ゲーム史に革命を起こした名作「DOOM」の生みの親が25周年を記念してこれまでを振り返る
1993年にid Softwareから発売された世界的人気のあるファーストパーソン・シューティングゲーム(FPS)が「DOOM」です。そんなDOOMの生みの親であるジョン・ロメロ氏は自身のブログを更新し、「Reflections on DOOM's Development(DOOM開発の思い出)」という記事で25年前の開発当時を振り返っています。
Reflections on DOOM's Development — Rome.ro
https://rome.ro/news/2018/12/10/reflections-on-dooms-development
1993年12月10日にウィスコンシン大学のサーバーへアップされたシェアゲームソフト「DOOM」はその過激さから世界中のゲームファンの注目を集め、1500万本以上のダウンロード販売数を記録、「FPS」というジャンルを普及させた立役者といわれています。DOOMはその後、「DOOMII」「FINAL DOOM」「DOOM 64」など、多くのシリーズタイトルが販売され、2016年には初代DOOMを最新技術でリブートした「DOOM」も発売されています。
初代DOOMはPC-DOS版のほか、PC-9801&9821版、Windows版、Linux版、Macintosh版、スーパーファミコン版、PlayStation版、セガサターン版など、数多くのプラットフォームに移植されました。また、ゲーム機やPCにとどまらず、プリンター・デジタルカメラ・オシロスコープ・車など、さまざまなコンピューターへ勝手に移植するファンも登場し、「画面のついたものがハックされるとまずDOOMが移植される」というハッカー文化も生まれました。
by Michael
1993年1月にDOOMのプレスリリースを出した時、ロメロ氏は「DOOMが世界中の生産性低下の主要な原因になる」という大胆なコメントを残しました。このコメントはロメロ氏にとっては決してオーバーなものではなく、本当にそうなるように開発を頑張ったそうです。ただし、ロメロ氏は「プロジェクトを始める時にそういったプレスリリースを出すことはお勧めしません」と述べています。
DOOMの開発メンバーはたった6人。ゲームの本体部分は、ロメロ氏の右腕とも呼ばれたジョン・カーマック氏が構築。ジョン・ロメロ氏はデザイナーとしてマップや難度の設計を行いながら、ソースコードの細かい調整を行ったそうです。わずか6人による開発体制はかなり厳しいものだったそうですが、「開発が全て終わった時には、私たちは自分たちがいかに素晴らしいゲームを作ったのかに気づきました」とロメロ氏は記しています。
DOOMの開発に使っていたのは、かつてAppleを追放されたスティーブ・ジョブズ氏が生み出したOS「NeXTSTEP」とハイエンドワークステーション「NeXTstation」だったそうです。NeXTstationのおかげで最新の3Dエンジンで開発できるようになり、当時としては驚異的なグラフィックスとデザイン表現が可能になったとロメロ氏は述べています。例えば、「遠くのものが暗く見えて、近くのものが明るく見える」という遠近の演出もこの3Dエンジンによる開発のおかげだといえるそうです。
各マップの設計は、開発チームが作成した「DoomEdマップエディタ」で行われました。Objective-Cで作成されたこのマップエディタでは、NeXTSTEP上で実際のゲーム画面を確認しながら調整することができたそうで、「こういったツールを使うことで本当に開発が助かりました」とロメロ氏は述懐しています。
さらに、開発メンバーであったBruce Naylor氏によるバイナリスペースパーティションの適用は、3Dレンダリングを爆速化。テクスチャが施された床や天井、階段、ドア、点滅するライトを表現できるようになったそうです。さらに、それまでは90度の曲がり角のみで迷路のようなマップしか作れなかったのが、壁の角度を自由につけられるようになったことで、それまでのマップ構成の既成概念を破壊したとのこと。
また、DOOM開発の合間を縫って、TRPGの「ダンジョンズ&ドラゴンズ」をよくプレイしていたことをロメロ氏は述懐しています。「未来の世界に地獄から悪魔がやってきて襲いかかる」というDOOMの世界観を支える斬新なアイデアはダンジョンズ&ドラゴンズのプレイから生まれたそうです。
DOOMが当時革命的だったポイントの1つが、ネットワークを利用した「マルチプレイヤーモード」や「デスマッチモード」を搭載したというところでした。2人のプレイヤーが大部屋でロケットをぶっ放している様子を見た時にはロメロ氏も興奮が冷めやらなかったとのことで、「マルチプレイヤーモードやデスマッチモードをDOOMに組み込むことで、ゲームに関するすべてが変わりました」とロメロ氏は述べています。
ロメロ氏は、プレイヤーがテクスチャや音を自由に入れ替えたり新しいマップを作成したりできるように、あえてオープンに作ることで自分たちのゲームのデータを変更できるようにしました。ロメロ氏のこの判断は正しく、実際にDOOM用の拡張を個人で制作するプレイヤーが多く現れました。つまり、DOOMは現代でいう「MOD」文化の火付け役といえるわけです。
ロメロ氏は記事の最後に「素晴らしい25年の歳月を過ごしました。私は、これまでのファンやDOOMを何度も取り上げてくれたゲームメディアに感謝しなければなりません。ジョン・カーマックを初めとする開発スタッフにも感謝しなければなりません。DOOMを可能にしたのは私たちの夢でした」と述べ、2018年のE3で開発が発表された最新作「DOOM Eternal」にファンと同様に期待しているとコメントしています。
なお、ロメロ氏は25周年を記念して、1993年に発売された初代DOOM向けの新しい拡張パック「SIGIL」を2019年2月に無料公開すると発表しています。
SIGIL Announcement - YouTube
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in メモ, ゲーム, Posted by log1i_yk
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