取材

栃木で進行中の世界最高加速のモンスターEV「アウル(Owl)」開発プロジェクトとは?


栃木県の某所で、世界最高の加速性能を持つ電気自動車(EV)が開発されています。しかも開発するのは自動車関連メーカーではない企業で、文字通りゼロからわずか数年で世界記録を狙うとのこと。停止状態から時速100キロメートルまで2秒というぶっ飛んだスーパーEVとは一体どんな物なのか、取材してきました。

人材派遣・紹介 受託開発のアスパーク
https://www.aspark.co.jp/

新鹿沼駅ほど近くの指定された場所に到着すると、なんと一軒家でした。


尋ねると、確かにここが株式会社アスパークのEVプロジェクトの開発拠点で間違いないとのこと。さっそく潜入開始。


◆開発者インタビュー(前編)
世界最高加速のEVの開発プロジェクトについて、開発者にいろいろと聞いてきました。取材に応じてくれたのは、前列左から、株式会社アスパークCEOの吉田眞教氏、プロジェクトマネージャーの島崎正己氏、後列左から開発メンバーの川中清之氏、西村恭介氏。


GIGAZINE(以下、「G」と表記):
世界最高加速の電気自動車(EV)を作っていると聞きました。まずは、プロジェクトを立ち上げたきっかけを教えてください。

吉田眞教氏(以下、「吉田」と表記):
私は今は技術者の人材派遣会社を経営しているのですが、もともとは「モノ作りをしたい」という思いがありました。もちろん、何もない状態では始められないので、いろいろなところで技術を学んで、それからモノを作れば良いじゃないか、ということでたまたま始めたのが人材派遣の仕事だったのです。

会社の規模や技術者の数などを考えて、ようやく投資できるとなったのが今から2、3年くらい前でした。そのときに、ロボットを作るのか、飛行機を作るのか、自動車を作るのかなど、いろいろ考えた結果、自動車になりました。というのも、弊社の技術者に自動車を各メーカーで開発しているメンバーが多かったことや、私が乗り物が好きなこともあったので。まず自動車を作ろうと決めて、そこからスタートしたのです。

ただ、単純に自動車を作りました、というだけではダメでビジネスにしなければいけません。趣味で作るのではなくビジネスとしてモノづくりをしたい。自動車作りとしては後発で弱小でもビジネスとして成り立たせるためには、何かしらの「称号」がいる。やっぱり「世界一」の称号が欲しい。私が子どもの頃からスポーツカーが好きだったこともあって、やっぱり速いクルマが欲しい、速いクルマを作りたい、となったのです。


G:
世界一の速さが必要だと。

吉田:
はい。当初から、「世界一速いクルマ」というイメージを持っていました。それを島崎さんに伝えたところ、「速さ」といっても最高速や加速などあるけれど、どちらですかと言われましたが、時速300キロメートル、400キロメートルといっても現実問題として意味がないなと思いました。日本はもちろん世界でも、最高速にトライできる環境というのはほとんどありませんから。それなら、加速の方で、「0-100(ゼロヒャク)」(停止状態から時速100キロメートルまでのタイム)で世界一を目指そう、ということになったのです。

それに、最高加速の方が分かりやすいという面もあると思いました。ヨーイドンでスタートして、フェラーリを置いてけぼりにする姿は痛快で、楽しいのではないか、と。

G:
F-1よりも速いと言うことですよね。走らせるドライバーは大変そうですが……。

島崎正己氏(以下、「島崎」と表記):
大変でしょうね。(体が)シートに張り付くと思いますよ。

G:
人材派遣会社のアスパークがゼロからEV、それも世界最高加速のEVを作ろうということですよね?人材の面だけでなく技術的にもやれるだろうという自信があったのですか?

