インタビュー

トリプルスリーの山田哲人が惚れ込む「市販品グローブ」を作るドナイヤ・村田裕信さんにグローブ作りについて聞いてみました


大阪にある社員一人の会社「Donaiya(ドナイヤ)」はプロ野球選手にもファンが多い、知る人ぞ知るグローブメーカーです。グローブを無償で提供してもらえるプロ野球選手が自腹でもこぞって買い求めるグローブとは、トリプルスリーを達成したヤクルト・山田哲人選手とのグローブ開発秘話とは、そして「究極のグローブ」とは何かなどを、プロ野球シーズン開幕直前にじっくりたっぷり聞いてみました。

◆ドナイヤについて
GIGAZINE(以下、「G」と表記):
野球用品メーカーとして新興のドナイヤは、「ドナイヤ」という名前が特徴的なのですが、これは「どないや!」(どうだ!)という意味ですか?

村田裕信さん(以下、「村田」と表記):
これは、現・楽天1軍コーチの「ブンブン丸」こと池山さん(池山隆寛・楽天一軍打撃コーチ)が名付けてくれたんです。当初は、「ドリームエージェント」という名前にしよう思っていて、ロゴも「DA」で作って会社設立前に商標を取りました。マークの商標登録は時間がかかるとのことだったので、先にDAマークの商標を申請したのです。その後、無事、マークの商標がとれて次は名前の商標となったときに、「ドリームエージェント」はある大手電機メーカーさんに先に取られていた。しかも商標の目的が「野球のイベントに関するもの」ということで、完全にアウトということに。ドリームエージェントは使えないけれどDAというロゴが決まっているということで、急遽、新しい名前を決めなければならないということになったのです。


村田:
そこで、当時、仲の良かったプロ野球選手やスポーツ用品店さんなどに「D」と「A」で始まる良い名前はないかと募集したところ、「ダイヤモンドオールスターズ」とか良さそうな案が出てきました。その中から池山さんに決めてもらおうと、電話で「今から100コくらい候補名を言っていくので、決めて」と言ったのです。3個目の名前を読み上げたときに、池山さんが「イイの思いついた」と言って挙げたのが「どうでもA(エー)」。それはないだろうと、次に「ドリームエース」と言ったら、今度は池山さんが「どうでもエースはどうだ?」と言う。スーパースターで年上だけど、さすがに私も頭にきて「誰がどうでもエースに注文出すんや!」、すると池山さんは「どないやねん」「お、『ドナイヤ』、これええやん!」と。こんな感じでたまたま生まれたのがドナイヤです。

G:
どないやねん→ドナイヤですか。ラーメン屋さんの「なんでんかんでん」みたいなエピソードですね(笑)

村田:
そうなんですよ(苦笑)池山さんが発した「どないやねん」が元です。けれど私はドナイヤは絶対に嫌だと思っていたので、弁理士さんに商標として申請したい名前の候補として挙げた20個のリストの中で一番最後の20番目にドナイヤを入れていた。そうしたら、ドナイヤ以外の19コがすべて商標を取れなくてドナイヤだけがOKということに。

G:
参考扱いだけが生き残ったのですか。

村田:
没にするつもりだけれど、池山さんが言ったということでしぶしぶ挙げていたドナイヤだけがOK(笑)それが元々です。

G:
当時、嫌だった「ドナイヤ」、今ではどうですか?

村田:
今はドナイヤでよかったと思っています。

G:
いかにも大阪らしいですしね。

村田:
ただ、これで良い物を作れなければただのおちゃらけになってしまうので、そういう意味では自分自身へのプレッシャーにもなりましたね。それは良かったと思います。当時、現役だった宮本慎也さんに「ドナイヤ」を立ち上げましたと報告したらものすごく怒って、「ふざけるな。そんなたこ焼き屋みたいな名前やめておけ」と。「池山さんが考えた」と言っても「池山さんが考えてもダメだ」と。「俺はミズノで契約している宮本だけど、もしも『ドナイヤで契約している宮本』だったらどう思う?」と言うのです。私は、「『ミズノの宮本』の方が名前と名前だから変だと思う。じゃあ、『ムラタの宮本』の方が良いですか?」と言うと、宮本さんは「ムラタの宮本は嫌やな……」と。今となっては宮本さんはドナイヤをものすごく気に入ってくれています。良いグローブだと褒めてくれます。

G:
「名前負け」の反対で、名前が後からついてきた感じですか。

村田:
そうだと思います。

◆ドナイヤと山田哲人
G:
昨年、トリプルスリー(打率3割以上・本塁打30本以上・盗塁30個以上をクリアすること)を達成したヤクルトスワローズ・山田哲人選手がドナイヤのグローブを使っていることが、ドナイヤが野球ファンに広く知られるきっかけにもなりました。山田選手クラスになると、スポーツ用品メーカーと契約して無償で用具の提供を受けるのが一般的ですね。それなのに、山田選手はドナイヤのグローブを自分で買って、つまり「お金を払って」ドナイヤのグローブを使っていたのですよね?


村田:
そうです。ドナイヤの「DJIM」という市販品を3年間使っていました。

G:
2016年からはドナイヤ初のアドバイザリー選手として山田選手と契約することになりました。今はグローブは無償提供ですか?

