サイエンス

抗菌・殺菌成分が入った「薬用石けん」は益どころか害になるおそれ

By Jasper Nance

薬用石けんには抗菌・殺菌作用を持つ「トリクロサン」「トリクロカルバン」という化学物質が使われています。手洗いは病気を防ぐ重要な習慣として浸透していますが、薬用石けんを使って手洗いをすると、感染症の危険増加・耐性菌の増殖・環境汚染など、かえって悪い効果の方が高くなってしまうという研究結果がいくつも発表されています。欧州ではトリクロサンを含む製品の販売禁止も始まっており、アメリカの薬用石けん市場が完全消滅するかもしれない事態について、Ars Technicaがまとめています。

Mounting data suggest antibacterial soaps do more harm than good | Ars Technica
http://arstechnica.com/science/2016/04/mounting-data-suggest-antibacterial-soaps-do-more-harm-than-good/

◆トリクロサンの安全性
薬用石けんなどに含まれるトリクロサンは、数多くの市販製品に使われている抗菌・殺菌成分ですが、近年では、トリクロサンが持つ危険性を指摘する研究が報告され始めています。薬用石けんの使用は感染症の危険増加・腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)の変化・耐性菌の増殖・環境汚染を増加させる恐れがあるとのこと。

マーケット大学のパトリック・マクナマラ博士もトリクロサンの研究者の1人。マクナマラ氏によると、トリクロサンを含む石けんの殺菌効果を得るには、数分かけて行う長時間の手洗いが必要で、多くの人が行う「数秒間の手洗い」では不十分とのこと。医者が手術前に数分間手洗いするのは有効であることが認められていますが、「30秒間の手洗いでは、通常の石けんと薬用石けんのどちらを使っても大きな差は見られない」という調査報告も報告されています。益より害になる可能性から、トリクロサンの使用の見直しが求められています。

アメリカ食品医薬品局(FDA)はトリクロサンを「安全な物質」と定めていましたが、近年の研究報告を受け、トリクロサンの安全性の再確認に動いています。FDAは各メーカーに対して、薬用石けんの利用による殺菌効果が、通常の石けんより健康的であることを示すデータを求めています。提出されたデータがFDAの基準を合格するかどうかは不明ですが、FDAはトリクロサンに関する調査結果の発表を2016年9月に行う予定。もしトリクロサンの使用が禁止されれば、各メーカーは年間55億ドル(約6000億円)の売上げを放棄することになるかもしれません。

By Lucille Pine

◆トリクロサンの悪影響とは
石けん以外にもボディソープ・シャンプー・歯磨き粉・化粧品・家庭用洗剤など、いたる製品に使われているトリクロサンですが、経口・皮膚を経由して簡単に体内に浸透する性質を持っています。トリクロサンは人々の尿・血液・鼻水・母乳などに滞在し、ミシガン大学の調査では、90人中37人(41%)からトリクロサンが発見されています。ラットを使った研究では、トリクロサンに露出されるとブドウ球菌の侵入に弱くなることが判明。トリクロサンはたんぱく質に付着しやすい傾向を持つため、ブドウ球菌を侵入させる「ステッカー」になり、果ては感染症のリスクにつながります。

ゼブラフィッシュを使ってトリクロサンの腸内細菌叢の影響を研究したオレゴン州立大学によると、トリクロサンが持つ抗菌効果により、ゼブラフィッシュの腸内環境が劇的な変化が見られたとのこと。トリクロサンが母乳に含まれることから、母親から子どもの体内にトリクロサンが移動することもわかっています。テネシー大学ノックスヴィル校の研究では、トリクロサンが母子両方の腸内細菌叢に影響を与えていることもわかっています。腸内細菌叢の微生物的変化によって既存の抗生物質に耐性ができてしまう恐れもあり、テネシー大学ノックスヴィル校は引き続き追跡調査を行う予定です。


トリクロサンの生体に対する数々の悪影響が報告されている一方で、マーケット大学のマクナマラ博士は「尿から排出されたトリクロサンは、配水管を通って下水処理場にたどり着きます」と指摘。下水処理場に流されたトリクロサンは、下水中の微生物体系をめちゃくちゃにしてしまい、下水処理能力の低下を招いているとのこと。トリクロサンが下水に含まれる「mexB」と呼ばれる微生物の遺伝子を変化させるのですが、mexBはトリクロサンや抗生物質を排除する働きを持つようになるためです。また、トリクロサンに次いで薬用石けんに使われる「トリクロカルバン」も、微生物群に同様の変化を引き起こすことがわかっています。

マクナマラ博士は「トリクロサンなどが作り出したスーパー微生物は、下水処理場から環境へ流出していきます。潜在的に野生動物や、巡り巡って人間にも危険を与える可能性があるでしょう」と話しています。FDAがトリクロサンなどの抗菌成分を禁止するかどうかは不明ですが、マクナマラ博士はトリクロサン製品の使用をストップする消費者選択が、最も強力な対策になると考えています。マクナマラ博士は「不要な化学物質を使わなくても、私たちは通常の石けんやエタノール消毒液で衛生を維持することができます」と述べています。

By K Schneider

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
バクテリアが体を清潔に保ってくれてシャワーいらずの「バクテリアミスト」を1ヶ月間使うとどうなるか - GIGAZINE

抗生物質が効かない悪魔のスーパーバグがどれくらい怖い存在なのか理解できるムービー「The Antibiotic Apocalypse Explained」 - GIGAZINE

薬物耐性を持つ多剤耐性菌「MRSA」に1000年前から伝わる薬が効果大という恐るべき事実が判明 - GIGAZINE

中国で見つかった最強の抗生物質コリスチンに耐性を持つ細菌がついに他国にも飛び火 - GIGAZINE

宝石のように見えるが石けんの「Savons Gemme」を使ってみました - GIGAZINE

ベーコンからできる自家製の石けん「ファイトクラブソープ」の作り方 - GIGAZINE

指の汚れがよく落ちそうなゲームコントローラー型の石けん - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by darkhorse_log

You can read the machine translated English article here.