吉田:
2年ほど前に島崎さんと出会いました。そのときすでに世界最高加速の自動車を作るという計画自体はあったのです。そこで、島崎さんに「ウチの会社でクルマを作ります。電気自動車を作るのです。だから一緒にやってください」という話をして、島崎さんに「分かりました」と言ってもらい、アスパークに入社してもらったのです。そうすると……

島崎:
まったく何もない状態だったのです(苦笑) 「メンバーは?」と聞くと、社長は「(私)一人です」と。それはもう、びっくりしましたよ。

国内大手自動車メーカー出身の島崎氏。


吉田:
ウソはついていないんですよ。僕の中では、いろいろ調べていましたから。

島崎:
アスパークのホームページには「EVを開発する」とあったのですが、何もなかった(笑)

吉田:
僕ね、人との巡り合わせに関しては"引き"が強いんです。島崎さんと出会って、ゼロの状態から何を作ろうかと相談して、最終的には世界一の加速を持つEVを作ろうと決めたのです。

島崎:
ビジネスにしなければいけない、ということで、最初、私は「農機具」を提案したんですよ。

G:
農機具。トラクターとかですか?

島崎:
そうです。農業用トラクターなどを電気自動車にする需要があるのではないか、ビジネスになるのではないか、と。けれど、提案したところ社長には「ヤダ」と言われました。即、却下です(笑)

吉田:
まったく興味が沸かないと答えました。

島崎:
自動車メーカーにいた頃は、ビジネスとしてどういうターゲットに、どういうモノを出せば、どれくら利益が上がるかということをやっていたのです。そこで農機具にはチャンスがあるのでは?と考えて……

G:
当初、「世界一速いクルマ」ということは伝えてなかったのですか?

吉田:
ええ。そこで「速いクルマを、スポーツカーを作りたいんだ」と言ったら、島崎さんは「そんなのは売れない。無理だ。調べさせてくれ」と。そこから1カ月間調べて。あれで1カ月間、無駄にしましたよね?


島崎:
決して無駄では……。

吉田:
「絶対買う人がいる」と言ったのですが、「調べないと、納得しないですから」と言って。あれで1カ月無駄にしたようなモノですよ。

島崎:
心の整理も必要だったんですよ(笑) そこで、ターゲットユーザーを調べて、ベンチャー企業の社長などにクルマ好きがいることが分かった。ちょうどスーパーカー世代というか、40代前半からの世代の成功者にクルマ好きが多い。調べてみて、「あ、いるのだ。マーケットがあるんだ」と気づきました。ウチの社長もそうだし、こういう自動車を好きな人がいる。だったらスポーツカーはいけるのでは、とだんだん確信に変わってきて。

G:
最高加速として、「0-100を2秒」という基準はどうやって決まったのですか?

吉田:
0-100の速い自動車を調べあげた上で、当初、僕は「1.5秒くらい(を目標)で」と言っていました。

G:
1.5秒!?失礼ですが、それは思いつきでしょうか……?

吉田:
0-100加速の記録は10年くらい前から2.5秒でずっと止まっていて、なんとなくですが、今後、速いクルマが続々と生まれるだろうな、速度競争が始まるんだろうなと思ったのです。もし、そうなったとしても勝てるように、ダントツの目標として「1.5秒」と言ったのです。そうすると、周りのみんなは「タイヤが……」とかいろいろと注文をつけるので、じゃあ妥協して「2秒で」となったのです。

G:
妥協して2秒なのですか!?

吉田:
ええ。今でも1.99秒を出して欲しいと思っているのです。

G:
あのヴェイロンでも0-100は2.5秒ですが、2秒切りですか……。

吉田:
でも、いずれ出てくると思いますよ。いつかは出ると。先に記録を出されてしまって自分たちのクルマが二番煎じになってしまうのは避けたい。それがリスクなので、早く完成させたいというのがあります。

G:
0-100加速2秒達成のタイムリミットは「2017年」だと聞きました。EV開発の期間としてはかなり短いと感じるのですが、期限を決めた理由があるのですか?

吉田:
一番の「リスク」は、先ほど言ったとおり、開発したEVよりも速いクルマが出てしまうことだと考えているのです。「世界一」という称号をどうしても取りに行きたいので、2秒を達成しても世の中に1.9秒のクルマが出てくればまったく意味がなくなってしまうのです。世界一を達成して、さらにそのEVを販売するとなれば、スケジュールは前倒しにせざるを得ないということです。

G:
島崎さんは吉田さんに「2秒」と言われてどう感じたのですか?

