サイエンス

放射線による遺伝子損傷は子どもに受け継がれないことが判明


1986年に発生したチェルノブイリ原発事故は史上最大級の原子力事故と呼ばれ、周辺住民の多くが放射線による健康被害を受けました。そんなチェルノブイリ原発事故による放射線の影響は、当時被ばくした人たちの子の世代には現れなかったことが大規模な調査で判明しました。

Radiation-related genomic profile of papillary thyroid cancer after the Chernobyl accident | Science
https://science.sciencemag.org/content/early/2021/04/21/science.abg2538


Genetic effects of Chernobyl radiation -- ScienceDaily
https://www.sciencedaily.com/releases/2021/04/210422150435.htm

今回発表されたのは、アメリカ国立がん研究所の研究者を中心としたチームによる2つの研究です。

第1の研究では「放射線被ばくによって親から子へと遺伝的変化が起こるかどうか」という問題を調査するべく、1987年から2002年の間に生まれた130人と、その両親105組の全ゲノムが解析されました。

調査対象となった両親のどちらか、あるいは両方がチェルノブイリ原発の近隣住民か、事故現場の後始末をした作業員だったとのこと。また、放射性降下物で汚染された牧草地で育った牛からとれた牛乳を飲むことによる長期的な被ばくも評価されました。その上で研究チームは、成人した子どもたちのゲノムを分析し、「de novo変異」と呼ばれる、親から受け継いだものではない新しい変異の増加を調べました。


その結果、事故後46週から15年の間に生まれた子どものde novo変異の数や種類の増加は示されませんでした。子どもたちのゲノムで確認されたde novo変異の数は一般集団のものとほぼ同じであったことから、研究チームは「原発事故による放射線の影響があったとしても、次世代への健康の影響は最小限である」と論じています。

第2の研究では、チェルノブイリ原発事故で放出された放射性同位体のヨウ素131による放射線で幼少時あるいは胎内で被ばくした359人と、事故から9カ月以上経って生まれた非被ばく者81人で発症した甲状腺がんの遺伝子変化が調査されました。

放射線は、細胞内にあるDNAの結合をそのエネルギーで破壊してしまいます。DNAは「細胞の設計図」というべき存在であり、このDNAが損傷したり修復時に異常が発生したりした結果、細胞のがん化や組織の機能不全が発生します。


調査によって、チェルノブイリ原発事故で高線量の放射線を被ばくした者に見られる甲状腺がん腫瘍の95%以上が、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼの発現に関わる遺伝子部分が損傷して異常に修復されてしまうことで発生すると判明しました。これに対して、非被ばく者や低線量の放射線を被ばくした者に見られる甲状腺がんでは、DNAの塩基配列がピンポイントで変異する点突然変異に起因するものが多かったことがわかりました。アメリカ国立がん研究所のがん疫学・遺伝学部の副部長であるリンゼイ・モートン氏は「この研究では、腫瘍の遺伝子特性とがんを引き起こす可能性のあるリスク因子である放射線量のリンクが見られるのが非常に興味深いといえます」とコメントしています。

アメリカ国立がん研究所のがん疫学・遺伝学部長であるスティーブン・チャノック氏は「広島・長崎への原子爆弾の投下以来、チェルノブイリや福島での原発事故によって、放射線が人体に与える影響に関して再び疑問提起がされています。近年のDNAシーケンス技術の進歩によって包括的なゲノム解析が可能となり、一部の重要な問題に取り掛かることができるようになりました」と語りました。

チャノック氏はまた、「この結果は、2011年の事故当時に福島に住んでいた人たちにとって、非常に心強いものだと考えています。日本の放射線量は、チェルノブイリで記録されたものよりも低いことが判明しているからです」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1i_yk

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