「新国立競技場」のデザイン・工事費・設計概要などをザハ・ハディド事務所が赤裸々に明かす


2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる予定の新国立競技場には、イギリスのザハ・ハディド氏の設計案が選ばれたましたが、約2520億円にのぼった費用や工期の問題により、2015年7月17日に計画を白紙化することが発表されました。2015年8月時点では、新国立競技場の整備計画の再検討が推進されており、8月中に整備計画が策定され、9月初旬から業者の選定が行われるとされています。そんな中、もとの設計案を作成したザハ・ハディド氏の事務所が新国立競技場のデザインや工事費、設計概要などを詳細に語ったプレゼンテーションムービーを公開しており、必見の内容になっています。

ビデオプレゼンテーションとレポート―新国立競技場 東京 日本


冒頭ではザハ氏が登場し「新国立競技場のプロジェクトは東京にとってとても重要なことです。プロジェクトチームはエンジニアと建築家からなるとても真剣なもので、2~3年の時間が費やされました。このプロジェクトが重要なのは、オリンピックの先を大きく見据えた仕事で、長くレガシーのために使われます」と新国立競技場プロジェクトについて語ります。


新国立競技場のデザインは国際デザインコンペティションで選出され、このコンペで最優秀賞を獲得したのが、ザハ・ハディド事務所とエンジニアリング・コンサルティング会社のArupです。


今回の設計には国際的建築設計事務所と、スポーツ施設デザインの専門家、それに日本の経験を加えた実行に確証を持てるチームで取り組んでいるとのこと。


ザハ事務所はクライアントとともに、数々のプロジェクトを予算と工期に合わせて完成させてきた経験があります。


2012年のロンドンオリンピックでアクアティックセンターのデザインを担当したのはザハ事務所。


アクアティックセンターでは、変更された予算に合わせるためデザインを見直しプロジェクトを成功に導きました。アクアティックセンターは仮設席と常設席を合わせて設置することでオリンピック期間中の多くの来場者にも対応し、ロンドンオリンピックのために建造された施設の中で最も成功したものとして知られています。なお、アクアティックセンターはオリンピック後も高い人気を誇っており、現在も一般の利用者が数多く訪れています。


Arupはアクアティックセンターだけでなく、北京国家体育場や……


ドイツのサッカーリーグのブンデスリーガに所属するバイエルン・ミュンヘン、1860ミュンヘンがホームスタジアムとして使用するアリアンツ・アリーナや……


イングランドのプレミアリーグに所属するマンチェスター・シティFCが使用するエティハド・スタジアムなどを手がけており、スタジアムデザインの確かな経験があります。


ザハ事務所は、日建設計が率いる日本の4つの大きなデザイン事務所と共同作業をして新国立競技場のデザインを進めてきたとのこと。


これらのデザイン事務所は2002年の日韓ワールドカップで日本に建造された3つのスタジアムを設計。


ザハ事務所のデザインは日本の過去と未来にインスパイアされています。ザハ事務所は新国立競技場の敷地が1964年に東京オリンピックが開催された場所であることから、単なる機能的なスタジアムを超えて、日本の再生のシンボルかつ、希望的なシンボルとなることを熱望しています。


デザインは構造とサーキュレーションを明示することから導かれているそうです。構造は長いスパンに渡って柱をもうけずに屋根上を作るため、また、多くのサーキュレーションは8万人の観客を安全にスタジアムから出入りさせるため。


