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映画「スティーブ・ジョブズ」に描かれなかったAppleの真実とは?

by kevin

2013年11月1日に公開された映画「スティーブ・ジョブズ」はAppleの共同創設者スティーブ・ウォズニアック氏によって「ジョブズの映画は間違っているところがたくさんある」と指摘されていますが、本当のジョブズはどのような人柄だったのか、そしてAppleやウォズニアック氏との間にどのような歴史があったのかが、女優カルメン・ペレスさんのGoogle+上に書き込まれたウォズニアック氏自身のコメントによって明らかになっています。

Carms Perez - Google+ - 5 months ago exactly I asked you all what you guys thought…
https://plus.google.com/+CarmsPerez/posts/cDK6ZNpZ6YH

ウォズニアック氏は1973年に大学を休学しヒューレット・パッカードに入社、電卓設計からキャリアをスタートさせました。電卓の他にもSMPTEタイムコードやホテルの映画システム設計など多くをこなし、当時アタリで働いていたスティーブ・ジョブズからの依頼でピンボールゲームを設計したこともあります。ウォズニアック氏がApple Iの設計を始めたのは1975年で、半年間かけて簡易で安価なコンピュータ回路を一から設計したのですが、5回の作り直しを要し、それをジョブズが商品化したとのこと。自身が設計したゲームについてウォズニアック氏は「ジョブズは私の作ったゲームを使ってアタリ社で職を得たが、彼がエンジニアやプログラマーであったことは一度もない」と語りました。

またウォズニアック氏はシリコンバレーで結成された初期のコンピュータを趣味とする人々の団体ホームブリュー・コンピュータ・クラブに結成当初から所属してましたが、当時のジョブズはその存在すら知らなかったとのこと。ジム・ウォーレンのようなスタンフォード大学のインテリや、反戦運動に利用するためのコンピュータを構築したリー・フェルゼンスタインのような人物から感銘を受けたウォズニアック氏が「『コミュニケーションや教育・産業などあらゆる点でコンピュータは生活を変える』と信じている人の役に立てば」と思いクラブのミーティングで自分の設計したコンピュータについて話し、メンバーから支持を受けるなど、ジョブズがクラブの存在を知る前のクラブでは既にさまざまな動きがありました。

by Mitch Altman

そして1週間がたった頃「ウォズニアック氏がジョブズを」クラブに連れていき、「ウォズニアック氏がジョブズに」Apple Iは人類の役に立つとして、コンピュータを小学校に取り入れようとする女性に寄贈するように求めたところ、ジョブズはウォズニアック氏にコンピュータを自分で買い取るように言い、ウォズニアック氏は自ら買い取ったApple Iを寄贈しました。

また、ウォズニアック氏が疑問視しているのは彼がビートルズのアルバムを持っていないにも関わらず、なぜ映画ではボブ・ディランがジョブズの音楽で、ビートルズがウォズニアック氏の音楽として描かれているのか?ということ。

ジョブズとウォズニアック氏が出会ったのは2人がヒューレット・パッカードでインターンとして働いている時ですが、その時ウォズニアック氏はボブ・ディランに夢中で、全てのアルバムの正規版を持っていました。ディランの有名な曲をいくつか知っていたジョブズは「何も持ってないということは、何も失わないということだ」と口ずさんでおり、それを見たウォズニアック氏は海賊版のレコードを買うためにジョブズをレコード・ショップに連れていき、ディランの言葉や写真・記事などが載っている雑誌を見せてジョブズをディランに傾倒させたとのこと。ウォズニアック氏は深夜に正規チケット屋でチケットを購入し、ジョブズと2人でディランのコンサートに行ったこともあるそうです。2人が知り合って間もない時期にウォズニアック氏が「ディランとビートルズのどちらかがいいか」と尋ねたところ、「重要な物は思慮深さを持っている」と考えていたジョブズと「ディランの方が重要である」という結論に達しました。


さらに、映画は全てのコンピュータをジョブズが開発したかのように描いていますが、これは嘘です。Apple IIはウォズニアック氏が独力で開発し、製品化は非常に小規模でしたが、Apple創設から10年間は、ほぼ唯一の収入源として会社を支えました。映画では当時Apple役員がMacintoshに対するジョブズの功績を認めておらず、売上が落ち始め、過剰在庫に悩まされて初めて誰かが会社を救う必要が出てきたかのように描かれています。しかし実際はMacintoshが売れるようになるまで何年間もApple IIが会社を支え、ジョン・スカリーや他のメンバーが仕上げを行うことでMacintoshは道を開いたのです。

そして映画ではジョブズがMacintoshのチームを率いていたかのように見えますが、当時のチームにいたメンバーの多くは「2度と彼のために働きたくない」と語っており、ジョブズの尊大さや、Macintoshのライバルであるからといって彼がAppleの収入源であるApple IIをダメにしようとしたことは描かれていません。

by kevin

つまり、映画では全体像が描かれていないのです。

確かにジョブズは独特で、彼の言葉は人のやる気を起こさせましたが、コスト以上の売上を得る人気商品を作るためには実行するための技術と実際に商品を作ることが大切です。映画でジェフ・ラスキンは悪く描かれていましたが、使いやすいコンピュータというアイデアはあらゆる面で彼から生まれたものですし、もし映画の観客が投資者やストックホルダー、重役のマイク・マークラをジョブズの引き立て役のように思ったのならば、それは間違いです。

ジョブズの開発したOS Xは称賛に値するものですが、iPodが発売されるまでジョブズはAppleで成功していませんでした。Appleやジョブズについて、人々が見たかったのは、このような全体像であり、公開された映画は結局、一面的なイメージしか提供できていないとウォズニアック氏は語っています。

by Revol Web

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in メモ, Posted by darkhorse_log

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