AI産業の拡大は「AIナショナリズム」の発展を促すのか?
by Julen Ruiz Luzuriaga
コンサートチケットのウェブ販売などを行うSongkickのCEOであり、ケンブリッジ大学でAIの研究も行っているイアン・ホガース氏は、「AI産業の発展が『AIナショナリズム』という新たな流れを生み出すだろう」と予測するブログ記事を公開しています。
AI Nationalism — Ian Hogarth
https://www.ianhogarth.com/blog/2018/6/13/ai-nationalism
ホガース氏は、AIの急速な進歩が新しい種類の地政学の出現を促進すると考えており、それを「AIナショナリズム」と名付けています。AI技術は産業や軍事、社会体制といった多くの面に関わる技術であるため、国家間におけるAI技術の差が新たな格差を生み出し、石油輸出国と石油輸入国のような地政学的要素の一つになると予測しているとのこと。
AI技術は画像認識や機械翻訳技術、囲碁や将棋といったゲームの分野で人間の想像を上回るスピードで成長を遂げていて、基礎的な研究分野だけでなく、Baiduの検索エンジンやFacebookにおける広告ターゲットの選定、Amazonで倉庫の自動化に応用されるなど、ビジネスの分野でも大きな成果を上げています。
「なぜAIは国家に影響を与えるのか?」という疑問について、ホガース氏は大きく3つの要素があると述べています。まず1つ目が、「AIの商用アプリケーションへの応用が多くの雇用を生み出す一方、既存の職業を奪う可能性がある」という点。AIは経済にダメージを与えかねない一方、有効に活用できた国は経済的な優位を得ることができます。2つ目が、「AIは軍事転用可能な技術であり、半自動兵器や自律型兵器を可能にする」という点。軍主導で積極的な投資をAIに行った国が、軍事的な覇権を得る可能性が考えられます。3つ目が、「AIの利用が科学研究全般を大きくスピードアップする」という点。研究の中でAIを積極的に活用することで、他国と比べて圧倒的な科学技術を手にすることも可能だとのこと。
また、非常に大きなAI企業であるGoogle・Apple・Amazon・Facebook・Baidu・テンセント・アリババといった企業は全て、アメリカと中国の2国に集中しています。巨大なAI企業が自国にあるのか、それとも海外に存在するAI企業の影響を受ける立場なのかによっても、AI産業の発展による影響は違ったものになります。中でも中国は、AI産業に対して国家をあげて注力すると表明しており、今後ますます自国のAI産業を発展させていくとしています。
中国が「AIドリーム」の実現に向けて推し進めるAI戦略について分析した詳細レポートが公開される
AI産業において信じられないほど巨大な非国家的主体が存在するという事実は、国家と企業間における相互作用を複雑なものにしていきます。アメリカでは伝統的に政府や軍が研究に多額の資金を提供し、民間企業は政府の援助を受けて研究を行い、製品を生み出してきました。ところが、従業員からの批判を受けたGoogleが「AI技術を兵器開発に使わない」と宣言するなど、アメリカにおける政府と企業との関係性は、企業が非常に強大な力を持ち始めたことによって崩れつつあります。
一方で中国においては自国の産業に対して保護的な規制を設けており、政府が企業に対して積極的に働きかけていくことで、中国企業がアメリカとAI産業で争える唯一の国となることを可能にしました。中国のAI戦略は非常に野心的なものであり、2030年までにAIの世界的リーダーになることを掲げ、「政府が収集した自国民のデータを企業が容易にAI開発に活用できる」「優秀な研究者を好待遇で中国の研究施設に迎え入れる」などのシステムも整えています。
一方で、中国のAI産業における弱点は「半導体」であるとホガース氏は分析しています。アメリカや韓国、台湾といった半導体分野のトップと比較すると、中国の半導体企業はそれほど大きなものではなく、アメリカと中国の間にある韓国や台湾といった国々は、半導体を巡る地政学的リスクにさらされる可能性があるとのこと。アメリカも半導体分野における優位を意識しており、半導体大手のQualcommがシンガポールに拠点を置く半導体企業Broadcomに買収されそうになった時、大統領令によって買収を阻止するなど積極的な介入を行っています。