島崎:
まず無理だと思いました。特にウチの会社は2年前に私が入社したときにはペーパー(資料)1枚なかったですからね。そこから世界一ですから。


G:
無から世界一ですものね……。吉田さんと島崎さんの二人でスタートしたEV開発プロジェクトは、その後、どういう経過をたどったのですか?

吉田:
当然、アスパークだけで作れるわけもなく、協力してくれる人や企業を島崎さんに調べてもらって、いろいろなところにアプローチしました。電話、メール、あらゆる手段をとったのですが、なかなか良い返事が返ってこない。

G:
あまりにも無謀な話ということですか?

島崎:
相手にしてくれないところもありましたね。

吉田:
かなりの数の企業に声をかけて、何社からか返事をもらって。そして、ある会社と一緒にやろうとなって開発を始めたのですが、実際に作るとなったときに「やっぱり無理です」と言われました。技術的に難しい、と。ギブアップされてしまって。どうしようとなって、再度、いろいろな会社にアプローチをし直したところ、イケヤフォーミュラさんが、「何だか面白そうだ。本当にやるの?」と興味を持ってくれた。「趣味でやるのではなく、ビジネスとしてやるのです」と答えると、「分かりました。ではやりましょう」と言ってくれたのです。

東京モーターショー2013で展示されたイケヤフォーミュラの「IF-02RDS」。イケヤフォーミュラは、国内の自動車メーカーはもちろん、世界中の自動車関係者の注目を集めるエンジニア集団です。


吉田:
けれど、その時点ではイケヤフォーミュラさんも「本当にやるのかな……」と思われていたと思いますよ。そこで、2015年の夏にイケヤフォーミュラさんのすぐ近くのこの建物を借りたのです。

G:
そのころ栃木にはアスパークの営業所はなかったのですよね?

吉田:
ないです。これはEVのためです。

G:
それは本気だというのが伝わりますね。

吉田:
ここを借りたときに、イケヤフォーミュラさんには「あ、本当なんだ」と言われましたね(笑)


◆イケヤフォーミュラ訪問
ということで、アスパークの開発拠点に近いイケヤフォーミュラに場所を移し、イケヤフォーミュラの開発陣にも加わってもらい、話を聞かせてもらいました。


株式会社イケヤフォーミュラ
http://www.ikeya-f.co.jp/


取材に応じてくれた世界最高加速プロジェクトに参加するメンバー。前列左から、イーグル技研の堀江英雄氏、イケヤフォーミュラの寺岡正夫氏、後列左から2番目がイケヤフォーミュラの眞島薫氏、後列右から2番目がイケヤフォーミュラ代表の池谷信二氏。


G:
アスパークとイケヤフォーミュラのタッグで世界最高加速のEVを開発していると聞きました。マシンの開発状況を教えてください。

池谷信二氏(以下、「池谷」と表記):
EV関連企業の大手メーカーから、ある会社が最高加速のEVを作ろうとしているというのを聞いていました。すごいことをしているという噂は聞いていたのです。その後、島崎さんから連絡をいただいて、こういう計画がある、と。まさかうちでやるとは考えていなかったのですが、あれよあれよという間に動き始めたという感じです。

このプロジェクトでの、アスパークさんとウチ(イケヤフォーミュラ)の最終的な目標は、「世界をあっと言わせる」ということです。0-100「2秒」という壁は、非常に難しいものです。小さなクルマならまだしも、車格のあるクルマだと、2秒というのは非常に難度が高くて、普通のことをやっていてはとうてい無理です。さらに、「0-100・2秒」の先のことも考えながら、いろいろな仕組みを作っているところです。

G:
0-100・2秒というモードだけではなく、普通に走れるモードにも切り替えられるのですか?

