人間の脳のように情報を記憶できる「脳を模したチップ」が開発される
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、人間の脳の情報伝達シナプスのように動作する「メモリスタ」と呼ばれる受動素子を数万個配置することで、人間の脳のように情報を記憶できるチップを設計しました。
Alloying conducting channels for reliable neuromorphic computing | Nature Nanotechnology
https://www.nature.com/articles/s41565-020-0694-5
Engineers put tens of thousands of artificial brain synapses on a single chip | MIT News
http://news.mit.edu/2020/thousands-artificial-brain-synapses-single-chip-0608
一般的なトランジスタは、特定の電荷に応じて「0」と「1」という2つの値のどちらかを切り替えて情報を送信するもので、このトランジスタによって現代のコンピューターは駆動しています。メモリスタもトランジスタと同様の働きを行いますが、メモリスタは「送信する信号は受信する信号の強度によって変化する」という特性を有しており、単一のメモリスタで複数の値を出力することが可能です。そのため、メモリスタは一般的なトランジスタよりも広範囲の動作を実行できます。
今回、研究チームはメモリスタの「特定の電流とそれに対応する値を記憶して、次に同じ強度の電流を受け取ったときに同じ値を出力する」という脳のシナプスに似た特性に着目。従来のトランジスタを用いたものよりも小型かつ高性能なチップを作成しました。
既存のメモリスタは、別々の素材で構成される正極側と負極側を橋渡しを行う「伝導チャネル」によって接続した設計でした。しかし、大きな電圧がかかった場合や大量のイオンが流れ込んだ場合には伝導チャネルが正常に動作するものの、伝導チャネルの厚みを減らしたり、電圧を下げたりした場合には伝導チャネルの動作が安定しないという問題がありました。
この問題を、研究チームは冶金学の知識によって解決しました。メモリスタの正極には銀、負極にはシリコンが使われることから、銀とシリコンの両方に相性の良い材料である銅を新たな材料として選出。正極と負極の間に銅を挟み込むことで、伝導チャネルの安定化を実現し、このメモリスタ数万個で構成される1平方ミリメートルサイズのチップを作成しました。
作成されたチップをテストするために、「チップにキャプテン・アメリカの盾の画像を記憶させる」という実験が行われました。画像を構成するピクセルをチップ内の各メモリスタに割り当て、割り当てられたピクセルの色強度に対応するようにそれぞれのメモリスタのコンダクタンスを調節して、研究チームはチップにキャプテン・アメリカの盾の画像を記憶させました。
チップが記憶したキャプテン・アメリカの盾の画像が以下。上段・中段には比較対象として、異なる材料で作成されたメモリスタを使ったチップの結果が並んでおり、横軸は経過時間を表しています。研究チームが今回作成した、銅を挟み込んで伝導チャネルを安定化したチップ(下段)は時間が経過しても記憶された画像情報が失われていませんが、異なる材料で作成されたメモリスタを使ったチップでは、時間経過と共に画像情報は失われていくことが示されています。
加えて、記憶された画像にシャープやブラーなどの画像処理を施すという実験も行われ、以下のように画像にシャープやブラーなどの画像処理を高精度に施すことが可能だと確認されました。
研究チームは、「この技術をさらに発展させて、大規模なアレイを用意して画像認識タスクを処理させたいと考えています」「スーパーコンピューターやインターネット、クラウドに接続せずともこの種のタスクを実行できる『人工の脳』を持ち歩けるようになるかもしれません」と語っており、記事作成時点ではこのチップを使用して実際の推論テストを行っているとのことです。
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