AI産業におけるトップ企業は全世界的に事業を展開する多国籍企業が多くを占めますが、「自国内にAIのトップ企業が拠点を置いている」という事実は、国家に対して大きなメリットをもたらします。アメリカと中国の2国がAIのトップ企業を独占しているものの、企業が事業を展開するのはアメリカと中国にとどまらず、全世界的に企業活動を行い、収益を上げています。一方で、トップ企業が全世界からあげた収益から払われる税金のほとんどは、拠点を置くアメリカ、もしくは中国の2国にのみ払われることになります。
この「利益の再配分が不平等である」という点が、AI産業の発達により地政学的リスクが大きくなる要因でもあります。AIソフトウェアの大部分を供給する企業が拠点を置く国に大きな利益をもたらす以上、経済的に依存する形となる国家はその存在を無視することはできず、企業が大きく展開する後押しをせざるを得ません。「企業に対する国家の依存は、新たな形の植民地主義を作り出すでしょう」とホガース氏は述べています。
中国のITベンチャーであるCloudWalk Technologyはジンバブエ政府と提携することを2018年6月に発表し、ジンバブエにおけるインフラのセキュリティ設計を行うのと引き換えに、その過程で黒人の顔データを収集できるようになりました。中国が着々とAI戦略を国外に推し進めている一方で、アメリカも自国のAI産業を保護する動きを見せるだろうとホガース氏は予想しており、「GoogleやAmazonといった巨大企業に対するアメリカの独占禁止措置は実現しないだろう」と述べています。また、Facebookのユーザーデータが不正利用された問題で苦境に立たされたマーク・ザッカーバーグCEOは聴聞会で、「Facebookをつぶすことは、中国企業のさらなる躍進を後押しするだろう」というメモを準備していたとのこと。
では、アメリカと中国の2国以外の国々はただただ流れに身を任せるしかないのかというと、そうではないとホガース氏は主張しています。AIの進歩は世界人口に比べて非常に少ない人材によって推し進められており、AI研究の最先端に貢献する研究者は全世界に700人程度だとのこと。さらに7万人ほどがAIの技術を理解してビジネスに活用し、大きな利益を生み出すことに対して積極的に動いており、残りの70億人がAIによる利益を享受する立場にあるとホガース氏は見積もっています。
原子爆弾の開発を行ったマンハッタン計画は、従事した科学者の数に比べるとあまりにも多くの人々に影響を与え、その後の世界情勢にも大きく関与する結果をもたらしました。ホガース氏はマンハッタン計画で主導的な役割を果たしたロバート・オッペンハイマーやエンリコ・フェルミといった科学者の名を挙げて、才能あるAI研究者の存在がアメリカと中国のパワーバランスを脅かす結果をもたらす可能性もあると指摘しています。また、量子コンピューターのような隣接する技術やその他の政治的情勢によっては、イギリスやカナダ、シンガポールといった国々がAI産業における存在感を増すかもしれないとのこと。
イギリスのAI企業であるDeepMindは紛れもなくAIにおける最先端企業の一つでしたが、2014年にアメリカのGoogleによって買収され、その後AlphaGoを開発して世界的な注目を集めることになりました。このような反省を踏まえた結果、今後国家は自国のAI産業を守るために他国企業の買収を防ぐなど保護的な動きを増し、逆に他国のAI企業の買収に乗り出すといったナショナリズム的な行動を取るだろうとホガース氏は考えています。ナショナリズムが行き過ぎると世界に悪影響を及ぼしかねないため、ホガース氏は「ある程度ナショナリズム的な動きが活発になった後、緩やかにAIがグルーバルな公共財となることを希望しています」と述べました。
by Wilhelm Joys Andersen
AIが公共財として扱われるようになるには、アメリカや中国といった大国家のみがAI産業のパイを占め続けるのではなく、イギリスやシンガポール、カナダといった小さめの国々がAI産業における発言力を増すことが必要だとのこと。その一歩がOpenAIのような非営利のAI研究団体であり、AIによる世界的な格差を生み出してしまう前に、「長期的にはどのようにAI産業を発展させるのが理想なのか?」という点を考える必要があるとホガース氏は語っています。
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