寺岡正夫氏(以下、「寺岡」と表記:
もちろん想定しています。すべてのメカニズムをやり直すのではなくて、最高加速を実現した技術を活かして、次のステップに進めるような設計にしています。

堀江英雄氏(以下、「堀江」と表記):
エネルギーの使い方は、航続距離300キロメートルのクルマと2秒だけ最高加速で走るクルマとでまるっきり違いますが、「軽く・強く」作らなければならないという点はまったく同じなのです。

寺岡:
EVの世界には「パワー密度」と「エネルギー密度」という2つの概念があります。簡単に説明すると、「エネルギー密度」というのは単位重量あたりどのくらいのエネルギーを持っているのかということです。ところが大きなエネルギーを持っていても、少しずつしか出せないというのでは最高加速は実現できません。そこで、単位時間あたりにどれくらいのエネルギーを出せるかという「パワー密度」が重要になってくる。現時点では、エネルギー密度とパワー密度を高い次元で両方備えているものは世の中にありません。そこで、その両方を満たす先端研究が求められているのです。

エネルギー密度とパワー密度を両立することができると世の中が便利になります。マスメディアは「電気自動車は非常に良いものだ」と思っているけれど、実は「不合理の塊」のようなもの。今のところ、不合理の塊です。環境にも良くないし。しかし、エネルギー密度とパワー密度を両立できるEVができれば、本当の意味で環境に良い電気自動車ができる可能性があります。


池谷:
今、バッテリーはすごい勢いで進化しています。来月にはまた新しいシステムが出ているというような状況なのです。それをずっと追いかけている。

堀江:
EVは車内の冷暖房を効かせた状態では航続距離が短くなります。暖冷房のエネルギーは走るエネルギーよりも大きいですから。特に冷房が厳しい。「あと20キロメートルしか走れない」、となったときに暖冷房を切らなければいけないのです。エネルギー密度が今の3倍良い電池ができなければ電気自動車の時代は来ません。

寺岡:
今の予測では10年後のEV普及率は1%というのが支配的です。アスパークさんの技術者が日本中の大学の研究室を駆け回って情報収集しているところですが、エネルギー密度とパワー密度を両立するようなバッテリーができれば、この数字は大きく変わり得ます。

G:
世界最高加速のEVの開発は理論の部分が大きいということでしょうか?

池谷:
開発では、理詰めにあったやり方をしています。ある程度、理論上で2秒を実現できる形を作った上で、実際にモノづくりをしていく。ただ、まだ見えないところはたくさんあるんですが、一つ一つ解決してしていこうと考えています。

吉田:
そういうパワーユニット(動力部分)の実験と、車体デザインの設計が並行して行われています。車体デザインが決まると、車体の開発が行われて、その後、パワーユニットが載せられるという流れです。骨組みだけのクルマで、0-100・2秒の性能を出せるのかという試験が2016年6月、7月くらいに行われる予定です。

寺岡:
実際に走らせるまでに、物理的にそれが可能なのかを実証するために、クルマの質量と同等のフライホイールを2秒間回すという先行テストを今、やっているわけです。出したエネルギーをどういう風にタイヤに伝えるかというのは既存の技術で対応できますから。

池谷:
クルマの制作はウチでやらせていただくのですが、みなさんの力を活かしていただいて、世界をあっと言わせてみたいと考えています。期限もそれほどあるわけではなくて、2秒を達成して、来年度(2017年度)のモーターショーに出展するというのが目標です。

G:
モーターショーというのは東京ですか?それとも海外ですか?

吉田:
もちろん東京も考えていますが、海外の可能性もあります。ドバイとか。

G:
日本では法規制などの問題で売れないのですか?

