サイエンス

「実名必須のインターネット」になれば議論の質が向上するのか?


インターネットで日々さまざまなトピックに関する議論が巻き起こる中、一部の人々は「匿名のインターネットでは建設的な議論ができないため、インターネットは実名必須にするべき」と主張しています。ところが、実際に「完全な匿名」「特定アカウントに紐付いた匿名」「完全な実名」の3段階で発生した議論を分析した研究からは、最も建設的な議論が行われたのは「完全な実名」環境ではなかったことがわかっています。

Deliberation and Identity Rules: The Effect of Anonymity, Pseudonyms and Real-Name Requirements on the Cognitive Complexity of Online News Comments - Alfred Moore, Rolf Fredheim, Dominik Wyss, Simon Beste, 2021
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0032321719891385


Online anonymity: study found ‘stable pseudonyms’ created a more civil environment than real user names 
https://theconversation.com/online-anonymity-study-found-stable-pseudonyms-created-a-more-civil-environment-than-real-user-names-171374

インターネットにおける匿名性は、社会的・法的な差別を恐れずに発言できるという点で価値があります。たとえば、性的マイノリティを抑圧するような宗教コミュニティに属している人でも、匿名であれば自らの性自認について恐れることなく発言することが可能です。

その一方で、匿名性を悪用して安全圏から他人に暴言や中傷を吐くこともできてしまうため、インターネットの匿名性が言論空間に悪影響を及ぼすという声もあります。また、匿名だと実生活に影響を及ぼさずに好き勝手なことが言えるため、匿名空間では市民的かつ建設的な議論がしにくいという指摘もされています。


イギリスのヨーク大学で政治学講師を務めるアルフレッド・ムーア氏らの研究チームは、匿名性がどれほど議論の質に影響を及ぼすのかを調べるするため、2013年1月~2015年2月にオンラインメディアのハフィントン・ポスト(現ハフポスト)のニュース記事に寄せられた約4500万件ものコメントを分析しました。

この調査期間の間、ハフィントン・ポストは「記事のコメント欄に誰でも匿名でコメントを書き込める状態(完全な匿名制)」から「アカウント登録制の匿名でコメントを書き込める状態(登録された匿名制)」に移行し、最終的に「実名制SNSであるFacebookアカウントでコメントを書き込む状態(完全な実名制)」になりました。


まず、「完全な匿名制」の状態では、モデレーターによってブロックされたユーザーが、すぐに名前を変えてコメントを書き込むことができました。

そこでハフィントン・ポストは、Facebookアカウントを使用したアカウントの認証制度を導入。これにより、記事へのコメント自体は匿名で投稿可能なものの、プラットフォーム側は個々のアカウントを識別できるようになり、攻撃的な行為などでブロックされると次のアカウントが作れないようになりました。

最終的に、ハフィントン・ポストはコメントシステム自体をFacebookにアウソーシングし、ハフィントン・ポスト上でのユーザー名がFacebookアカウントの実名に置き換えられました。つまり、この3段階におけるコメントの質を調べることで、「完全な匿名制」「登録された匿名制」「完全な実名制」のどの状態で質が高い議論が行われていたのかがわかるというわけです。


分析の結果、暴言や不快な言葉の使用は、「完全な匿名制」から「登録された匿名制」に移行した段階で大幅に減少したことが判明。ムーア氏はこの発見を、軽微な犯罪を取り締まると重大な犯罪を減らせるという「割れ窓理論」になぞらえて、環境をクリーンにすれば全員の行動が改善されると説明しています。

さらに、単語の長さや因果関係を示す単語(「because」など)、暫定的な結論を示す単語(「perhaps」など)といった個々のコメントの特徴を分析し、それぞれのコメントの「認知的複雑性」を測定しました。コメントの認知的複雑性は、それぞれのコメントがどのような文脈で発生したものかは特定できませんが、会議の質を測定する上で優れた指標になることが知られています。

コメントの認知的複雑性の推移を調べたところ、最もコメントの質が高かったのは「登録された匿名制」の段階であり、「完全な匿名制」から移行した後に議論の質が大幅に改善したことが示されました。しかし、「登録された匿名制」から「完全な実名制」に移行したところ、コメントの質は悪化してしまったとのこと。この結果は、「インターネット空間から匿名性を排除して実名に移行すれば、質の高い議論が可能になる」という見解に反するものです。


「登録された匿名制」で最もコメントの質が高くなるメカニズムは不明ですが、ムーア氏は「ひとつの可能性としては、固定的なペンネームの下で、ユーザーは主に聴衆として『仲間のコメンテーター』に向けてコメントをするということです。そして、他のプラットフォームでも示唆されているように、彼らはフォーラム内での自分の評判を気にするようになるのでしょう。一方で実名環境ではこの力学が変化する可能性があります。他のハフィントン・ポストの読者だけでなく、Facebookの友達も見ることができるコメントをする場合、発言が変わるのはもっともらしいことに思えます」と述べました。

ムーア氏は、重要なのは匿名なのか実名なのかではなく、ユーザーが自らの「ペルソナ」に投資し、特定のフォーラムにおける行動に責任を持っているかどうかだと指摘。たとえ実名でなくても、個々のユーザーがひとつのアカウントに紐付いており、他のコメントや振る舞いと結びつけられて評判が上下する状況であれば、礼儀正しく建設的なコメントが増える可能性があると考えられます。

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in ネットサービス,   サイエンス, Posted by log1h_ik

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