サイエンス

セックスや食から得られる快楽とは違い芸術の快楽は特別だとする議論にバトル勃発

by Raffaele Franco

ソーシャルメディアやポルノ、砂糖などによって、人々が「次なるドーパミン」を得るために自由意志を手放した「思考を持たない快楽中毒者」に変わってしまい、問題を解決するためには芸術が必要であるとする論文がロンドン大学・ウォーバーグ研究所に所属する神経学者、ジュリア・F・クリステンセン氏によって発表されました。この論文により、「芸術による快楽は他の快楽とは一線を画するのか否か」という神経学者のバトルが勃発しています。

Why Scientists Are Battling Over Pleasure - The New York Times
https://www.nytimes.com/2018/04/10/science/pleasure-art-sex-food-drugs.html

ことの発端となったのは2017年に発表された以下の論文。

Pleasure junkies all around! Why it matters and why ‘the arts’ might be the answer: a biopsychological perspective
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/royprsb/284/1854/20162837.full.pdf

論文の中でクリステンセン氏は、快楽中毒者たちに解決方法としての「芸術」を示しています。芸術は、機能不全になった衝動の悪影響を上書きすることができるとクリステンセン氏は述べています。


クリステンセン氏の論文は、快楽について研究する多くの科学者の反感を買うことになります。2018年3月には神経美学について研究する心理学者のマルコス・ナダル氏と神経学者のマーティン・スコブ氏が「芸術が脳に対して与える影響は特別だというアイデアはあまりにも長い間持たれてきました。今こそこのアイデアを殺すべきです」と主張する反証論文を発表。

The pleasure of art as a matter of fact
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/285/1875/20172252.full

論文の中でナダル氏は「クリステンセン氏はアートによる喜びは食べ物やセックス、運動、ドラッグによる喜びとは違うと主張しました。しかし、彼女の主張は『芸術による喜びは発生や機能において、食べ物・セックス・ドラッグによってもたらされる喜びと違いはない』ということを示す数多くのエビデンスから作られています」と記しています。

by Samuel Zeller

2人の研究者の論文を受けて、今度はクリステンセン氏の擁護派である研究者がコメント。ペンシルバニア大学・医学大学院の神経学者であるアンジャン・チャタジー氏は「芸術による喜びが舌の上にのった砂糖と同じだと思いますか?」という内容をTwitterに投稿しました。チャタジー氏は過去に「The Aesthetic Brain: How we Evolved to Desire Beauty and Enjoy Art by Anjan Chatterjee(審美的な脳:私たちはどのようにして美や芸術の楽しみを望むように進化したのか)」という論文を書いており、「芸術の喜びは特別」派です。

Do you have an alternate idea? Do you think the pleasure is the same as a dab of sugar on your tongue? https://t.co/QYDwAtk4AC

; Anjan Chatterjee (@Anjan435)


芸術の神経学的な意味についての議論を行っている人々は、大別すると以下の3グループに分けられます。

1.芸術による体験は砂糖やセックスから得られる体験と神経生物学的には同じであるとするグループ
2.芸術作品を作ることや芸術を鑑賞することは、ユニークかつ神経生物学的な報酬を人に与えると考えるグループ
3.「そんなこと知らないよ」「そんなことどうでもいい」と考えるグループ

一方で、「芸術は特別派」「特別ではない派」の双方において、以下の点については合意が見られるようです。

ワインと同じように、芸術による喜びは「価格」「作者の評判」といった要素に影響を受ける。
・芸術の定義は困難であり、可能ではあるが定義は多岐に及ぶ。
・文化によって、芸術に対する「美しい」という感じ方は建築・風景・顔ほど一貫していない。顔に対する美意識が最も一貫している。

グループ1に属するナダル氏は、「体験を『どのくらい愉快か』『どのくらい不快か』と評価するシステムは、人間には1つしか備わっていないと考えられています」「これは過去15年の神経科学において最も重要な発見の1つです」と語っています。一方で、「神経システムが共有されているという観点から論ずるのはばかげたことです」「『ドラマを見る』『縦列駐車』といった行動は全て脳によって行われますが、だからといってこれらの行動が全て同じ意味を持つわけではありません」と反論する研究者も存在します。

クリステンセン氏は「1つの報酬系によって全ての喜びが処理される」という主張に対して異議を唱えていませんが、芸術活動によって記憶処理・自意識・思考に関連する神経系が活性化され、他のものとは異なる喜びが追加される可能性を示唆しています。このような「高度な喜び」はさらなる科学研究を要する部分ですが、報酬系が1つであるから喜びは全て同じだと考えるなら「なぜ実現なくして得られない喜びがあるのか」「どうして食べ物や芸術からはオーガズムが得られないのか」という疑問が残ります。

by Matheus Ferrero

インディアナ大学ブルーミントン校のセクシャルヘルス促進センターの代表であるデブラ・ハーベニック氏によると、熟したトマトを食べたりエロティックでない文章を読んだりすることなどでオーガズムが生じる事例はあるとのこと。しかし、これらがなぜ起こるのかは科学的にはっきりしておらず、言えるのは「快楽について科学的に理解されていないことは驚くほどに多い」ことだとハーベニック氏は語っています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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