これまでのがん治療薬は見当違いの対象を攻撃していた可能性が高い
by pxhere
これまで、多くの研究者や医療関係者の努力により、さまざまながんの治療法や治療薬が開発されていますが、依然としてがんは人類の脅威であり続けています。そんながんと、がんの治療薬についての偶然の発見から、「これまでのがん治療薬は見当違いの対象を攻撃していた可能性が高い」ことが明らかとなりました。
Off-target toxicity is a common mechanism of action of cancer drugs undergoing clinical trials | Science Translational Medicine
https://stm.sciencemag.org/content/11/509/eaaw8412
Many cancer drugs aim at the wrong molecular targets
https://www.nature.com/articles/d41586-019-02701-6
Why Aren’t There Better Cancer Drugs? Scientists May Have Picked the Wrong Targets - The New York Times
https://www.nytimes.com/2019/09/11/health/cancer-drugs-proteins.html
偶然の発見から、従来の治療薬が誤った対象を攻撃していたことを突き止めたのは、コールド・スプリング・ハーバー研究所に勤めるがん研究者のジェイソン・シェルツァー氏らの研究グループです。シェルツァー氏は当初、乳がんの治療薬ではなく検査薬を開発するため、がん細胞が生産するMELKというたんぱく質の研究をしていました。
by Drew Hays
MELKとは、「Maternal Embryonic Leucine Zipper Kinase(母系胚性ロイシンジッパーキナーゼ)」の略で、進行中の乳がんの細胞に多く見られるたんぱく質です。このため、MELKはがん細胞の増殖に不可欠なたんぱく質だと考えられており、実際に「MELK阻害剤OTS167」は乳がんの治療薬として高い効果を挙げてきました。
シェルツァー氏らは、成長が止まったがん細胞をテストの材料にするため、ゲノム編集技術のCRISPR–Cas9でがん細胞からMELKを生成する遺伝子を切除しました。しかし、シェルツァー氏の期待に反して、がん細胞はMELKを生産しなくなった後も増殖を続けました。さらに奇妙なことに、MELK阻害剤を投与してみたところ、がん細胞はとっくにMELKを生産できなくなっていたにもかかわらず、薬効のとおりに増殖が停止してしまいました。
シェルツァー氏は次に、TOPKというたんぱく質を標的にした阻害剤のOTS964をがん細胞のコロニーに投与しました。その結果、がん細胞の大半は死滅しましたが、生き残ったがん細胞もありました。シェルツァー氏が生き残ったがん細胞の遺伝子を調べたところ、CDK11と呼ばれる遺伝子に変異が認められたので、がん細胞の遺伝子から変異したCDK11を切除してみました。すると、がん細胞はあっさりと死滅してしまったとのことです。
シェルツァー氏は、OTS167やOTS964で起こった現象が偶然なのかどうかを確認すべく、6種類のたんぱく質を標的にした合計10種類の治療薬で同様のテストを行いました。シェルツァー氏がテストしたがん治療薬は、合わせて1000人以上を対象とした29件もの臨床試験で効果が確認されており、その効能について言及した論文や研究発表は180件以上にも及びます。
by Kendal James
しかし、テストの結果10種類のがん治療薬のすべてが、対象としたたんぱく質を持たないがん細胞で効果を発揮することが分かりました。このことから、シェルツァー氏は「がん細胞のたんぱく質を標的としている従来の『分子標的型治療薬』の効果は、対象としていたたんぱく質とは無関係」だと結論づけています。しかし、治療薬が効果を発揮していることはまぎれもない事実であり、「一体なぜ標的のたんぱく質と無関係な治療薬が効果を上げているのか」という理由は不明なままです。
シェルツァー氏は、その理由を「従来の治療薬がCRISPRより精度が低いRNA干渉技術を利用して作られたため」だと考えています。RNA干渉とは、人工合成した短い2本鎖RNAにより、特定の遺伝子の発現を抑制するという技術です。
by Darwin Laganzon
確かに、RNA干渉を使用すれば遺伝子を抑制することができますが、目的の遺伝子とは異なる遺伝子を抑制したり、また別の遺伝子を発現させたりするおそれもあります。このため、シェルツァー氏は「RNA干渉技術でテストされた治療薬は、標的とした遺伝子が生成するたんぱく質とはまったく別のたんぱく質に作用してがん細胞を抑制しているので、CRISPRで標的の遺伝子を除去しても効果がなかったのではないか」と考えています。ただし、CRISPRも標的とは異なる遺伝子に作用してしまう場合があるので、CRISPRのテスト結果の方が正しいとは一概にはいえないとのこと。
シェルツァー氏は「分子標的型治療薬の新しいフロンティアが広がっています。CRISPRなどの技術を使って従来の治療薬の効果を検証していけば、真のターゲットを見つけることができるでしょう」と話し、実際にがん細胞に作用することが判明したCDK11などを手がかりにさらなる研究を進めていく考えを示しました。
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