脳の持つナビゲーションシステムを人工ニューラルネットワークが再現
by Penn State
動物の脳には、格子細胞と呼ばれる方向感覚や相対的な位置関係を認識する神経細胞が備わっています。格子細胞の働きによって、人間は直感的にある地点からある地点へのショートカットを行ったり、何となく歩いている付近の地図を脳内で描くことができたりするとのこと。そんな格子細胞の働きを、人工のニューラルネットワークを用いて再現することにAI研究者たちが成功しました。
Artificial Neural Nets Grow Brainlike Navigation Cells | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/artificial-neural-nets-grow-brainlike-navigation-cells-20180509/
人間を含む動物が持つ直感的なナビゲーション能力には、ノルウェーの神経学者エドワード・モーセル氏とその妻メイ・ブリット・モーセル氏によって2005年に発見された格子細胞が大きく関わっています。モーセル夫妻は格子細胞発見の功績を認められて、発見から9年後の2014年にノーベル生理医学賞を受賞しています。
イギリスのAI企業DeepMindのアンドレア・バニーノ氏とユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのキャスウェル・ベリー博士は、「脳のGPS」とも呼ばれる格子細胞に疑問を持ち、人工ニューラルネットワークを用いて格子細胞の働きを再現する研究を始めたとのこと。「格子細胞は自分がどのように動いたのかにもとづき、自分がどこにいるのかという情報を更新します」とベリー博士は語りました。
神経科学者らは、格子細胞が「経路統合」と呼ばれる外部の手がかりを伴わないナビゲーションシステムを有しているとしています。例えば、「コンビニの横を曲がり、2つ目の信号を過ぎたところ」という目印による経路ではなく、「30歩歩き、右へ90度曲がる」というようなナビゲーションを、格子細胞は認識するとのこと。
また、格子細胞は経路を認識するだけでなく、ある地点からある地点への移動にかかった距離を測定するといった機能を持っていることも、いくつかの研究で示されています。ベリー博士は「つまり、格子細胞は対象物と現在位置をもとにベクトルベースのナビゲーションを行うことができるのです」と述べています。
by Abhijit Bhaduri
AIの研究チームはディープラーニングとニューラルネットワークを使用し、格子細胞の役割を調査することにしました。試しにベリー博士らは短い距離で、経路統合の学習を行うニューラルネットワークを設定し、適切な人工ニューラルネットワークを構築できるかどうか見極めたとのこと。すると、人工のニューラルネットワーク内に出現した人工の「格子ニューロン」は、動物の脳に見られるものと非常によく似た格子状のニューロン発火モデルを出現させたそうです。
「これほどうまくいくとは」と驚いたベリー博士たちは、続いて人工の格子ニューロンを備えたシステムとそうでないシステムを用い、仮想環境の迷路を探索させました。すると、人工の格子ニューロンを備えたほうのシステムは、格子ニューロンを備えていないほうのシステムに比べてはるかに迷路探索能力が優れていたそうです。バニーノ氏によれば、格子ニューロンは目標位置の知識にもとづいてより短く、より直線的なルートを「ベクトルベースで」選択したとのこと。
「今回の研究で、格子細胞は経路のショートカットに使われるという説の証明ができたと思います」とバニーノ氏は述べ、生きている動物を使うのが難しい実験でも、AIを用いて仮想環境上で実験することにより、一定の結果を得ることができるとしています。
by Anders Sandberg
ベリー博士は「今回のAIを使って動物の神経回路について実験を行うという手法は、他の神経科学の課題に応用することが可能です」と語っています。例えば動物の四肢制御などの問題に対して、人工のニューラルネットワークを訓練し、ロボットアームなどを用いた実験を行うことで、生きた動物に対する洞察を深めることができるとのこと。
「必ずしも計算上得られた結果が、そのまま実際の動物にも使われているのかはわからない」という指摘もされていますが、少なくとも人工のニューラルネットワークで実験を行い、本当の生物に対する研究を進めるという手法については、大きく評価されています。
「DeepMindの研究者らは、今回得られた人工ニューラルネットワークによるナビゲーションシステムを、探検ロボットや自律式ドローンの性能を上げることに使うのだろう」と考える人々もいるかもしれませんが、バニーノ氏によれば今回の実験はより野心的な計画の第一歩であるとのこと。「ナビゲーションシステムは私たちが持つ知性の一側面に過ぎません。『脳』という最大の汎用アルゴリズムを作成することが私の目標であり、それ以外のことは考えていないのです」と、バニーノ氏は述べました。
by Bryan Jones
・関連記事
人工知能の第一人者が語る「人工知能が持つ可能性と危険性」とは? - GIGAZINE
カオス理論で知られる複雑な状況を「機械学習」によって正確に予測する技術が開発されている - GIGAZINE
ニューラルネットワークはどのように画像を理解しているのか - GIGAZINE
ディープラーニングを用いてAIに「皮肉」を理解させるという研究 - GIGAZINE
AIを実現する「ニューラルネットワーク」を自動的に構築することが可能なAIが出現 - GIGAZINE
・関連コンテンツ