サイエンス

安全で廃棄物が少ないとされる次世代原子炉「トリウム溶融塩炉」の現実を専門家が指摘

By geralt

2020年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補を争っているアンドリュー・ヤン氏が、「トリウムウランよりも核燃料として優れている」と発言し、トリウム溶融塩原子炉を推進していく意向を示しました。ヤン氏の発言について、テネシー大学原子工学部のニコラス・R・ブラウン准教授がファクトチェックを行っています。

Fact-check: Five claims about thorium made by Andrew Yang - Bulletin of the Atomic Scientists
https://thebulletin.org/2019/12/fact-check-five-claims-about-thorium-made-by-andrew-yang/

ヤン氏はロースクールを卒業して弁護士となった後、ビジネススクールや大学院受験のための予備校「Manhattan Test Prep」などのCEOとして成功した人物です。ヤン氏は、「全アメリカ国民に対して月1000ドル(約11万円)のベーシックインカムを配当する」「宇宙空間に巨大な鏡を建造して太陽光を反射させて地球温暖化を防ぐ」といった先進的な主張を行っています。

そんなヤン氏がエネルギー問題に関する政策として打ち出しているのが、「トリウム溶融塩炉」です。ヤン氏はインタビューにおいて、「トリウムはさまざまな点からウランよりも優れています」と主張し、ウランを燃料とする現行の原子炉ではなく、トリウムを原料とする溶融塩原子炉を推し進める意向を示しました。

By luctheo

そんなヤン氏のトリウム燃料原子炉に関する主張について、トリウムに関する豊富な研究経験を持つブラウン准教授が、専門家として「反論」を行いました。

◆主張1:トリウムはウランよりも豊富に存在し、トリウム溶融塩炉は従来のウラン原子炉よりも経済的
ブラウン准教授いわく、この主張は「間違い」とのこと。トリウムがウランよりも豊富というのは事実ですが、そもそもウランにかかる費用は、原子力発電所のコストのほんの一部で、コストのほとんどは「原子力発電所自体」の費用です。トリウム溶融塩炉の開発コストはウラン原子炉よりも安価ではないそうです。

なお、そもそもトリウムは容易に核分裂する同位体が存在しないため、直接的に核燃料として使用することはできません。それゆえ、トリウム溶融塩炉は、「トリウムをウランに変換して、ウランを核分裂させる」という反応でエネルギーを生成しています。

◆主張2:トリウム溶融塩炉は、現行の原子炉よりも安全
スリーマイル島原子力発電所事故などの事故は発生しているものの、アメリカの既存のウランを燃料とする原子力発電所はアメリカ国内の全電力の約20%を発電する能力を有しており、優れた安全記録を保持しています。溶融塩原子炉は確かに現行の原子炉を上回る安全性を有していますが、安全性の向上はトリウムを使っていることが原因ではなく、設計の進歩が原因とのことです。

By Didgeman

◆主張3:トリウム溶融塩炉からの廃棄物はウラン原子炉からの廃棄物よりも処理しやすい
2014年に発表されたアメリカ合衆国エネルギー省包括的研究によると、トリウム燃料サイクルはウラン燃料サイクルに似た核燃料サイクルを有しており、その廃棄物は10万年近く放射能を持ち続けます。以上の理由から、「トリウム溶融塩炉からの廃棄物が処理しやすいというのは間違っている」とブラウン准教授はコメントしました。

◆主張4:トリウムは核兵器に転用しにくい
アメリカ合衆国エネルギー省の国家核安全保障局が資金提供した2014年の研究によると、トリウム燃料サイクルの副産物、特にウラン233は核兵器の材料として優秀だそうです。また、2012年のケンブリッジ大学の研究は、「トリウム燃料は核兵器を拡散させる」と結論付けています。

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主張5:「温室効果ガス排出量ゼロ」を達成したい場合、新しい原子炉の建造が必要
ブラウン准教授は、「この主張は真実です」とコメント。温室効果ガスをほとんど排出しない発電方式としては太陽光発電、風力発電、原子力発電が挙げられますが、太陽光発電や風力発電は状況によって供給できる電力にブレが生じる一方、原子力は常時発電できるという利点があります。そのため、「『温室効果ガス排出量ゼロ』に取り組む場合、老朽化した原子炉の置き換えだけでなく、原子炉の新造が必要です」とブラウン准教授は主張しました。ただし、上記の理由から、「新しい原子炉はトリウムを動力源にする必要はありません」と付け加えています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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