村田:
今年からは無償ですね。実は、今回の山田選手との契約に関しても、すいません、いつもみたいに「山田」と呼ばせてもらいます。僕からすれば契約するかしないかはどっちでも良かったのです。というのも、今の時代SNSが発達しているので、「山田がドナイヤ使っている」というのはみんな知っている。3年前から分かっている。契約することで契約金を払わなければいけない。けれど、会社立ち上げ当時、カタログもなかったのにドナイヤのグローブを取り扱ってくれたスポーツ用品店さんに、この山田のカタログを届けられるようになりました。


村田:
ドナイヤのグラブをお客さんに勧めたスポーツ店さんは、最初はみんな笑われたはずです。お客さんにドナイヤという名前を言うと。それでも「一度、グラブをはめてみて」と頼んでようやく良さをお客さんに分かってもらえたと思うのです。そういう最初からドナイヤを扱ってくれたお店の方たちにようやく恩返しできたという意味があります。「ドナイヤ知らないの?これ見てみ。山田が使ってるねんで」と、店の人が言えるようというお礼返しのために、山田と契約しました。

G:
山田選手は他メーカーとも用具契約をしていますよね?

村田:
してます。

G:
グローブだけ除外というか、別ですか?

村田:
(そのメーカーとは)去年はすべての用具での契約でしたが、山田はすでに3シーズンもドナイヤのグラブを使っていました。今シーズンはグローブだけは除外して、ドナイヤで正式に契約ということになりました。

G:
他メーカーはいやがりますよね?

村田:
異例のことですね。彼がそういうことを言える選手になったということでもあるのではないでしょうか。

◆プロ野球選手のグローブ事情
G:
プロの選手の中には、ロゴを隠してでも他社のグラブを使うという例があるようですね。きっと契約上の問題なのでしょうけれど。ドナイヤを使うプロ野球選手は多いのですか?

村田:
結構います。これはドナイヤの特徴でもあるのですが、ドナイヤではプロの選手にも「販売」しています。普通、メーカーはプロ野球選手に道具を無償で提供するものなのです。

G:
バラ撒いている?

村田:
悪く言えば……バラ撒いている(笑)けれども無料で道具をもらえるのに、ドナイヤのグローブを買ってくれている選手はたくさんいます。3個買ってくれる選手も、試合で使ってくれている選手もいます。球場でも「あのミット見せてくださいよ」という感じで声をかけてくる選手もいますね。

G:
山田選手がドナイヤのグローブを使うようになったきっかけは何ですか?

村田:
ドナイヤのグラブを使っている選手がいて、彼に借りてよかったのでというのが始まりです。

G:
プロ野球選手同士で道具を交換することはよくあるのですか?

村田:
結構あるようです。

G:
具体的に誰が使っているのですか?

村田:
みんな他社さんと契約しているので……。

(あとでこっそり聞いたところ、元・首位打者、日本一チームのストッパー、元ホームラン王の助っ人外国人など、野球ファンならずとも知っていそうなそうそうたる選手の名前がごろごろ出てきました)

G:
一軍バリバリの選手はみな用具契約をしていますよね。それにもかかわらずドナイヤのグローブを試合で使うのですか?

村田:
ありがたいことです。プロ野球選手はみな用具を提供してもらえる立場です。実のところ、プロに入るような選手は、アマチュア時代から大手メーカーに道具を提供してもらっています。甲子園常連の強豪校には大手メーカーが道具を提供していて、プロに入っても同じメーカーと契約ということもよくあります。青田買いみたいなもので、プロに入る時点で決まっていることもめずらしくない。リトルリーグ時代から道具を買ったことがないという選手もいるくらいです。そんな世界でプロにも売る、しかも市販品と同じものを売るドナイヤの存在は異質でしょうね。

G:
ミズノ、SSK、ZETT、海外メーカーでもナイキ、アディダス、ウイルソンなどの大手メーカーがひしめく中で、参入障壁は大きくなかったのですか?

村田:
普通は誰も参入しないでしょうね(笑)大手メーカーと戦わなければいけないわけですから。

G:
村田さんはもともとウイルソン(現・アメアスポーツジャパン)で用具開発やプロ野球選手の担当をされていたとのことですが、どのようなお仕事だったのですか?

村田:
用具開発では最初はグローブではなくバット、主に金属バットを担当していました。アメリカのバットを日本用に改良したりという仕事です。その後、グローブ開発ではプロ野球選手担当としてもたずさわるようになりました。グローブというのはバットと違って難しいもので、選手とあーでもない、こーでもないと話し合いながら作っていくのです。そういうやりとりをする中で、だんだんとグローブに傾いていった感じです。

G:
面白くてのめりこんでいったと。

村田:
そうですね。けれど最初はまったく通用しない。選手は抽象的なことしか言わないですから。選手の意見を製造工場に伝えるのが私の役目でしたが、なかなかイメージ通りのものが出来上がらない。選手と工場の間を何回も行ったり来たりするので、これは勉強しなきゃいけないと思いました。

G:
通訳みたいなものですか?

