サイエンス

飢餓状態の脳が「省エネモード」に切り替わることで支払う代償とは?


スマートフォンやノートPCなどのバッテリーで動く電子機器は、バッテリーが切れると使えなくなってしまいますが、「省電力モード」に切り替えることでバッテリー切れまでの時間を延ばすことができます。これと同様に、動物の脳も食糧不足の状態が続くと「省エネモード」に切り替わり、エネルギー消費量を抑えることが判明しています。

Neocortex saves energy by reducing coding precision during food scarcity: Neuron
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2021.10.024

The Brain Has a ‘Low-Power Mode’ That Blunts Our Senses | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/the-brain-has-a-low-power-mode-that-blunts-our-senses-20220614/

人間の脳はグルコース(ブドウ糖)から産生したアデノシン三リン酸(ATP)を利用して情報処理を行っており、体重に占める脳の割合は2%ほどに過ぎないものの、1日のカロリー消費量は350~450kcalと平均的な基礎代謝の20~25%を占めています。一般に、脳は空腹時もそれほどカロリー消費量が変わらないことが知られていますが、人間やその他の動物にとって飢餓は大きな脅威であることから、科学者らは「脳が緊急事態に陥るとカロリー消費量を抑える省エネモードに移行するのではないか?」と考えてきました。

「おなかが減っていて食べ物のことしか考えられない」という体験を裏付けるように、2016年の研究では空腹のマウスの脳活動は食べ物の画像により強く関連しており、食事をすると食べ物の画像に対する脳活動が減少することが判明しました。同様の研究は人間でも行われており、被験者が空腹の時は食べ物の写真に対していくつかの脳領域が強い反応を示すことがわかっています。

また、一時的な飢餓状態ではなく慢性的な飢餓状態においては、脳のプロセスが削減されてエネルギー消費が抑えられることが2013年の研究で示されています。この研究では、飢餓状態になったショウジョウバエは多くのエネルギーを消費する「長期記憶の形成」に関わる脳回路がシャットダウンされ、エネルギーを節約することがわかっています。さらに、研究者がこの脳回路を無理やり活性化させたところ、飢えたショウジョウバエはより速く死んでしまいました。つまり、脳の省エネモードは飢餓状態における消費エネルギーを節約し、食物を見つけて生き延びる可能性を高める役に立っているというわけです。


しかし、ショウジョウバエと同様の省エネーモードが、哺乳類のようにはるかに大きい脳と認知機能を持つ動物にも存在するかどうかは不明でした。そこでイギリス・エディンバラ大学のナタリー・ロシュフォール博士らの研究チームは、エサを3週間にわたって制限し、3週間前と比較して少なくとも体重が15%以上減ったマウスで実験を行いました。この実験において、研究チームは実験の直前にエサを与えてマウスが空腹にならないようにしたため、短期的な飢餓状態が脳活動に変化を及ぼさないようになっていました。

実験では、研究チームは2本の黒い棒を異なる角度に組み合わせた画像をマウスに見せて、マウスの視覚野におけるニューロンの発火数を観察しました。マウスの一次視覚野にあるニューロンは「特定の方向の線」に対応しており、「90度に対応するニューロン」は視覚情報に含まれる線が90度またはそれに近い角度に傾いているほど頻繁に発火し、角度が離れるほど発火速度が低下するとのこと。実験の結果、飢餓状態のマウスにおけるニューロン発火率は十分なエサを食べているマウスと変わらなかったものの、「視覚情報から角度を感じ取る精度」が低下していることが判明しました。


また、マウスを水が入った通路に入れて進むべき方向を「画像の棒の角度」で示した別の実験でも、飢餓状態にあるマウスは棒の角度を認識する能力が下がったため、適切な進路を選ぶのが困難になったことが確かめられました。論文の筆頭著者であるZahid Padamsey氏は、「この省エネモードで得られるのは、世界の『低解像度』のイメージです」と述べています。

研究チームによると、飢餓状態のマウスは視覚が「低解像度」になった代わりに、脳におけるATPの消費量が29%も減少していたそうで、飢餓状態になると脳の省エネモードがオンになることが示されました。ロシュフォール氏は、「私たちが示したことが、たとえば嗅覚に当てはまらない可能性はまだ残されています」と述べていますが、ニューロンは脳皮質領域全体で非常によく似た方法で機能することから、別の感覚も視覚と同様に省エネモードへ切り替わる可能性は高いそうです。

また、研究チームはマウスにレプチンというホルモンを投与すると、視覚の省エネモードを強制的に解除できることも突き止めました。レプチンは脂肪細胞によって作り出されて消費エネルギーの増大を促すホルモンであるため、レプチンの濃度が低くなると脳が飢餓状態を察知して省エネモードをオンにし、レプチン濃度が高くなると省エネモードを解除する可能性が高いと研究チームは考えています。「レプチンを供給すると、脳をだまして皮質機能を回復させることができます」とロシュフォール氏は述べました。


生物医学の研究においては、マウスやその他の実験動物を一時的に飢餓状態にして、食物報酬と引き換えにタスクを行わせることが一般的です。しかし、飢餓状態が脳の省エネモードをオンにして脳機能を変えてしまう可能性が今回の研究で示唆されたことで、過去の実験結果も省エネモードによってゆがめられていた可能性が指摘されています。デューク大学の神経科学者であるLindsey Glickfeld氏は、「動物の知覚やニューロンの感度について知りたいのであれば、実験計画や実験の解釈について非常に慎重に考えなければなりません」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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