吉田:
それよりも購買層の問題です。

G:
ものすごい値段のスーパーカーを趣味で買える人がターゲットとなると、中東になるということですか。

吉田:
はい。

池谷:
間違いなく(その層の自動車好きは)います。この系統のクルマはある種、「お金を生む」世界なのです。投資対象になる。私たちが2013年の東京モーターショーで出展した「IF-02RDS」というクルマも、すでに注文を入れている人が複数人います。みんな値段も聞かないで(笑)

IF-02RDSの5分の1模型。


G:
すごい世界があるのですね……。ところで開発するEVの名前は決まっているのですか?コードネームレベルでも良いのですが。

吉田:
まだ悩んでいるんですけれど……。最初はアタランテーにしたかったのです。ギリシア神話に出てくる世界一速い女神。ところが、すでにアタランテーというクルマがあったんです。100年くらい前に。二番煎じになるのはイヤなので、フクロウの「アウル(Owl)」にしようと考えています。静かなクルマでしょうし。まだ、ずっと悩んでいるのですけれどね……。

アウル(仮称)のイメージ画像。この画像は、ほぼ最終デザインに近い状態だそうです。


真剣な技術論のぶつかり合いだけでなく、笑いがあふれるアウル開発談義の後、パワーユニットの開発現場を少しだけ見学させてもらいました。


・実験見学
イケヤフォーミュラ敷地内の一角に置かれたパワーユニットの実験装置。


緑色の金属ケース内に40キログラムのフライホイールが入っており、それをモーターで回転させるとのこと。


実験の準備中。


これがバッテリー。この箱1つで雷100個分のエネルギーが貯められているとのこと。雷500個分が一瞬で運動エネルギーになる、というわけです。


バッテリーからモーターにどれくらいのエネルギーを送り出すかを制御するコントロール部分。


取材に訪れた2日前に、コントローラーの一部が燃えてしまったとのこと。2秒間で時速100キロメートルまで加速させるためにはとてつもないパワー密度の追求が不可欠で、パワー制御は1万分の1秒単位というシビアな世界だそうです。


わずか1秒に満たない時間のうちに、バッテリーのエネルギーを一気に取り出して、その波形から状態を推測し、さらに改良を加え続けるという地道な作業が繰り返されて、世界最高加速のEVは完成に近づいていきます。


なお、取材時点では、アウルの車体の製作はスタートしていませんでした。ということで、イメージをふくらませるためにイケヤフォーミュラのIF-02RDSの車体を見せてもらうことに。


エンジンはホンダ・S2000用のF型エンジンをターボ化しています。アウルはエンジンではなく、バッテリーとモーターを搭載することになります。


地を這うような低い車体のIF-02RDSですが、なんとアウルの全高はさらに低くなる予定だとのこと。アイポイントが低すぎてミラーの位置決めが難航するレベルだそうです。


◆開発者インタビュー(後編)
ふたたびアスパークのアウル開発拠点に戻り、アウルの開発計画や「アウルプロジェクトの先にあるもの」など、いろいろ聞いてみました。

G:
「2017年中に世界最高加速のEVを開発する」という目標からいえば現時点は折り返し地点くらいだと思いますが、手応えはどうですか?

島崎:
いけるんじゃないか、と。もちろん、いろんな条件があってのことですが。

G:
詳しく教えてください。

島崎:
まずは試作車で0-100・2秒を目指します。ナンバー付きの完成車はもう少し先です。あとは、どこまで実用車に近づけるのか、というのもありますね。

まずは、第1ステップで0-100で世界一の良いクルマを作る。そして、ナンバーを取得するとなれば当然、ハンドリング(操縦性)などを煮詰めなけらばならない。そのために新しいシステムの四輪駆動を作ろうという計画もあります。0-100だけだと"オモチャ"で終わってしまう。それでは将来につながらないから、もっとハンドリングの良いクルマを第2ステップで作ろうと考えています。

吉田:
今のスケジュール感だと予想より早く終わると思うんですけどね。

島崎:
いえいえ。ナンバーを取るとなると1年から2年はかかると思います。

G:
海外でもナンバーをとるのですよね?

島崎:
はい。日本も含めて海外の認証を取るために準備をしています。

G:
海外マーケットを含めて、この自動車を「売って欲しい」と言われたときに、そこから納車まではどれくらいかかるのですか?

島崎:
それが1年から2年ですね。

吉田:
すべての法規をクリアしてこのスペックで売れるとなり発注を受けても、おそらく1台1台手作りの部分があります。そうなると現実的なところ、注文をいただいてから納車までは何カ月かは必要だと思います。


G:
マシンは、オーナーごとにセッティングを変えるのですか?

