恐怖や不安は「心臓の動き」に左右される
身に危険が迫ったり緊張したりすると動悸が速くなるなど、心臓の動きは心情によって変化しますが、これと同時に、心臓が収縮しているか・拡張しているかによって、人の「不安」や「恐怖」が変化することが研究によってわかってきています。心臓が収縮期・拡張期のいずれにあるかによって、痛みへの知覚すら変化するという、興味深い研究結果の数々が示されています。
Heart–brain interactions shape somatosensory perception and evoked potentials | PNAS
https://www.pnas.org/content/117/19/10575
PsyArXiv Preprints | Interoceptive cardiac signals selectively enhance fear memories
https://psyarxiv.com/4qt9m/
How Your Heart Influences What You Perceive and Fear | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/how-your-heart-influences-what-you-perceive-and-fear-20200706/
心理学者のウィリアム・ジェームズと医師のカール・ランゲは19世紀後半になってはじめて、「感情とは、刺激に反応した特定の体の変化に対する脳の知覚だ」と発見しました。二人の研究者はこのとき「速い動悸や浅い呼吸は怒りや不安といった感情を増加させる」といった感情と体の連動について述べており、その後の研究によって「感情」と「体」の連動を示す例は多く発見されていきました。
心臓の動きには大きく分けて、心筋が収縮して血液を排出する「収縮期」と、心筋が緩んで血液が取り込まれる「拡張期」があります。1930年頃から「収縮期は痛みを和らげる」ということが言われてきましたが、近年の研究によって収縮期には心臓の圧力センサーが脳に信号を送ることが確認されました。脳は常に外的信号と内的信号を統合しバランスを取っていますが、全ての刺激に同時に注意を払うことはできません。このため、内的な信号を感知しているときは外的信号の処理は後手に回り、痛みを感じづらくなるわけです。
2020年6月に発表された研究では、「人は指先にわずかな電気刺激を与えられた時、心臓が拡張期にあると痛みを検知しやすく、収縮期には検知しづらい」ということが示されました。また、心臓の活動に対する神経反応が大きい被験者は、刺激に対する感受性が低かったとのこと。マックスプランク人間脳科学研究所の博士課程学生であり、研究の筆頭著者であるエズラ・アル氏は「ミリ秒単位で私たちの知覚が変化するのは非常に興味深いです」と述べています。
一方で、Brighton&Sussex Medical Schoolの神経学者であるサラ・ガーフィンケル氏は2014年に「恐怖や強迫的な刺激の処理は収縮期でも抑制されない」という研究結果を発表しました。
心臓の収縮活動は不安・恐怖などの感情を得た時に活動する扁桃体を刺激します。ガーフィンケル氏らが実験で被験者に「人の顔」を見せたところ、収縮期にある人は「恐ろしい顔」をより強い感情として受け止めました。しかし、他の表情を見せた時には、感情の強さを低く評価しており、「収縮期には刺激が抑制される」という考えに沿った結果となったそうです。つまり、感情の中でも不安や恐怖だけが心臓の抑制効果に影響されないわけです。
ガーフィンケル氏はこの反応について、「心臓の鼓動が早く、恐怖を感じる状態にあるとき、痛みに敏感になると困ります。割れたガラスや小枝の上を走り、脅威を逃れる必要があるためです。しかし、存在する脅威そのものに対しては警戒すべきです。恐怖は人を生き残れるようにするものですから」と語っています。
また、2020年3月に発表された研究では、収縮期には眼球活動が活発になり、拡張期にはターゲットに目線が固定されやすいことも示されています。眼球が速く動いているとき、私たちは周囲を見ず、一種の盲目状態にあると考えられています。
「収縮期は情報処理が鈍くなり、世界に対する感受性が最も低いときであり、内的世界が支配しているときです」「外的世界に意識を向けてないときに眼球の動きが変わり盲目になるという結果は、筋の通るものです」とガーフィンケル氏は述べました。
上記のような研究結果から、不安を抱えている人は収縮期の不安の情報処理能力を高めることも示されています。これらの研究結果はある種の恐怖症やPTSDの治療に役立つと考えられています。
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