオリンピックの開発費として当初の見積もりの2倍以上となる158億4000万ドル(約1兆7000億円)を費やしている」と推計しています。
この報道に対し、東京2020オリンピックの主催者である東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、費用総額が1兆3500億円に達したとコメントしました。一方、オリンピックの推進体制や費用をチェックする東京都の「都政改革本部」が作成した177ページの報告書では、組織委員会の主張よりも多い「約3兆円」もの費用がかかると指摘されています。
東京2020オリンピックは特殊なケースであり、新型コロナウイルスのパンデミックにより開催を1年延期せざるを得なかったばかりでなく、ウイルスのまん延により無観客での実施を余儀なくされており、これにより海外からの観光需要は得られなくなりました。しかし、東京2020オリンピックの開催費用が膨れ上がっている事実は「近年のオリンピックにおけるトレンドのひとつである」とVoxは指摘しています。
オックスフォード大学の経済学者であるBent Flyvbjerg氏が2020年に公開した論文によると、1960年以降のすべてのオリンピックが当初の予算を超過させており、最終的な費用は平均で当初の予算の172%にまで膨れ上がっているとのこと。Flyvbjerg氏は「オリンピックの開催招致における入札形式に問題がある」と語っています。
また、オリンピック開催による経済効果としては「インフラの改善」「開催後の貿易の活発化」「海外からの投資」「観光需要の増加」などさまざまなものが挙げられており、主に「オリンピック後の長期的なメリット」に焦点が当てられています。また、インフラ整備などに伴う開催国における雇用の増加も経済に好影響を与えると考えられています。
しかし、これらの経済効果は「期待するものとはほど遠い」と指摘する論文を、経済学者のVictor Matheson氏とRobert Baade氏が公開しています。2人はオリンピックのもたらす経済効果について、「予測された経済効果のほんの一部がみられるか、あるいはほとんどゼロというケースもあります」と指摘。
インフラ整備による長期的な経済効果については、「多くの場合、成功しない」とのことで、具体的にはオリンピックで実施されるスポーツに必要な競技設備と、実際に一般的に利用されるスポーツ施設の乖離(かいり)が原因であると説明しています。
Matheson氏はVoxに対し、「オリンピックでは35種類ものスポーツ(東京2020オリンピックでは33競技339種目)が実施されますが、そのほとんどはかなりあいまいで、多くは非常に特殊なスポーツインフラストラクチャを必要とします。そのため、ほとんどの開催都市がオリンピックで使用したインフラストラクチャ(競技用の設備)を維持しておらず、残っている場合でもほとんど使用されません」と語り、マイナースポーツも競技の一部とすることで開催のための費用がかさばり経済効果は少なくなっていると指摘しました。
実際、2004年のアテネオリンピックの会場となった多くの施設が使用されないまま放置されており、2008年に開催された北京オリンピックのメイン会場となった北京国家体育場、通称「鳥の巣」もオリンピック以降1年以上にわたってスポーツイベントの会場として使われておらず、北京にとって厄介者になりつつあると報じられていました。なお、鳥の巣は部分的にアパートに改装されており、2022年の北京オリンピックの開会式会場として利用されることも決定しています。
北京五輪後の厄介者になりつつある、メイン会場「鳥の巣」 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
オリンピックの開催は経済効果だけでなく、「開催国の住人にとっての誇りとなる」などの無形のメリットも存在しますが、それらを定量化することは困難です。確かにオリンピックで繰り広げられるさまざまなスポーツは人々の胸を熱くさせ、開催国にとっての大きな誇りとなることは間違いないですが、「それでもオリンピック開催によるコストは、経済的な視点から見ると正当化できないものになりつつあるのは十分に明らかです」とVoxは指摘しています。
また、開催費用が膨れ上がっていることでオリンピックを招致しようと手を上げる国が減りつつあることも問題視されています。2015年には2022年の冬季オリンピックの開催招致に関する投票が行われましたが、当初入札した6つの開催候補地のうち4つが投票前に撤退する事態となりました。また、2018年に2026年の冬季オリンピックの開催招致に関する投票が行われた際にも、再び4つの開催候補地が入札の途中で撤退を表明しています。撤退の大きな理由として、地元民からの財政面への負担が挙げられています。
大きな経済効果を得られたオリンピックの事例として、1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックが挙げられることがありますが、この時は開催招致に動いたのがロサンゼルスのみであったため「IOCと非常に有利な条件で交渉ができた唯一の例」であるとのこと。実際、ロサンゼルスはオリンピック招致のために新しいスタジアムや豪華な施設の建設を約束するのではなく、既存のスタジアムやインフラを使用することが可能となったそうで、「その結果、最終的に2億1500万ドル(約240億円)もの利益を上げることができた」とMatheson氏とBaade氏は指摘しています。
ロサンゼルスオリンピックが経済的に大成功を収めたことで、それ以降は多くの都市がオリンピック招致に手を上げるようになりましたが、その結果IOCはより高額な投資を行う計画を奨励するようになり、現在の「経済効果に見合わない投資が求められるオリンピックの形」が出来上がっていったとのこと。
実際、東京2020オリンピックでも開催招致のために多くの投資が行われており、コロラド大学ボルダー校の経済学者であるスティーブン・ビリングス氏は、「オリンピック招致のため、都市はオリンピック開催で得られる利益をはるかに超える資金を費やすようになっています」「東京では新種目のバスケットボール3x3のために専用の会場を建設しています。通常のバスケットボールの会場は使えなかったようです」と語りました。
また、オリンピックを通してIOCは広告収入で利益を上げるのに対し、オリンピック組織委員会はインフラへの投資や地方自治体との間の折衝、チケット販売といったさまざまな問題にさらされることとなります。そのため、IOCは一部の有識者から「営利目的のカルテル」と非難されることもあります。
IOC内部の政治的及び経済的争いを回避するために、インフラの整備が整っている場所でオリンピックを開催し、開催地が負担を強いられる莫大なコストを節約するという案もあります。しかし、そうなると設備の整った「より裕福な国」でのオリンピックの開催が前提となるため、IOCは「開催国から発展途上国を除外することは大会の使命とは正反対となるため受け入れられない」としています。一方で、IOCは低所得国でオリンピックを開催したことはありません。
Voxは最後に「東京2020オリンピックが開催されている間、IOCはテレビ放映権や広告収入から莫大な利益を獲得し続けています。そのため、必然的に開催に伴うツケを払うこととなるのは、開催国の日本国民に他なりません」と記し、オリンピックの収益構造に存在する問題点を指摘しています。
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