サイエンス

Googleのコンピューター科学者はなぜ我が子をオープンソース化したのか?


コンピュータープログラムのソースコードを広く一般に公開し、誰でも自由に使えるようにするオープンソースは技術の発展に役立つとしてGoogleが支持するもの。Googleで出会ったという2人のコンピューター科学者は自分たちの赤ちゃんをオープンソース化したことを発表しており、その理由についてブログサービス「Medium」でつづっています。

Saving Lydia: Why I’m Open Sourcing My Baby To Save Her and Millions of Others
https://medium.com/lydian-accelerator/saving-lydia-62a1c0bdf0fb

ローハン&ジェン夫妻は出身国は違えど共にコンピューター科学を学んだというバックグラウンドを持ち、Googleで出会ったことから結婚し、リディア・ニルジェンという名の娘を授かりました。幸せの絶頂だった夫妻ですが、娘のリディアちゃんは生後すぐに発作を起こし、新生児特定集中治療室(NICU)で3週間を過ごすことになったとのこと。調査の結果わかったのは、リディアちゃんは、脳機能に影響する遺伝子に変異があるがゆえに深刻な障害が発生しているということでした。この遺伝子変異によりリディアちゃんは起き上がったり、歩いたり、話したりができないとのこと。


衝撃的な事実を前に、ローハン&ジェン夫妻はあらゆる情報をしらみつぶしに当たりました。2人は6カ月間で科学論文を何百本も読み、世界トップレベルの科学者と連絡を取り、海外の医療記録を翻訳し、家庭で薬を配合し、150万ドル(約1億6300万円)を集めて研究のための非営利団体を設立したとのこと。医師には「非常にまれな病気」「治療法はない」と言われたそうですが、実際には「数カ月あればリディアちゃんを治療できるが、既存の製薬モデルではリディアちゃんや同様の病を患う何百万もの子どもを救うことができない」という事実に2人は至りました。

DNAは60億ビットの文字が含まれていますが、この情報にはいくらかの「タイプミス」、つまり変異が含まれます。この変異が脳に深刻な影響を及ぼしている人はアメリカに700万人も存在するといわれています。遺伝子変異は何十億分の1という割合で起こるため、周産期医療で検知することが難しく、まったく同じ変異がある人もほとんどいません。リディアちゃんの場合、KCNQ2という683番目の遺伝子に変異があるのですが、同様の変異を持つ子どもはギリシャに1人、イギリスに1人と、世界にたった2人しか存在しないとのこと。つまり、遺伝子変異による疾患を総体として考えると患者数は非常に多いのですが、個別の遺伝子の問題としてみるとまれなのです。

「患者数の多い病気に焦点を当てて薬を開発する」という一般的な製薬会社のアプローチでは、個別の遺伝子変異による疾患は「患者数が少なくまれなもの」として重視されません。しかし、実際には遺伝子変異による疾患は数百万人の患者が存在し、決してまれな病気ではなく、「タイプミスを修正するための体系的でプラットフォーム主導のアプローチが必要だ」とローハン&ジェン夫妻は述べています。


単一遺伝疾患はがんや慢性疾患とは異なり、ピンポイントで原因を突き止めることが可能であり、既に核酸医薬(ASO)が脊髄性筋萎縮症やバッテン病といった遺伝子疾患に対して効果を発揮することがわかっています。ASOはこれまでの薬のようにタンパク質をターゲットとするのではなくRNAレベルでターゲットを定めるもの。化学的性質や服用量を変えずにコードの文字を変えるだけで、ASOは特定の変異を標的とすることが可能です。そして、ASOを個人最適化した「N-of-1治療」が、2018年に成功しました。新薬開発の多くは臨床試験に入るまでに数年という月日を要しますが、オーダーメイドの治療法であるN-of-1治療の場合、臨床試験をスキップできるため、診断から1年で治療薬を作ることが可能とのこと。

既存の製薬会社は個人最適化されたオーダーメイドの治療法から大金を生み出す方法を確立できていません。オーダーメイドという性質ゆえに広告するための「画期的な薬」や守るべき知的財産権が存在しないためです。そこでローハン&ジェン夫妻はこのギャップを埋めるべくLydian Acceleratorという非営利団体を設立しました。


コンピューター科学者として、夫妻は「オープンプラットフォーム」の可能性を信じており、N-of-1治療のツールやデータ、プロセスをオープンソースにすることで、あらゆる人が機関を立ち上げることを可能にしたいとのこと。今後は安全かつ効率的にデータを共有できるようにし、N-of-1治療に取り組む人がレポジトリにアクセスしてフィードバック可能な仕組み作りに取り組んでいく予定とされています。より多くのデータが集まれば、2019年時点では膨大な費用と時間がかかるラボの作業でも、時間とコストの削減が可能だとみられています。このプロジェクトにはボストン小児病院やスタンフォード大学、ノースウェスタン大学の専門家も連携しているとのこと。


なお、夫妻はプラットフォームを機能させるための寄付を募っており、目標額が250万ドル(約2億7100万円)のところ既に180万ドル(約1億9500万円)以上が集まっています。

Donate — Save Lydia
https://donate.savelydia.com/

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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