村田:
そうですね。プロの選手と工場の橋渡し役のようなものです。当時、ウイルソンはアメリカのグローブをそのまま販売していましたが、日本人用の道具を開発する必要があり、私が日本用シリーズを新しく開発することになりました。しかし、当時は工場もアメリカのグローブを作っていて日本用のものを作ったことがない。そこで、工場に日本のモデルはこういうものだと伝える必要がありました。試行錯誤で作ってはやり直し、作ってはやり直し。ある程度のものができたと思ったら、球界の名手という名手に「グローブ見てください!」と見てもらいました。格好の悪い話なのですけれど。

G:
他メーカーの契約選手に押しかけですか。

村田:
ええ。そして、ちょっとずつ、ちょっとずつ教えてもらって。それを積み重ねていきました。

G:
それはご法度ではないのですか?

村田:
ご法度でしょうね。あの時は若かったし、必死だったし、よく知らなかったし。ウイルソンに素人として入って、すぐにプロ担当になったから、怖いもの知らず、プロの世界の常識知らずでしたね。

G:
プロの選手もびっくりしたのでは?

村田:
びっくりしたでしょうね。プロの選手以上に担当しているメーカーがびっくりしたでしょうね。

◆独立の経緯
G:
プロ野球選手と用具を開発するという野球ファンからしてみれば夢のような仕事ですが、なぜ独立しようと思ったのですか?

村田:
大手メーカーではできないことをやりたかったのです。ドナイヤのグローブの革は、プロ野球選手が使うのと同じものです。他メーカーで○○選手モデルと謳っていても、その選手が使うものとはまったく違うものです。僕は一般の人、特に子どもにプロの選手が使うものと同じものを使わせたかったのです。けれど、それはコスト的に難しいので、サラリーマンとしては無理です。まず、コストを考えて製造するのが普通ですから。利益度外視でやるのはサラリーマンでは無理で、それなら個人でやるしかないと。


G:
プロが使うグローブと市販されているグローブはそんなに違うのですか?

村田:
まったく違いますね。

G:
それはアマチュアレベル、草野球レベルでも分かりますか?

村田:
分かります。何もかもが違うので。見た目も違いますよ。それに、もしも有名なプロ野球選手が使うグローブをそのまま(市販品として)出せば、誰も(球を)捕れないです。

G:
汎用性を考えていないその人だけのモデルだからと。何だかレーシングマシンのようですね。

村田:
ああ、そうかもしれないですね。

G:
独立するときに自信はあったのですか?ウイルソンを辞めてやっていけるという。

村田:
プロと同じものを使ってもらいたいという思いだけだったですね。それをできる人は誰もいないだろうと思っていた。プロの全球団、2軍も含めて24チーム、メジャーの帯同もした担当は、日本でも僕だけだったはずなのです。大手メーカーだと、例えば阪神タイガースの1軍担当が一人、2軍担当が一人。さらに開発はまた開発専門の人がいる。プロの担当も、グローブの開発も、営業も全部一人でやれる僕がやらなければ、という使命を勝手に持っていました。

G:
使命感が先行していたと。失礼ですが、採算性をあまり考えていなかったのでは?

村田:
考えていなかったですね。お金儲けじゃないので。

G:
お金儲けなら他の仕事のほうがいいでしょうね。

村田:
でしょうね。今でこそ山田が使って知名度が出てきて、「儲かってるでしょ?」と言われるんですけど、(グローブの)値段を見てもらえば分かるでしょう。

G:
硬式用のグローブだと、大手メーカーよりも2万円くらいドナイヤのグローブが安いですね。

村田:
儲からないですね(苦笑)

G:
周りには独立を反対する人もいたのでは?

村田:
反対する人しかいなかったです。

G:
ドナイヤを立ち上げたとき、プロの選手の反応はどうでしたか。

村田:
びっくりしたでしょうが、「村田らしいな」と思ってくれる人も多かったですね。選手だけでなく、スポーツ店の人も。

◆3種類あるグローブの「型」とは?
G:
使命感から独立して独自に開発したグローブですが、村田さんは「グローブの型は3種類。プロもアマもみんなその3種類に適合する」という話をされていますが、「型」とはどういうものなのですか?

村田:
内野手に関して説明します。多くのプロの選手、特に名手と呼ばれる選手を中心にたくさん話を聞いてきて、さらに高校野球の強豪校から弱小校の子などいろいろな人に話を聞いてきました。そうすると、不思議なことにトップであるプロの選手と素人の弱小校のへたっぴなコたちで共通するものを見つけたのです。最上級のプロと一番下位レベルの人の間でグローブの使い方で。具体的にはボールをキャッチする「ポケット」がどこにあるかということです。


G:
選手の「タイプ」のようなものですか?

村田:
そうです。

G:
例えばその3種類をA・B・Cとして、プロにもA型・B型・C型がいるし、アマチュアにもA型・B型・C型がいるということですか?

村田:
そうです。

G:
タイプに偏りはありますか?