吉田:
そういう部分も出てくるでしょうね。ボディのような大枠が変わるわけではありませんが、シートなどのパーツを好みに変えてもらうことはあり得るでしょうね。

島崎:
受注生産ですしカスタムメイドするということはウリにもなりますしね。ただ、社長から1台あたりの販価(販売価格)を聞いてビックリしたのですが……。

吉田:
300万ドル(約3億3000万円)?

G:
3億円オーバーですか!?

吉田:
最初、「一か八か」ということで1億8000万円で売ろうと考えていたのです(笑) ただ、開発が進むうちに値段がそれを超えることが分かりました。けれど、1億円でも3億円でも、結局のところターゲット層はそう大きくは変わらないと思うのですよ。面白そうで買うのであって、たまたまそれが3億円だった、1億円だったというところには大差はないと思うんですよ。


島崎:
ファミリーカーは違いますけどね。ファミリーカーの場合、個々の部品価格の積み上げで考えていかなければいけない。けれどもこの世界は違います。あとは、世界各国のどこで売るのか。悩ましい問題です。

吉田:
そういう世界の人たちって、他人に負けたくないんですよ。隣に並んだクルマより速いことが意味を持つ。一番速ければ絶対売れるんですよ。

島崎:
あとは、デザインですね。ターゲットユーザーに近い存在がウチの社長だったので、社長の言うとおりにクルマを作ろうと思いました。ターゲットユーザーの言うとおりに作るのがデザインの基本なんです。今、これで行くと決めたデザインは、正直言うと私の思っていた物とは違います。若い彼らに聞いても、また違う。


G:
私はDが良いな、と思いましたが、みなさんはどれでしょうか?

川中:
僕もCかDが良いですね。

西村:
僕もCかDですね。

吉田:
全体のデザインだけでなく、戦闘機のコクピットのようなデザインにしようとか、いろいろな話がありましたね。全部、重たくなるからと却下されましたが(笑)

島崎:
不安なのは、海外でもウケるかどうかです。

G:
海外は好みが違いますか。

島崎:
海外は趣向が違います。例えば中東はガンダムライクなデザインが好きですね。

G:
価格やデザインも難しい問題でしょうが、やはり世界最高加速のEVを作るという技術面でのハードルが一番高そうです。その点についてはどうですか?

島崎:
初めてやることばかりですからね。前例がないことをやろうとしていますから。

G:
手さぐりだけれども、「最終的にはできる!」という感触はあるのですか?

島崎:
もちろん。それがないと、ここにはいないですけれどね。ただ、時間軸に関しては、正直なところ保証できないです。これを言うと吉田社長は怒りますが、エンジニアリングで初めてのことをやっているわけですから。プラモデルを作っているのとはわけが違いますから。プラモデルはすでに完成形があって作っているのですが、アウルは違います。

G:
時間はかかっても、技術的には必ずクリアできるということですか?

島崎:
強力なメンバー(イケヤフォーミュラーの面々)がいますから。経験豊富な各分野のスペシャリストですから。電装・駆動・車体それぞれに百戦錬磨の開発者がいます。ただ、時間軸はクレイジーですよ(笑)


吉田:
たぶん、(開発の)後半の方が課題が多くなってくると思うのです。ですから、今できることは、極力、前倒しにしておかないと。解決にどうやったところで時間がかかるという課題は出てくるものです。

G:
そういうものは最後の方で出てくるものなのですか。

島崎:
出ますよ。プロジェクトのマネジメントをやっていましたから(分かります)。

G:
そういう事態を見越して、ここまで急ペースでやっているのですね。

島崎:
どうにかここまで。ラッキーかもしれませんね。2年でここまで来れるとは正直思いませんでした。

吉田:
さっきも言ったとおり、私は"引き"が強いんですよ。島崎さんと出会ったのもそうだし、イケヤフォーミュラさんと出会ったのもそう。要所要所で良い人と良い環境に恵まれながら、そして、課題も後から振り返れば行けたな、という感じです。

