文字を刻んだ「版」を約7000個も用意していた中国語タイプライター
ワープロ(ワードプロセッサ)やPCによるワープロソフトとプリンターが普及するまで、文書作成の主な方法は「手書き」か「タイプライター」が主流でした。キーを打ち込むと文字が刻まれた「活字」が機械的にガシャンと動いて紙に文字を転写するタイプライターは、使う可能性がある全ての文字を用意しておく必要があるのですが、日本語はもとより、非常に多くの漢字を使う中国語のタイプライターはおよそ7000個もの活字を持つとてつもないものだったそうです。
Jamie Fisher reviews ‘The Chinese Typewriter’ by Thomas S. Mullaney · LRB 8 March 2018
https://www.lrb.co.uk/v40/n05/jamie-fisher/the-left-handed-kid
タイプライターの本当の誕生時期は定かではなく、多くの人々がその進化に寄与してきました。ある歴史家によると「タイプライターはおおよそ52回発明し直され、少しずつ使えるものになってきた」ともされるタイプライターですが、通説では1829年にウィリアム・オースチン・バートが特許を取得したTypographerが「世界初のタイプライター」であるとされています。
欧米でタイプライターが誕生したのには、「使用される文字が少ない」という言語的な背景があるとも考えられています。英語であれば「A」から「Z」までの26文字であり、大文字と小文字を合わせても52文字、そこに数字や感嘆符などを含めても100文字以下でほぼ全ての文字を網羅できるのは、「表音文字」であるアルファベットの利点といえます。
一方、一つの文字がそれぞれ意味を持つ「表意文字」を用いる日本語や中国語のような言語は、使われる文字の数が飛躍的に増加するという特徴を持っています。日本語の場合は、一般社会で使われるとされる常用漢字だけでも2136種類が存在します。さらに、漢字文化が生まれた中国では、漢字情報処理に必要とされる当用漢字だけでも5000~6000文字が選定されています。
そのため、日本語や中国語に対応するタイプライターは非常に多くの活字を用意しておく必要があります。「日本タイプライター株式会社」が製造していた日本語タイプライター「小型邦文タイプライターSH-280」は「小型」といいながらも以下のように非常に多くの活字を持っています。オペレーターはズラッと並んだ活字の中から目的の文字を探し出す必要があり、レバーを押し下げると活字が持ち上げられて上部のロールに巻かれた紙に文字が打ち出される仕組みになっています。
By miya
そのさらに上を行くのが、中国語タイプライターといえます。タイプライターメーカーの「Shanghai Chinese Typewriter Manufacturers(上海中文打字機製造廠)」が製造していた中国語タイプライター定番機「Double Pigeon(双鸽)」は2450個の活字を持つという、中国語タイプライターの中では「小型」とされるモデル。その操作はお世辞にも簡単とはいえず、入力速度を計測すると「2時間で100文字」という結果が出たこともあるそうです。
By Dadiolli
実際に入力している様子は以下のムービーで確認が可能。非常に多くの手間がかかっており、文字どおり「手で書いた方が速い」といえますが、正式な文書などを作成する際にはこのような手間をかけてキッチリとした文書にする必要がありました。
Crazy Chinese Typewriter - YouTube
実は、中国語タイプライターの原型は日本人によって作られたものであるとのこと。1920年代には「日本タイプライター」が製造していた中国語タイプライター「万能型」が中国に持ち込まれ、その後、1932年に満州国が誕生すると一気に中国語タイプライターが普及するようになりました。その頃には、大きなものでは7000文字あまりの活字を持つモデルも存在していたそうです。
その後、1945年の第二次世界大戦終結とほぼ同時期に満州国が終わりを迎えた後も「万能型」の正規品やコピー機が販売され続けましたが、その後、1950年代に入って設立された「Shanghai Chinese Typewriter Manufacturers(上海中文打字機製造廠)」から登場した「Double Pigeon(双鸽)」が広く使われるようになりました。
人間のオペレーターが高い記憶力で活字を探し出して複雑な機械で文章を書いていたタイプライターは、いわば「アナログの極地」ともいえる機械でした。その後、コンピューターが社会に浸透するようになると、製版プロセスはすべてデジタルデータとして処理できるようになり、活字の時代は過去のものとなりました。
現代では、中国語であっても欧米とほぼ同じキーボードで全ての漢字を入力することが可能で、入力方法には日本語と同じように音(ピンイン)を入力して変換する「発音記号入力」や、漢字の偏とつくりから文字を探し当てる「字画入力」などのほか、スマートフォンが普及するようになってからは指で画面にも字を書いて認識させる「手書き認識」や、口で話した言葉から文字に変換する「音声認識」などの種類が登場しており、誰でも簡単に文章を作成できるようになっています。
中国語入力方法 - Wikipedia
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