村田:
あります。プロの球団によっても偏りがあって、ある球団の選手にはA型が多い、別の球団にはB型が多いとか。これは、指導者が原因なのではないかと考えています。教え方によってボールの捕り方が変わるのです。

G:
なるほど。捕り方に合う「型」があるというわけですか。

村田:
正確に言うと捕り方+スローイングまでの一連の動作の「型」ですね。もちろんレベルによっても型は変わります。高校野球の選手、草野球の選手。私は今、ソフトボールをやっているのですが、そのチームのメンバーに多い型もあり、面白いですね。私もスポーツ用品店にお邪魔させていただくことがあって、そのときに高校生が7、8人いるということがある。みんなを集めて「どのグラブがいい?」と聞くと、「僕はこれが良い」「僕はこっち」と分かれます。ボールを受けなくても手にはめただけですぐ分かる。それはボールを受けるときも同じなのです。

G:
なるほど。しっくりくるグローブが使いやすくエラーが少なくなるのですね。ドナイヤのグローブの「DJIM」「DJIK」「DJII」の3種類が3つの型ですか?

村田:
そうです。内野手用のグラブの3つの型ですね。それに今年は山田の使っているDJIMの小型モデルを出しました。

G:
プロでもアマでもみな3種類のどれかの型にあてはまるというのは面白いですね。

村田:
今のが内野用の話です。去年新しいキャッチャーミットを出したのですが、これはドナイヤを立ち上げる前から研究していたもので、6年かけてようやく商品になったものです。プロのキャッチャーに使ってもらって感想を聞いて、同じようにアマチュアの選手に使ってもらって感想をとって、それらを基に試作品を作るという工程を繰り返しました。大手メーカーの場合、100個くらいを一気に作ってその中からコレでいこうと選びます。毎年新商品も出ますし。僕の場合は、改良しては1個作り、また改良しては1個作り。で新モデルまで6年かかった。それまで同じモデルを6年売ってきて、ようやくモデルチェンジしたキャッチャーミットです。

◆プロが使う"市販品"とは?
G:
ドナイヤのグローブは硬式用は日本生産、軟式用はベトナム生産とのこと。これは材質が違うということですか?

村田:
いえ、同じです。革はまるっきり一緒。違うのは、手を入れる部分が黒かとも革(同じ色)かどうかと、芯の硬さです。硬式の方が芯は硬くなっています。あとは、紐を通す人が日本人かベトナム人か。材料は日本から送っているのでまったく同じです。だから、ドナイヤの軟式用グローブは他社の硬式用グローブよりもクオリティは上だと思います。プロが使う材料の硬式用で軟式用も作っているので。


G:
ドナイヤの考え方は逆ですよね。普通はプロの道具を先に開発して、その技術を市販品に下ろしてくる。川上から川下へという感じですが、ドナイヤには上も下もなくて、プロもアマチュアもみな同じものということですか?

村田:
そうですね。そういう意味では逆からですね。「市販品をプロが使っている」という形ですね。

G:
市販品の品質を突き詰めるとプロが使えるレベルになるということですか?

村田:
そうです。山田が使うグローブも普通なら「山田モデル」と名づけるでしょうが、ドナイヤでは「DJIM」です。うちの定番モデルを山田が使っているので、まず品番がありそれが山田選手使用モデルという順です。これも大手の逆ですね。


村田:
今の時代、大手メーカーでもスポーツ店に商品を置いてくださいとお願いに行きます。けれど、私は営業はしていません。カタログに住所・連絡先すら載せてない(笑)お金儲けしたいわけじゃないから、あちこち取引先を増やしたいというわけではないのです。ドナイヤのグローブの良さを分かってくれるお店に取り扱ってくれれば良いと思っているのです。おかげさまで、多くのスポーツ店から問い合わせをいただけるようになったのですが、申し訳ないのですが新しく置いてもらう店はほんのわずかで、お断りさせてもらっている状況です。

G:
グローブを生産する数が決まっているのですか?

村田:
そうなんです。

G:
もっとたくさんの数を作ることはできない?

村田:
工場のキャパは大きいです。作ろうと思えば何個でも作れる。材料も手配しようと思えばできるかもしれない。けれど一番の問題は「全数検品」なのです。

G:
村田さんが全部検品するということですか?

村田:
僕が全部やっています。

G:
出荷するグローブ全部ですか?

村田:
はい。全部、手にはめて検品します。傷だらけになることもありますよ。


G:
大手メーカーはどうしているんですか?

村田:
抜き打ちチェックが多いでしょうね。でも僕は全部やりたい。自分が見える範囲だけしかやりたくないんです。納得いくものだけを出したい。当然、(きちんと)できているんですよ。革も型も間違いなく。検品してみても問題のある場合なんてほとんどないのですが、それでも一つでもあるのがイヤなのです。そうすると、作れる数に限界があり、どうしてもお店の数を増やすことができない。

G:
ボトルネックは村田さんだったのですか。

村田:
そうです。検品後、伝票もすべて手書きで私がします。さらに送り先チェックをかねてまた検品。シーズンオフに山田が大阪に帰ってくるんですが、「村田さんどこ?」って電話やLINEがある。山田と夜更けまで"遊んで"、朝からまた検品。山田→検品→山田→検品なんてことも(笑)カラオケボックスで山田のグローブを選んだこともありましたよ(笑)

G:
ところで山田選手は今、かつて池山さんがつけていた背番号1をつけています。池山選手から山田選手へといういきさつはないのですか?