G:
楽しいことにみんな人は集まるからでしょうか。

島崎:
楽しくはないですよ、私は(笑) たいへんですからね(笑)

吉田:
いやいや、本当は楽しいんですけれど、楽しいと言いづらいんですよ。僕の前で「楽しい」と言ってしまうと、「なんでそんなに余裕があるんだ!」って言われるから(笑)

島崎:
例えば、2週間でドラポジ(ドライビングポジション)のモデルを作ろうと言うんです。自動車メーカーにいたころに比べると考えられないスピードなんですよ。普通はドラポジ一つとっても人体モデルがあって、ステアリングはこの高さに置かなければいけない、という作業をするのですが、ウチにはありませんから。車体を作って調整しようと。

吉田:
確認は僕の体でします。きっと、ここが窮屈ですとか、ここが当たるんですけど、とか。


島崎:
「ここは我慢してください」とか。大手メーカーではできない部分はありますが、それは強みでもあるので。大手のできないところを狙っていきます。めちゃくちゃ軽いクルマを作ろうとしていて……。過去に自動車メーカーでやっていたことを、全部否定してとりかからないといけません。

吉田:
いまでこそ、島崎さんにたくさん言うことはなくなりましたが、入った当初はとにかく「スピード」。とりあえずやってみましょう、と。失敗したらやり直せばいいので、というのを言い続けていました。

島崎:
自動車メーカーにいたときは、失敗しないようなやり方でした。時間をかけて計画的にやるけれども一発で仕留めるようなスタイルです。それに対してアスパークでは、失敗しても良いからとにかくやるというスタイル。フィードバックサイクルを早く回そうというスタイルです。大手メーカーの2倍、3倍のスピードで回せば失敗したって取り戻せる。より、早くなる。

G:
失敗から得ることもあることから、そちらの方がかえって効率的なのかもしれませんね。

島崎:
発想の転換ですね。


G:
でも、誰でも失敗したくないですよね……。

島崎:
私はそうですね。メーカーの時はそうでしたよ。

吉田:
僕なんか、失敗「しか」しないですよ。

島崎:
大手メーカーだと、1度失敗すると、それこそ何百人も仕事をやり直しということになるので。私たちは失敗しても、このくらいのメンバー数ですから。失敗してもいいからサイクルを回す方が、絶対に得なのです。

G:
なるほど。

吉田:
何万台も売ろうとなると、そうなりますよね。

G:
アウルでは最大公約数を狙う必要はないのですね。

吉田:
そうです。素数だけを狙おうか。

川中:
それじゃ、多いですよ。

吉田:
無限にあるね(笑)

島崎:
開発スピードもそうですが、任される仕事の種類もそうです。彼(西村さん)もこの若さで、新規の部品を作っているんですよ。この若さで新規モノの設計をやっているなんて考えられないですよ、大手メーカーでは。


西村:
通常は、十数年下積みして、ようやく任されるのだと思います。

吉田:
やったね(笑)

島崎:
そうだよね。ありえないよ。3年目で新規の設計をやっているのもありえないけれど、今設計している部品を載せて来年走ろうというのがもっとあり得ない(笑)

吉田:
でも、自分が運転するのできちんと作ろうと思うでしょう。

G:
あ、西村さんが最高加速試験のテストドライバーなのですね。

西村:
そうなんです。体重が軽いので。ただ、死にたくないので……。

G:
一番、本気度が高そうですね。

川中:
安全性が担保されたら次は、社長ですね(笑)


吉田:
全員乗ればいいよね。じゃあ、みんなちゃんとやるはず(笑)

G:
「アウルを、延々と作り続けて売り続けていくわけではない」とのことですが、スーパーEVの開発をどのように活かしていくつもりなのですか?

吉田:
最高加速を達成した後は、今度は最高速度を狙おうとか、最高馬力を狙おうという方向はあると思います。ただ、クルマに限らず別の乗り物も全然アリだなと思いますし、医療機器やロボットだって作りたい。いろいろな製品を開発できる環境にしていきたいという、そちらの思いの方が強いですね。あるターゲットを定めて、それを実現する製品を作るという、そういう開発がどんどんとできるようになれば良いと思います。


G:
世界最高加速のEVを作ることで、技術者が育つということですか?