主構造である2本のキールアーチを採用したのは、技術的かつ現実的理由ですが、日本の伝統的な橋もモチーフにしています。


つまり、デザインの鍵となるモチーフは日本の伝統的な景観にあり、外観が持つスポーツの森というモチーフに重ねることができるとのこと。


屋根は曲線を多用。


花びらのような特徴的なジオメトリーで表現された屋根の構造は、四季の移り変わりなど日本人に親しみのあるデザインを目指しています。


ファサードまで続く花びらのようなジオメトリーの屋根は、構造だけでなく内部空間まで考えられてデザインされています。


スタジアムの外観デザインに取り込まれた斜めの階段と通路(スカイブリッジ)は、イベント開催時はスタジアムの機能として……


イベントがないときは外縁の歩行空間の一部として開放することができ、ここからは東京を見下ろすことができるそうです。


しかも、これらの歩行空間は日本産の木材が使用され、スタジアムに親しみのある手触りを与えます。海外の人にとっては日本的な空間の体験にもなるとのこと。


また、屋根構造の大部分はカテナリービームで支えられています。これは、丹下健三による国立代々木屋内総合競技場で使われたカテナリービームと共鳴するもの。


屋根は軽量で半透明の膜素材で覆われています。外の光を取り入れて、自然光の移り変わりを楽しむことが可能。


夜にはスタジアムの光が夜空を照らすようになっており、日本の伝統的な照明が持つ効果と重ね合わせる狙いがあります。


アーチ・カーテナルビーム・軽量の膜素材は、「伝統工芸」と「現代的な技術革新」を併せ持つスタジアムの重要な要素となるわけです。


「スケジュールの比較」


ザハ事務所はすでに2年間にわたり新国立競技場のデザインを続けてきていて、2015年9月には着工の準備ができていた状態。当初のスケジュールでは、2019年のラグビーワールドカップまでに完成し、2020年の東京オリンピック前のテストイベントにも間に合う予定だったそうです。デザイン案を白紙撤回した目的が2520億円より安い価格を得るためだけだとすれば、一からデザインをやり直すのは不必要なリスクを招くだけだけであり、政府は撤回を再検討する価値がある、とザハ事務所は考えているとのこと。


ザハ事務所が問題解決の唯一の方法と考えているのは、デザインの利点を損なわないために、施工者の間に競争力を生み出すこと。基本的な要求である座席数や付随施設がそのままであれば、現段階のデザインの大部分は残るそうです。


新整備計画は工事費を下げるためで、デザインを無駄にするべきではないとのこと。この観点から考えると、新整備計画はデザインに費やす期間がとても短く、デザインと価格が確定するころには手遅れになっている可能性も……。ザハ事務所は「現在のデザインを維持することで、より確かな工事費を得ることができる」と主張しています。


「新整備計画は根本的問題を解決できない」


ザハ事務所は、新整備計画を進めて施工業者を募ったとしても……


ザハ案を進めるために争った同じ数の限られた日本の施工業者しか応札しないと予想。例え入札が国際的な施工業者に開かれたとしても、結局のところは日本の大手ゼネコン5社のうちの1社が勝ち取ることは明白。


しかもそのうちの2社は、2520億円の価格をつけた施工業者。


つまり、「『限られた施工業者しかいない』というのが根本的な問題」とザハ事務所は主張しているわけです。さらに「新整備計画は既存のデザインを元にしてプロジェクトの工期とコストを抑えるためのオプションを検討し、より競争的な入札方法を考えることに集中するべきです」と続けます。


これにより、既存のデザインを無駄にすることなく、価格に見合わない建物ができてしまうというリスクを避けることが可能になるとのこと。


「設計与件」


現在のスタジアムの設計は、Jリーグのようなキーとなるステーキホルダーからのビジネスプランを元にクライアントが作成した与件でデザインされています。


過去2年間のクライアントの与件は、「陸上競技とサッカーの両方を楽しめるように可動式のスタンドを持ち、コンサートの開催のために開口部を閉じることができる開閉式の屋根を持った多目的スタジアム」というもの。


もし、日本の政府が与件を変更し陸上モード・固定8万席のスタジアムとするのであれば、経済的観点から見て持続可能ではないそうです。例えば、陸上トラックの外側からサッカーを観戦しても臨場感はありません。