村田:
みなさん背番号から池山→山田の流れかと思われるんですが、池山さんから山田という流れはないんですよ。ドナイヤを立ち上げた当時、ヤクルトにいた池山さんには「高校から無償提供されているプロがドナイヤのグローブを使わないだろ」と言われた。もちろん正論ですよ。けど僕は、「ようし、見ていろよ。無料であげるどころかプロにも販売してやるぞ」と発奮したんです。今やヤクルトだけでかなりの数を買ってくれています。

G:
なるほど。プロの選手が市販品だけしか作らないドナイヤを使うはずがないと、いうのが常識だと。

村田:
サラリーマン時代にメジャー(MLB)のキャンプに行くことがあって、バリー・ボンズイバン・ロドリゲスとも話したんですが、みんな当たり前のように「定番」(以下、「市販品」のことを指す)を使っているんですよ。ある選手のためだけに作る特別モデルではなくて、市販品を。メーカーから提供してもらうときも感謝の気持ちがある。この選手のためだけに、とやっているのは日本だけなんです。僕に言わせれば向こう(メジャー)は超一流です。弘法筆を選ばずです。当たり前のように定番を使えるというのは腕が上ということです。


G:
使いこなすということですね。自分の技術を上げることで補う。

村田:
そうです。逆にプロなんだから何を使ってもいけるはずだと。僕は当たり前のことだと思っているけれど、大手メーカーは当たり前と思っていないみたいで、「えっ、定番を(プロに)販売しているんですか?」と驚かれるのだけれど、僕には当たり前の話です。

G:
やっぱり逆ですね。

村田:
逆ですね。おかげで唯一無二の存在でいられます(笑)


G:
実際にプロがドナイヤのグローブを選んでいるという事実がある。プロも同じ商品を買っているという事実は、アマチュアからすれば、「プロとまったく同じ道具を買える」ということなわけで、たまらないものですね。

村田:
オーダー(オーダーカスタマイズ)も同じですよ。グローブの色やウェブ(網の部分)を変更できますが、プロも同じオーダーのみ。この中からしかできません。ここが狭い、長いとか言われても聞き入れられません(笑)プロも一般の人も同じ。だってプロのために作ったメーカーじゃないから。

G:
村田さんからすれば、プロもアマも一ユーザーとして同じということですね。

村田:
もちろんそうです。むしろプロの方が邪険に扱われるくらいかも(笑)だって他のメーカーからもグローブをもらえる人たちですよ。ドナイヤのグローブを手にする子どもたちは、お父さんに買ってもらったり、お小遣いをためて買ったりして。

G:
ありがたみが違うと。

村田:
そうですよ。

G:
優遇まで逆ですか(笑)

村田:
今、売り切れでお店にグローブがないんです。みんなスポーツ店で予約待ちしてくれている。予約表があるんですけれど、○○スポーツ店さんと同じようにヤクルト□□選手という名前が入っている。早く注文したもの勝ち。プロもアマも関係なし。実は山田でも同じ。スポーツ店さん40個の次に山田という感じです。

G:
山田選手はドナイヤ唯一のアドバイザー契約プロですよね?

村田:
仕方ありません。平等です。何もかも。

◆グローブを作る・育てる
G:
今、山田選手のグローブを育てているとお聞きしました。

村田:
ええ。これです。右が新品で、左が山田用に育てているものです。元はまったく同じグローブです。


G:
これは山田選手がペナント(公式戦)で使う予定のものですか?

村田:
そうです。今、山田が使っているグローブは去年まで使っていたグローブと新しいもう一つのグローブ。山田は今、2個持っていて、僕の手元で1つ作っています。つまり、これまで3年間使ってきた1つは出来上がっている。新しいのは山田の1個と僕の手元の1個で、お互い育てていって、例えば次に甲子園で会うときに交換するんです。そしてまた次に会うときに交換するという具合に、お互いに次のグローブを育てるんです。今まで使っていたグローブが今年で4年目なので次のグローブを育てなければいけない。

G:
プロは同じグローブを3年も使うものですか?

村田:
いえいえ、毎年変えます。1年に5、6個使いますよ、内野手は。また翌年はメーカに5、6個もらうのが普通です。それが普通のところ、山田は同じグローブを4年間使ってるのです。

G:
異例ですね。

村田:
しかも定番です。

G:
今、仕上がっているグローブが1つあり、その予備となるグローブを2個作っているというわけですね。

村田:
そうです。これまで使ってきたグローブを中心として、山田と僕で2個を交換しながら育てている。試合中にヒモが切れたりというアクシデントがあり得ます。それに備えて作っておく必要がある。

G:
あるとき、世代交代ということになるのですか。

村田:
いつか替えなければいけません。いつ、今作っているグローブが投入されるかはまだ決まっていません。それが来月(2016年4月)なのか夏なのか。もしかすると来シーズンになるのかは分かりません。けれど、そのときに備えておく必要があります。いずれにせよ、全部定番のDJIMです。


G:
(グローブを見せてもらう)あ、なるほどグローブのこの部分に型番が入るのですね。


村田:
オーダーには品番は入りません。つまり山田のグローブは定番(市販品)ということです。山田は今年からアドバイザーなのでラベルを替えて刺繍で名前を入れただけで、他は定番です。最初は今のグローブと同じように定番のままだったんですが、ヤクルトには山田以外にも(DJIMを)使う人がいるのでどれが山田のグローブか分からなくなってしまった(笑)そこでラベルを剥がして、山田用のを付け替えたんです。これは山田だけ特別ですね。

