サイエンス

「VR体験をネズミにさせること」が科学にとってなぜ重要なのか?


バーチャル・リアリティ(VR)技術は近年になって大きく発展し、かつてない映像体験をもたらすとしてゲーム業界やポルノ業界が大きく注目しています。しかし、科学の発展においてもVRは非常に大きな意味を持つとして、「VR体験をネズミにさせること」の重要性が説かれています。

The mouse in the video game
https://www.nature.com/articles/d41586-019-00791-w

VRが動物を対象とした科学研究に用いられるようになったのは2000年代初めのこと。動物の脳の活動を観察するには電極を埋め込む必要などがあるため、「動く動物の脳内で何が起こっているのか」を調べることは、それまで至難のわざでした。しかし、VRの登場以降、頭を固定して手足を自由に動かせる状態にした動物にVRを体験させれば、動物に「自由に動いている」と勘違いさせることができるのではないか?と考えられるようになりました。


研究者が特に注目したのは、マウスなど、人間と同じ哺乳類の脳を観察するためにVR実験を用いることでした。脳を観察する現代のVR実験のメインストリームを作り出したのは、プリンストン大学の神経科学者であるDavid Tank氏らの研究チーム。動物は空間における自分の位置を把握するために海馬とその周辺領域の細胞を使っているといわれますが、Tank氏らが開発したVRシミュレーターは、この領域を研究するものでした。

もともとTank氏は脳に電極を埋め込んだラットを柵の中で自由に行動させ、脳の細胞でどのような発火が起こっているのかを記録するシステムを開発していました。このシステムは生理学・薬学分野でノーベル賞を受賞する可能性があるほど有望なものでしたが、Tank氏は細胞内の電極でニューロンの発火をさらに細かく調べることができるシステムを望みました。このシステムはマウスの脳を固定しておく必要があったため、ハーバード大学メディカルスクールのChris Harvey氏の協力のもと、動物に「自分は動いている」という感覚を疑似体験させるVRシステムが開発されることに。その後2009年になってはじめて、視覚ナビゲーションの最中に海馬では何が起こっているのかが示されました

by tiburi

そして2010年にマウスを使った実験で歴史的な研究結果が示されました。20世紀の研究の多くは麻酔をかけた状態のマウスに刺激を与え、脳が刺激にどう反応するのかを測定するものでした。しかし、2010年の研究では、頭を固定し視界をコントロールした状態のマウスを、ボールの上で走らせたところ、動けるマウスは動けない状態のマウスに比べて視覚ニューロンの発火が2倍になることが示されました。これは「外界に反応する脳の知覚エリア」を含む脳の活動が動物の「行動」によって変わるということを示す結果です。この研究結果は、その後の科学研究の進む道を大きく変えることになりました。

2010年の研究結果とVRシステムの発達により、その後、VRを使った動物実験や研究論文の数は急増。しかし、動物が仮想の世界をどのように経験しているのかを判別するのは非常に難しいことだといわれています。

by Bradley Hook

例えば、人間がレーシングカーのゲームをプレイするとき、プレイヤーはそれが本物のレースではないという認識をしていながらも、脳では現実世界で運転しているかのような視覚処理が行われます。これと同様に、マウスの脳における活動の変化は、マウスが「自分は動いている」と認識しているから起こるものとは限りません。また、VR映像を見せるとマウスの動きは映像に同調しますが、匂いや音、ほおひげを通した感覚といった情報が、マウスの情報処理にどう関わっているのかも疑問の残るところでした。さらに、頭を固定することによって、現実世界で発生するような頭の動きやバランスの信号が発生しないといった点が、どう影響しているのかもわかりません。このような問題は、海馬のナビゲーションシステムが動物の位置の認識をどのように生み出しているのか、という理解を阻みます。

2015年にはカリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学者であるMayank Mehta氏が、「2DのVRシステム上で探索を行ったラットと、現実世界を歩いたラットでは、同じ環境であっても海馬のニューロンの発火が異なる」とする研究結果を発表しました。現実世界では触覚・嗅覚・聴覚の変化が同時に起こり、ラットは自然に頭や体を動かせるため、脳のナビゲーションシステムで起こることはシミュレーションの世界で起こることとは異なる、というのがMehta氏の出した結論です。しかし、Mehta氏はVRシステムに対する興味を失っておらず、「マウスがより自然に頭を動かせるVRシステム」の開発により、現実世界により近い反応を再現できると考えています。

VRの強みは、「環境を自由に操作できること」にあります。理論的にいえば、「動物が宇宙を漂う時に脳ではどんな反応が起こるのか」を調べることもできるのです。これは、長年研究者が知りたがっている点です。

by qimono

そして研究者は、マウスに対するVR実験で明らかになったことが、人間や他の動物に対してもいえるのか?という点についても調査を進めています。ワシントン大学のElizabeth Buffalo氏は、マウスと同様に霊長類の海馬もVRの刺激によって特定の場所のニューロンが発火するのか?ということを調べています。この研究でサルはジョイスティックを使ってY字の迷路を探索し、後にルートを覚えているかどうかがテストされます。実験によってBuffalo氏は「記憶」と「海馬の空間表現」の関係を調べているとのこと。「VRの好きなところは、行動タスクの豊富さです。VRは私たちに新しい問いを与えてくれるんです」とBuffalo氏は述べています。

ニューヨーク大学の神経科学者であるDavid Schneider氏によると、科学者たちにとって、感覚刺激を伝達するニューロンが視界・音・匂い・テクスチャにどのように反応して発火するのかは長年の謎でした。しかしVR技術の助けにより、現代では多くの科学者が「感覚野におけるニューロンが『知覚する世界』と『動物の行動』の両方を表している」と認識しています。

2019年時点で、マウスの頭と目の動きを追跡するヘッドマウントカメラシステムを開発する研究者も存在します。この技術を使えば、より詳細な観察が可能になり、記憶や注意といった点がマウスの脳が行う初期の感覚処理に影響を与えると示されるだろう、と研究者は予測しているとのことです。将来的にテクノロジーが進化すれば、VRシステムを用いずにマウスの脳の活動を観察できる可能性はありますが、2019年の時点では、VRを使った研究は非常に「実りのある」ものとなっています。

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in サイエンス,   生き物, Posted by darkhorse_log

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