サイエンス

「アスリートの遺伝子を解析する試み」によってスポーツ界が激変する可能性がある

by Jill Carlson (jillcarlson.org)

2003年にヒトゲノムの塩基配列が解読完了して以来、「人の身体能力に影響を与える遺伝的要因は何なのか」が明らかになりつつあります。また、技術の進歩によって遺伝子解析のコストが低下し、商業サービスとして提供する企業も誕生しました。遺伝子解析が手軽に行えることによってスポーツの世界がどんな影響を受けるのか、エディスコーワン大学のグレゴリー・ハフ教授が解説しています。

Will the genetic screening of athletes change sport as we know it?
https://theconversation.com/will-the-genetic-screening-of-athletes-change-sport-as-we-know-it-122781


ハフ教授は、スポーツのパフォーマンスとリンクしている遺伝子型として「ACE II」と「ACTN3 RR」の2つを挙げています。


ACEは血圧の調節に関与する酵素で、その遺伝子にはII型、ID型、DD型という3つの型があります。国立スポーツ科学センターによると、オーストラリアのボート選手やイギリスの陸上長距離選手のACE遺伝子を調査したところ、エリート競技者のACE遺伝子は一般の人に比べてII型である割合が高かったとのこと。ハフ教授は、ACE II型がアスリートの持久力に関連しているとみています。

ACTN3はαアクチニン3というタンパク質で、大きな力を瞬間的に発揮する速筋繊維を構成する成分です。その遺伝子にはRR・RX・XXという3つの型があり、瞬発力を問われる競技のアスリート選手にはRR型を持つ人が多いといわれています。

また、2018年に発表された論文は、有酸素トレーニングの適応に関連する特定の遺伝子変異を持つ人は、8週間のトレーニングを受けた後にトレーニングへの応答性が高くなったと述べています。つまり、有酸素トレーニングを受けて得られる恩恵は遺伝的要因によって左右されるというわけです。

by University of Michigan School for Environment and Sustainability

人の身体能力に影響を与える遺伝的要因が明らかになりつつあることで、「子どもや若者の遺伝子を解析することで、将来的に有望なアスリート選手の候補を絞ることが可能」という考えも生まれ、実際に遺伝子解析によってオリンピックの代表候補を選別する国も出てきています。

例えば、2014年にはウズベキスタンが将来有望なアスリートを見つけるために遺伝子解析を行っていることが明らかになりました。また、2018年に中国の科学技術院が、2022年冬季オリンピックの代表選抜プロセスの一環として、遺伝子解析を行うことを明らかにしました。報道によれば、2020年までに科学技術院は少なくとも300人の選手を対象に、スピード・持久力・瞬発力が優秀な者を遺伝子解析で選別する予定だとのこと。

by tableatny

遺伝子解析によってスポーツの公平性が失われることに対しては強い批判の声があります。2003年、オーストラリアの法改正委員会と国民健康医学研究評議会は、個人の遺伝的状態を差別することを違法とするように法改正を行うよう勧告しています。また、2015年にはイギリスの遺伝学の研究者が「子どもや若いアスリートがトレーニングを変更したり、遺伝子解析の結果に基づいて選手の才能が特定されるべきではない」と示唆する文書を発表しました。このように、一部からは「アスリート界への遺伝子解析の導入には慎重であるべき」という意見があり、倫理的な制約の取り決めが求められています。

ハフ教授によると「特定の遺伝子型がスポーツのパフォーマンスに影響を及ぼすこと」はわかっていても、「特定の遺伝子型を持っている人のパフォーマンスが優れている」ということを示す証拠はないとのこと。なぜなら、個人のパフォーマンスには遺伝子だけではなく、身体的要素、環境的要素、心理的要素など多くの要因が関わるためです。しかし、遺伝的要因を知ることは潜在能力を知る上で重要だともハフ教授は述べています。

by University of Michigan School for Environment and Sustainability

ハフ教授は「スポーツの公平性を損なうことなく遺伝子解析を活用する未来を確保するために、遺伝が人間のパフォーマンスやケガのリスクにどう関係するかを知る利点を研究する必要があります。また、研究によって判明したことを活用してトレーニング方法を強化する必要があります」とコメント。遺伝子解析は、将来ある若者をスポーツから排除するためではなく、選手のトレーニングプログラムをより強化にするために使うべきだとハフ教授は主張しています。

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in サイエンス, Posted by log1i_yk

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