G:
そんなに多くの愛用者が。

村田:
今日も1つ送っています。だから増えている。

G:
村田さんが伝票を書いているから分かるんですね。

村田:
そうです。

G:
プロの選手も順番待ちしてるんですね。

村田:
プロは他の選手や関係者を通じて僕にたどりつきます。つまり、プロはスポーツ店に行かなくていいじゃないですか。だから、伝票用紙を渡してFAXしてもらっている選手もいる。どこのスポーツ店よりもきれいなオーダー用紙を書く選手もいます(笑)

G:
プロ野球選手が自分で伝票用紙を書くなんて機会ないですよね(笑)

村田:
高校球児でもスポーツ店さんに任せるじゃないですか。けれど、プロは行けないんですよ。夜も試合をしているし。だから僕が行かないとプロの子は買えないんですよ。

G:
誰でもドナイヤを買えるようにというのが村田さんの仕事なんですね。

村田:
かといって全球団行けるわけではないのですが。でも、甲子園や京セラドームに来たときにフォローします。山田もこっち(大阪)に来たときです。けれど、よく考えたら偉いですよね。他のメーカーなら神宮(神宮球場)に来てくれるのに。

G:
作り手冥利に尽きますね。

村田:
嬉しいですね。

G:
山田選手のグローブの話をもう少し聞かせてください。グローブを「育てる」というのは具体的にはどういう作業をするのですか?

村田:
新品の状態はカチカチの状態です。彼の場合は、ポケットがウェブの下にあります。どちらかというとピッチャーのようなスタイル。(土手に)ポケットを広く取るのではなく、グニュっと掴み取る。普通の野手と違う形になります。

これが野手の捕球の形。


山田選手はこういう形。


G:
ピンポイントで捕球するイメージですか。

村田:
そうです。そのためには、広がっているグローブのウェブ側にポケットを作ってやる。そうやりつつ、ひたすらキャッチボールをして柔らかくしていって、次にレース(紐)の調整です。幅を広げる、広げる、締めるとか。

G:
レースの部分にも選手の好みがあるのですか。

村田:
ええ。みんな違います。広げる、広げる、狭めるとか。

G:
ちなみに山田選手は?

村田:
大、中、小です。今は育てている段階ですが、試合が始まるとレースが伸びきってくる。そうするとまたレースの大、中、小を戻さなければいけないという調整をします。シーズンが始まると私が大阪で彼が東京なので、月に甲子園が3カードだと月3回しか会えないですが。


村田:
また、シーズンごとに調整具合も変わります。開幕当初は動けますよね。動けるときは狭めでもいいところが、夏場に体力が落ちてくるとボールに追いつかなくなってくる。そうすると逆に広めにして、少しでもボールが引っかかるようにしてあげる。

G:
シーズン中にも変えるのですね。

村田:
去年は日本シリーズにも出場して160試合以上戦っているから、最後にバテてフライを2個ほど落としてしまったんです。そういう時は、この部分を立ててあげてフライのボールを引っかかりやすくするとか。実は、オールスター前後、彼は左足を捻挫していたんです。それを隠しながら出ていた。ボールの正面に入れないから、ちょっとでもボールが引っかかりやすいように広げるなど、工夫するのです。

G:
そんなに細かく調整するのですか。

村田:
彼の体調をしっかり見てあげないとダメです。

G:
山田選手がこうして欲しいと言うのですか?

村田:
僕から言うことが多いですね。山田は自分から言うことは少ないんです。だから私から、「おい。いま捻挫してるやろ。ボールに追いついてないのと違うか。それなら、俺はここを広げようと思うけど、どうだ?」と言う。「ここを広げるということはどういうことですか?」と山田は聞いてくる。「広げるということは、こういうことにつながる。だから良いんじゃないか」という風にアドバイスをする。フライを落としたあとは、「こういう捕り方をしているから、ここからボールが逃げてしまっている。だから、ここを立ててひっかけたらどうか?」と。山田は「なるほど」と。山田のイメージと僕のイメージを交換して、そして守備走塁コーチの三木ヘッドコーチ(三木肇ヘッド兼内野守備走塁コーチ)にも加わってもらって、3人ですり合わせというかミーティングをします。

G:
なるほど。

◆ゴールデングラブ賞のために
村田:
教えるのは三木コーチ、メンテナンスは僕、そして使うのは山田ですから。でもこんなこと、どこのメーカーもやってないですよ。用具担当者が守備走塁コーチに何か言えませんよ。こういう練習をさせてくださいとか。

G:
村田さんは言う?