陸上競技用のスタジアムはFIFAやJリーグに受け入れられない可能性もあります。


持続可能なスタジアムであるためには、オリンピックの長期的な使用に焦点を合わせた投資を行う必要があるとのこと。


そのためには、2020年の東京オリンピック以降も新国立競技場を最も多く活用することになると予想されるサッカーのイベントに合わせたデザインにする必要があるわけ。


サッカーイベントで永続的に使用されるという目的には、さまざまなオプションが可能なものの、いくつかのスタジアムデザインのキーパラメーターを理解する必要があります。


「ハイビジョン・テレビ用照明設備」


重要なのは、スタジアムのサイズは収容人数や座席数だけで決まるのではないということ。


オリンピックを開催するためにはテレビ放映のためのハイビジョン用の照明が必要。


照明はフィールド前面を照らすために、地面から50mの位置に設置しなければいけません。


つまり、フィールドを大きく使う陸上競技と、陸上競技と比べると狭いスペースで行われるサッカーの両方に対応できる照明が必要というわけ。


北京国家体育場では屋根の下、ロンドンのオリンピックスタジアムでは屋根の上に設置しました。


「サッカー向けの屋根の大きさ」


屋根の基本的な目的は観客を天候から守ることで、屋根の大きさと座席数は比例します。2020年の東京オリンピックは暑くて湿気が高い見込みなので、快適性を考えると屋根は、可能な限り太陽光を遮るべきとのこと。


スタジアムがサッカーで使用されるときは、屋根面が全ての座席を覆う必要があります。


陸上競技とサッカーの両方で使用できるスタジアムの屋根を作ることは、投資に対する最適な費用対効果があり、長期に渡って持続可能なスタジアムにするため必要な要素となるそうです。


「座席とその周りに必要な付随施設」


どんなスタジアムでも1年間に開催できるイベント数には限りがあり、ビジネスとして成立させるのは容易ではないこと。


新国立競技場は年間10回程度のコンサートを含んだ年40回のイベントが計画されていました。


1回のイベントに訪れるであろう最大8万人の観客から収益を得る必要があり、収益を最大にするデザインが必要。そのために商業スペース(赤色部分)を座席から短い距離の場所に配置したのがザハ案。


画像右側のロンドンのスタジアムと比べると、ザハ案のスタジアムの座席と商業スペース(水色部分)が近いのは明らかです。このあたりは、ロンドンのスタジアムの失敗から学んだとのこと。


「敷地の制約」


新国立競技場の敷地は高低差が大きく、厳しい高さ制限などの制約を受けます。


複雑な条件のもとで、フィールドを適正な位置に配置し、かつ、敷地周辺からスタジアムまで段差のないアクセスを可能にするデザインは限られていますが……


ザハ案は過去2年間にわたって敷地を研究しているので、 敷地にとって最も適切な長期的デザイン方法を生み出せたとのこと。例えば、チケットを持たない人のためのコンコースを建物の内側に広げて、スタジアムの周辺区域の面積を最大化し、人々がより自由に動けるようにすることで、より小さな投影面積で群衆の安全管理を実現。


「仮設席のオプション」


2013年には収容人数8万人を達成するために、6万人分の常設席と2万人分の仮設席の使用を提案したものの、その時点では8万人の常設席を確保することがクライアントの条件だったために却下されたそうです。


ザハ事務所は、敷地制限がある中で常設席と仮設席を併せ持つことが難しく、これによりコストを下げることができないことをロンドンのオリンピックスタジアムから学習済み。しかしながら、常設席と仮設席を併せ持つことは、長期的な目的が「より少ない収容人数の常設席」であれば有効なオプションになり得ます。


ロンドンオリンピックで使われたアクアティックセンターは、オリンピック時に1万7500席あったのですが……


オリンピック後は座席数を2500席にまで減らしました。これはアクアティックセンターが成功した施設と言われる理由です。


ザハ事務所がロンドンオリンピックから学んだのは「仮設席の導入が初期投資や時間を稼ぐのではなく、長期的なビジネスプランに基づいて決定される必要がある」ということ。さらに、仮設席の導入はザハ案に今でも取り入れることが可能になってるそうです。


