世界で初めて認可されたエボラ出血熱ワクチン「rVSV-ZEBOV」開発秘話
by Global Panorama
致死率80%にも上るといわれるエボラ出血熱の世界初となるワクチン「rVSV-ZEBOV(商品名:Ervebo)」が、2019年11月にEUによって、2019年12月にアメリカ食品医薬品局(FDA)によって認可されました。このrVSV-ZEBOVがどのように開発されてきたのかについて、海外ニュースメディアのSTATが解説しています。
The inside story of how scientists produced an Ebola vaccine
https://www.statnews.com/2020/01/07/inside-story-scientists-produced-world-first-ebola-vaccine/
「エボラ出血熱」は2013年末からギニアをはじめとする西アフリカを中心に大流行し、2万8512人が感染し1万1313人が死亡したことで世界的に知られることとなりました。その後、エボラ出血熱のワクチンに関する研究が進められてきたのですが、2018年8月にはアフリカ中部のコンゴ民主共和国で「国際的に検査される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)が世界保健機構(WHO)によって宣言されるレベルでエボラ出血熱の感染が再び拡大。2019年7月までの1年間で1600人以上が死亡する事態となりました。
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エボラ出血熱は、アフリカのエボラ川流域出身の男性で初めて感染症が確認された病気で、飛沫や体液で感染します。潜伏期間は2日~3週間で、発病すると突然の高熱や脱力感、おう吐、下痢などに襲われ、病状が進行すると全身から出血が見られ、脱水症状や多臓器不全によって死亡します。致死率は50%~80%といわれ、死者の体液でも感染が広がるため、公衆衛生状況の悪い地域では特に感染を食い止めるのが難しいといわれています。
エボラ出血熱を引き起こすのはエボラウイルスと呼ばれるRNAウイルスで、感染力が非常に高いため、特に危険なウイルスとしてバイオセーフティーレベルは最高のレベル4に設定されています。
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rVSV-ZEBOVは、水疱性口炎ウイルス(VSV)と呼ばれる家畜感染症のウイルスを使ったワクチンです。VSVは人に感染してもほぼ無症状で、まれに発熱・悪寒・筋肉痛を伴うものの、1週間~10日で回復します。このVSVを、エボラウイルスの糖タンパク質を発現するように遺伝子を改変することで、いわば抗原の「運び屋(ベクター)」として機能するようにしたものがrVSV-ZEBOVというわけです。
VSVをベクターとするワクチンは、鳥インフルエンザやはしか、SARS、ジカ熱などでも応用されてきた技術です。アメリカ陸軍医学研究所の感染症研究所に務めていたハインツ・フェルドマン氏は、VSVをベクターにしたワクチンの開発を長年研究していた人物。同氏の働く国立微生物学研究所は、エボラウイルスを含むバイオセーフティーレベル4のウイルスも研究することができるという施設です。
2000年頃、国立衛生研究所のワクチン研究センターの所長だったゲイリー・ネーベル博士が「エボラウイルスの糖タンパク質が、感染した動物や人々に致死性のダメージを与える」と主張。しかし、フェルドマン氏はネーベル博士の主張に異を唱え、VSVを使えばネーベル博士の誤りを証明できると考えました。
フェルドマン氏の率いる研究チームは2004年に、エボラウイルスの糖タンパク質を発現するよう改変されたVSVであるrVSV-ZEBOVをマウスに感染させる実験を行いました。もし、エボラウイルスの糖タンパク質が致死性を導くのであれば、マウスはエボラと同様の症状で死んでしまうはず。しかし、実験の結果、マウスは死ななかったとのこと。そればかりか、rVSV-ZEBOVに感染したマウスは、エボラウイルスにさらされてもエボラ出血熱を発症しませんでした。一方でrVSV-ZEBOVに感染していないマウスはすべてエボラ出血熱で死んでしまったとのこと。
つまり、エボラウイルスの糖タンパク質はエボラ出血熱を発症させるものではなく、むしろエボラウイルスへの免疫を提供する抗原として機能することが判明したというわけです。フェルドマン氏は「さまざまな優先度の兼ね合いで、すぐにスタートしたというわけではありませんが、この実験こそがエボラワクチン開発プロジェクトのスタートだったと思います」と語っています。
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2005年には、rVSV-ZEBOVのサルでの実験が行われました。この研究でも、rVSV-ZEBOVに感染したサルはエボラウイルスにさらされてもエボラ出血熱を発症しませんでした。このことから、rVSV-ZEBOVがエボラウイルスの効果的なワクチンとして使えることが明らかになりました。