村田:
言います。三木コーチの現役時代から知っている仲ですから。山田はね、ドナイヤと契約するにあたって「ゴールデングラブ賞を取りたい」と言ったんです。そして、「ゴールデングラブ賞を取るには三木コーチと村田さんと自分の3人が一体にならないとダメだと思っています」と言いました。だから、僕は三木コーチにも言います。3人で一緒にゴールデングラブ賞を取るんだと。キャンプを見てもらったかもしれませんが、今年は山田は守備ばっかりです。実際、山田だから契約したんです。うまくなりたいという気持ちがあり、そして誰よりも練習する。グローブについても一生懸命勉強する。別にトリプルスリーは関係ありません。もし彼がまだ無名でも彼と契約してたと思います。努力家だから。

G:
イチ野球人というか、イチ野球少年という風に村田さんはとらえているのかも。

村田:
調べてもらえば分かりますが、山田は去年、守備率は12球団トップです。ただ、ゴールデングラブ賞は記者投票だから。

G:
印象というのは大切ですね。

村田:
今シーズンは山田は言い続けているんです。ゴールデングラブ賞を。

G:
なるほど。記者に見てもらえるようにアピールする戦略ですか。

村田:
僕も新聞社の人に山田に関する取材を申し込まれることがあるのですが、「ゴールデングラブ賞で山田に入れるなら(取材を)受けます」と冗談で言っています。冗談ですが、大切です。


G:
山田選手のこと、注意して見ようかとなりますね。ゴールデングラブ賞を取る資格はありそうですか。

村田:
あります。あとは、いかにうまいと見せる捕球をするか。魅せる捕球、華のある捕球。菊池選手(菊池涼介)はそれができるんです。

G:
なるほど、ただ捕るだけではだめで、その先のレベルでの争いなのですね。

村田:
そうなんです。でも本当にうまいのは宮本慎也さんのようなプレーですよ。飛び込まなければいけない球を正面で捕る技術。何でもないように捕る。究極はそこだと思います。久慈さん(久慈照嘉)とか小坂さん(小坂誠)とか。

G:
山田選手はそれを目指してキャンプで守備練習に取り組んでいたんですね。ファンはオープン戦の打率にやきもきしていますが。

村田:
大丈夫です。昨日もLINEでやりとりしていたんですけれど、大丈夫です。守備を完璧にしておけば大丈夫です。山田は打ちます。でも、入団した当初は練習しなかったんですよ。今時のコで、それに天然(笑)自主トレで先輩に「帰れ」と怒られてほんまに帰るような。こいつはとんでもないヤツだなぁと。

G:
すごい(笑)

村田:
でもスターになるなと思いましたよ。もともとショートで入ってきて、イメージが池山さんみたいじゃないですか。スラっとしていてイケメンだし。

G:
球団もスラッガーの大型ショートとして育てようと思っていたんでしょうね。

村田:
人気出るだろうなと思いました。

G:
華がありますね。確かに。

村田:
入団3年目からめちゃくちゃ練習しだしたんです。本気になってからはスゴイ。今や誰よりも練習していると思います。日本一練習しています。僕が見てきたプロ野球の選手で、最初にスゴイ練習量だと思ったのは当時西武だった松井稼頭央選手です。誰よりも早く球場に来て、遅くまで。

G:
スイッチヒッター(両打ち)ですものね。倍やらなきゃいけない。

村田:
そうです。それ以来、松井稼頭央を超える選手を見たことなかったんですが、初めて超えたと思ったのが山田でした。だから、応援したくなるんです。

G:
なるほど。

村田:
ただ、LINEとかはひどいものですよ。「ドナイヤ好き。村田嫌い」「なんで呼び捨てやねん!」みたいな感じ(笑)でも、仕事モードになったら二人とも全然違いますよ。グローブのことになったらおちゃらけなしです。


◆池山隆寛という存在
G:
山田選手と村田さんはすてきな関係ですね。パートナーというか。

村田:
もともと、池山さんが(こういう付き合い方を)教えてくれたから。当時、僕が大阪から単身で東京に行って一人暮らしでしたから、池山さんのお宅にお邪魔させてもらったり。よく泊めてもらっては、奥さんにはご飯をごちそうになって。一人暮らしだからとお弁当までもたせてもらって。池山さんの子どもも小さな頃からよく知っていて、進路相談を受けたり(笑)東京に来たばかりの頃、池山さんに「大人になって東京に出てきたから、東京のマブ(親友)、池山さんだけやわ」と言ったら、「俺、マブちゃうで」と(笑)東京でできた初めての友達だったんです、池山さんが。池山さん、コーチなのに「俺とも早く契約しろ」と言うんですよ。どこのメーカーがコーチと契約するんですか。

G:
コーチと用具契約(笑)

村田:
ないでしょ(笑)

G:
そういう冗談を言い合える関係なんですね。

村田:
プロ担当としてこの業界に入って、「プロの世界はこういうものだ」というのは池山さんから学んだ。直接こうしろと教わったわけではないけれど、プロの選手との接し方は、池山さんが教えてくれたと僕は勝手に思ってます。

G:
村田さんは人とのつながりにめぐまれていますね。

村田:
はい。プロの世界に飛び込めたのは池山さんのおかげです。

◆山田哲人契約記念モデル
G:
もうすぐ山田哲人契約記念モデルグローブが発売されますね。

村田:
これです。2016年3月末に販売します。


G:
これは軟式モデルですか?