「デザインの利点:サドル型のスタンド」


ザハ案は敷地条件などを考慮した結果、水平型ではなく……


サドル型と呼ばれるスタンド形状を提案。サドル型とはスタンドの上部がサドルのような形に変化したスタジアムで、これには2つの利点があるとのこと。


1つ目は、大部分の座席を最も人気があるフィールドの中央に設置し、端部の座席数を少なくできること。これにより売れやすい座席が増えるそうです。


2つ目はサドル形状がスタンドが作る外形は高い部分で44m、低い部分で24mまで傾斜した立面を持ち、歩行者の視線からスタジアムの圧迫感を少なくすることが可能で、どこから見ても高さが低い建物と感じられること。


「デザインの利点:アーチと工期」


オリンピックを期日とした厳しい工期が求められるプロジェクトでは、工期の短縮が重要。


工期の短縮には長いキールアーチが一役かっているそうです。


アーチは地盤の上に設置されるので、座席スタンドと平行して工事を進めることが可能。


スタンドと屋根を別々に作る断続施工の代わりに2つを同時に施工することで、工期を3ケ月短縮可能で、これはコスト削減にもつながります。


「同時施工は新整備計画において再検討することができる」とザハ事務所はアピール。


「2520億円という価格の説明」


新しいスタジアムの予算を決める前に、ザハ案に対して施工者が提出した予算を考えることが必要です。


施工主が提出した2520億円に開閉式屋根は含まれず、可動式の座席も含まれていません。つまり、2520億円というのは固定8万席を備えたスタジアムの市場価格になっているということ。


市場で価格を決めるのは材料と労働力の需要。これを考えれば、価格がここまで増加したのは、オリンピックのように動かせない期日と限られた競争しか存在しないマーケットであることは明白。


このような状況下では「デザインが価格を決める決定的な要因にはならない」とのこと。反対に、デザインこそが特殊なマーケットで価値を生み出す唯一のものであるそうです。


デザインに関して契約やコストなどの制限がなくなった場合、投資を回収するのはとても困難です。


「デザインの権限を施工者に与えると本質的な価値や品質がわからなくなってしまいます」


「新整備計画のたった5ケ月間の作業で出された価格を信頼することは難しいことです」


「新しいデザインではっきりとした価格がわかるには、もっと時間がかかるでしょう。そのときにはもうすでに遅いのです。このやり方では、日本の国民は支払った価格に対して少ない見返りしか得られません」


「なぜリスクを冒すのか?」


さらなるコストの削減は座席空調やスカイブリッジを中止にすることで可能です。しかしながら、スタジアムのデザインはすでにコンパクトで効率的なため、大きくコストを削減するには座席数を削減するか、競争性が高い入札方式を導入しなければいけないとのこと。


東京がロンドンオリンピックから学ぶべきこと。ロンドンのオリンピックスタジアムは設計施工一括方式を採用し、結局2180億円かかりました。


ロンドンのスタジアムは8万席を持つ陸上スタジアムとして建設され、かかった工事費は1380億円です。


しかしながら、オリンピック終了後はサッカーに対応するため可動式座席を導入、さらには屋根を拡張したため、700億円の工事費がかかり、トータルの工事費は2180億円まで膨らみました。


ロンドンのスタジアムは、オリンピック後にサッカーモードに転用したため妥協が多いスタジアムになり、サッカースタジアム特有の臨場感を出すことができず、さらには付随施設が遠いことからスタンド上段にある座席の売れ行きが悪いそうです。


最後に「政府がより低い価格を得るために新しいプロセスを進めたいのは理解できます。しかし、デザインに不必要なリスクを犯す必要はなく、現在のデザインを維持した方が納税者のお金を有効に使うことができます。過去2年間にわたって開発されたデザインはユニークなだけでなく、東京のこの特別な場所にとってコンパクトで効率的なデザインです。現在のデザインは我々が他のオリンピックスタジアムで経験してきたことが全て集約されています。この知識と経験を活用することで日本は初めて国立競技場と呼ばれるにふさわしいスタジアムができるでしょう」と述べ、プレゼンテーションは終了しました。

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