ただし、rVSV-ZEBOVの有効性が証明されたからといって、すぐにワクチンが開発されるわけではありません。ワクチンが実験室レベルではなく、医療品として市場に出回るためには、製薬会社が10億ドル(約1100億円)近くの費用をかけて開発を行う必要があります。しかし、「当時、誰もエボラウイルスのワクチンに興味を持ちませんでした」とフェルドマン氏は述懐しています。
そんなフェルドマン氏に転機が訪れたのは2009年3月のこと。ドイツの研究者がエボラウイルスの付着した針で自分の指を刺してしまうという事故が発生しました。女性が搬送されたハンブルグ大学医療センターは、rVSV-ZEBOVの提供を申請。カナダ政府はrVSV-ZEBOVの提供を許可し、事故から48時間後にrVSV-ZEBOVが女性に接種されました。
その結果、女性は発熱はあったものの、エボラ出血熱の発症は免れ、一命をとりとめました。迅速に超法規的な緊急処置が行われたため、女性が実際にエボラウイルスに感染していたのかどうかは精査されておらず、rVSV-ZEBOVがエボラ出血熱の発症を抑えたのかどうかは不明ですが、この1件がrVSV-ZEBOVの安全性を示す1例となったのは確か。
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それでも、rVSV-ZEBOVの研究は十分な予算が与えられなかったとのこと。国立微生物学研究所の科学部市長だったフランク・プラマー氏は「予算申請プロセス中に、『(感染が確認されていない)カナダがなぜエボラウイルスに取り組む必要があるのか』といった言葉を毎年のように聞きました。私はいつも予算を守らなければなりませんでしたし、他の部署と常に予算を奪い合っていました」と語っています。
そこで国立微生物学研究所のrVSV-ZEBOV研究チームは、予算を確保するために、ドイツの業者と契約してrVSV-ZEBOVの生産ラインを確立。何もない0の状態から生産ラインを確立するのはかなり苦労したそうですが、最終的にアメリカのバイオ医薬品メーカーであるNewLinkが、特許を公式に保持するカナダ政府と契約し、開発した各製品ごとに15万6000ドル(約1700万円)を支払ってワクチン生産のライセンスを獲得しました。
2014年、西アフリカでエボラ出血熱が流行し、1万1000人以上が死亡しました。この時、カナダの国立微生物学研究所でエボラウイルスの研究を行っていたゲイリー・コビンジャー氏は、開発していたrVSV-ZEBOVを提供するとWHOに対して申し出て、カナダ政府を通じてWHOにrVSV-ZEBOVを急きょ寄付しました。
しかし、WHOは「rVSV-ZEBOVの適切な投与量も判明しておらず、臨床実験によって安全性が確実に示されていないため、rVSV-ZEBOVの投入は時期尚早である」と述べ、rVSV-ZEBOVの使用を拒否。コビンジャー氏は、rVSV-ZEBOVの安全性を主張したものの、「WHOの言うことはもっともだ」とその言い分を受け入れています。
WHOもrVSV-ZEBOVを無視したわけではなく、エボラ出血熱パンデミックの並外れた脅威を考えると、カナダ政府から寄付されたrVSV-ZEBOVの安全性を臨床実験で評価し、適切な投与用量もはっきりさせる「(PDF)倫理的義務」があると宣言。
WHOや生物医学先端研究開発機関(BARDA)は、メルク・アンド・カンパニー(MSD)と契約し、rVSV-ZEBOVの研究開発を進めることを発表しました。そして、カナダがWHOにrVSV-ZEBOVを提供してから1年も経たないうちに、rVSV-ZEBOVを応用したワクチンは12回の臨床実験で約7600名の被験者に接種され、エボラ出血熱に対してほぼ100%の防御効果を示したと評価されました。
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インフルエンザウイルスのワクチンと同様に、エボラウイルスの種類によって糖タンパク質が変化するため、rVSV-ZEBOVは確実にエボラ出血熱の発症を予防するとはいえません。それでも、MSDはエボラウイルスワクチンの生産にゴーサインを出し、1億7500万ドル(約190億円)を費やして生産ラインの確保を行いました。
そして、rVSV-ZEBOVは「Ervebo」として、2019年11月に世界で初めて規制機関に承認されたエボラウイルスワクチンとなりました。Erveboは2019年12月21日にはアメリカのFDAにも承認されました。
WHOでエボラウイルスワクチンの開発部門の責任者を務めたマリー=ポール・キーニー氏はrVSV-ZEBOVの成功について「物事が本当にうまくいかないときは、往々にして小さな問題が連続しているものであり、それだけでは列車が脱線することはありません。そして、良いことが起こると、同じことが起こることがあります。ひとつひとつの物事は単独だと実現しませんが、すべてが一緒になって成功するのです」と語りました。
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