吉田:
たぶんたくましくなるでしょうね。技術者が成長していってくれれば絶対に損はしないですから。楽しみながら開発をして、達成感を得られたら、またやってやろうとなればプラスなので。

G:
今後、大阪のアスパーク本社から栃木に多くの技術者が送り込まれることになりそうですね。

吉田:
はい、増えます。ちょうど隣につぶれたホテルがあるので、いつ買おうかと(笑)

川中:
幽霊が出そうですけどね。

吉田:
冗談は抜きにして、実際に増える予定です。6月あたりから設計に人手が必要になります。

島崎:
車体のデザインが決まると、次に外板部品として一つずつ設計しなければいけないので、手が足りなくなります。

G:
EV以外の他のジャンルの開発に携わっている技術者がいきなり対応できるものなのですか?

島崎:
3D CADを使っていれば大丈夫です。今はEVをどう開発していこうかという企画の段階ですが、途中からはとにかく手が必要というフェーズも出てきます。

G:
100台作るといっても部品としては少量の生産ですよね。そのような部品作りは外注するのですか?

島崎:
はい。専門に作っている工場に出します。そのために図面をきちんと作らないといけないのです。

G:
部品はすべて国内で製造するのですか?

吉田:
それは分かりません。部品をきちんと作れれば海外でもOKです。例えば、部品を作った上で組み立てまでできて、さらに品質が担保されるのであれば国内にこだわることはありません。

G:
すべて海外で作って、最終チェックだけ日本ということもあり得るということですか?

吉田:
全然アリです。私たちは製造までやるつもりはないのです。ファブレスで開発や企画だけをやる、という集団にしていきたいのです。今回は台湾の工場が上手く作れるとなれば台湾へ。日本が一番となれば日本で、イギリスが一番となればイギリスで作る。そのとき、その製品で一番良いモノを作れる場所で作ります。

G:
ファブレスの自動車メーカーができる時代なのですね。まるでスマートフォンのようですね。

吉田:
今後、絶対にそうなるような気がしませんか?

島崎:
EVはパーツレイアウトの自由度が高いので、オーダーメイドがやりやすいです。

吉田:
僕は量産の時代が終わると思うのです。あらゆるユーザー層に向けてあらゆる種類の自動車を作る大きなメーカーではなく、例えばスポーツカーだけをオーダーメイドで少量だけ作るという形があり得ると。そうなるほうがカッコイイんじゃないかと。そういうのができれば楽しいですよね。

G:
今回のアウルは3億円オーバーの可能性があるというぶっ飛んだクルマですが、誰でも手が届きそうな価格帯の自動車は考えていないのですか?

吉田:
何か特長があればあり得ますが。それこそ一人乗りのコミューターとかなら可能性があるかも……。いや、でも僕は興味が持てないかなぁ……。

G:
そうか。興味が持てるワクワクできるものでないといけないのですね。

吉田:
自分が情熱を注げるものでないと。もし誰かが「こういう製品をやりたい!」と言えば、「じゃあ責任者でやってみるか?」という形でならあるかもしれませんね。ぶっちぎりで面白い物ができるなら。

G:
今回も世界一を狙っているように、突き抜けたモノでないとダメなのですね。

吉田:
だって楽しくないじゃないですか。ただたくさん売れただけでは。その製品を手に取った人が「これ、めっちゃ面白いやん」というモノがないと。荷物ではなく人を運ぶようなドローンとか、ものすごく面白そうじゃないですか。そういうものを自分たちで作っていける環境ができればいいなと思っているのです。

G:
その環境作りの第一歩がアウルプロジェクトなのですね。

吉田:
そうです。このメンバーにかかっているのです。


G:
本日は、お忙しいところありがとうございました。

・つづき
栃木で開発中の世界最高加速のモンスターEV「アウル(Owl)」の実走行試験に行ってきました - GIGAZINE

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