村田:
硬式素材で作ってるんですが、硬式野球にはカラーの規制があるので、軟式の人が買うでしょうね。特に硬式・軟式はうたわず「山田哲人契約記念モデル」としています。このカラーは山田が去年、練習で使っていたタイプなんです。ずっと定番を使っていたですが、去年オーダーでカラーを変えたグローブを作ってそれを練習で使っていました。ファンの人は山田が練習で使っているのをよく知っていて、同じカラーをオーダーする人が多かったので、契約記念モデルとしてこのカラーで出そうとなったのです。

G:
黒がベースでピンクのステッチがあしらわれていますが、山田選手の注文ですか。


村田:
そうです。山田と同じものが欲しいと、同じカラーでオーダーする人が多くて。今回は、ドナイヤのユーザーや山田哲人ファン、スポーツ店さんへの恩返しということで価格も抑えて販売します。一度だけの記念ということで。だから刻印も「YS1(ヤクルトスワローズ1番)」にしています。これは最初で最後です。


G:
この契約記念モデル、争奪戦になるのでは?

村田:
すでに全品、スポーツ店へ納める数は決まっています。スポーツ店さんが注文した分だけなので、お店で売り切れたらおしまいです。オーダーなので同じカラーで作ることはできるんですけどね。「YS1」は入りませんが。

G:
今、ドナイヤを取り扱っているスポーツ店はどれくらいあるんですか?

村田:
約50店です。九州と近畿に多いです。

G:
本当は各都道府県のスポーツ店に納めたい?

村田:
理想はそうですね。もともとは大阪と工場のある九州だけでいいと思っていたんですが。ありがたいことに各地から取り扱いたいと言ってもらえて。徐々に各地で取り扱ってもらえるようになった。でもグローブの数を増やせないんです。工場のキャパは十分あるし、数を作っても質は変わらないと思うけれど、検品作業が……。

G:
阿久根市にあるという製造工場は革専門の工場ですか?

村田:
グローブ専門の工場です。他のメーカーのグローブも作っていますよ。ただ、メーカーごとに革も違う、金型も違う。ラインも違う。革を切ってヒモを通して縫って刻印までグローブ作りのすべてを全部できる工場です。だから品質のバラツキが出ないんですね。

G:
九州の工場だから九州地区に取扱店が多いのですね。

村田:
そうです。さらに、ウイルソンの前にアシックススポーツ販売時代に九州でスポーツ店さんを回る営業をやっていたことも大きいですね。営業から開発に行って、次にプロ担当に行ってということは普通はないことだと思います。

G:
そういう経験があったから、今一人でドナイヤができているのですね。

村田:
そうです。でもよく「一人でたいへんですね」と言われるけれど、楽なんです。僕、大学は大産大(大阪産業大学)の夜間だったので、朝5時から夕方まで喫茶店でバイトして、その後大学に行って、20時20分から野球部の練習をして、それが終わってからレンタルビデオ店で2時30分までバイトをしていました。バイト・学生・野球・バイトと4つのことをしていました。それが今や一つしかしなくなったので、楽です。

G:
比較の基準となるものがスゴイですね……。

村田:
しかも、自分の好きなことですから。ありがたいです。好きなことにつき合ってもらって、周りの人には感謝です。


◆究極のグローブ
G:
プロと同じものを使えるという、ファンにとってはたまらないドナイヤのグローブですが、先ほど言ったとおり大手メーカーに比べてむしろ安いぐらいです。なぜ、低価格でできるのですか?

村田:
販促費をかけていないからだと思います。広告費は大きいですから。それ以外にもプロや強豪校に提供したりという費用もかかります。ドナイヤは売るためにやっているわけではないので、販促費にはお金をかける必要がありません。

G:
これでも利益は出ているのですよね?

村田:
はい。ただ、僕は儲かった分はグローブに投資してるんです。この内野用グローブは同じモデルを継続して7年目と言いましたが、実は進化させているんです。

G:
毎年変わってるんですか?

村田:
はい。例えば、ここの白い部分あるじゃないですか。これ「キリハミ」と言うんですが、前は内側から回り込んでいたんですが、そうすると球が(キリハミに)当たって破れるかもしれない。だから、すこし内側に入れました。


他にも「指袋」という親指を入れる部分の位置をほんの少しずらしたり、とか。誰も気づかないですけれど、そういう改良をしています。こういうわずかな改良でも金型を作り替えなければいけなくて。でも、この定番を改良し続けて究極のグローブにしたいんです。ドナイヤの広告を載せるお金があれば、もっともっと完璧なものにしたいんです。たぶん、誰も気づかないですけどね(笑)


G:
同じ品番の定番モデルでも、進化し続けているんですね。

村田:
そういう進化のためにはスポーツ店さんに耳を傾けることが大切です。プロのグローブを見て気づくこともあるし、「ユーザーさんがこう言っていた」とスポーツ店から聞くことで気づくこともあります。また、全数検品のおかげで気づくこともある。全数検品は開発にも活かされています。素材の革にも違いがあって、例えば、背の部分が少しだぶついてきていると気づく。これは今入ってきている革が柔らかいから、そういう傾向だと感じたら、金型をより引っ張る用のものに替えなければダメです。


G:
全部検品する作業は開発にも必要なんですね。

村田:
はい。あと、僕は大学時代から野球を続けていて、今はソフトボールをしているのですが、開発のためでもあります。

G:
実際に使ってデータをとっているんですか?

村田:
そうです。ソフトボールが一番良いです。まずボールが大きい、さらにバッターからの距離が短い。ボールが大きいからポケットも大きく作る。また、距離が短い分、カバーしにくい。野球だと距離がある分、シャッフルしてもごまかせる。ソフトボールは捕ったらすぐに投げないとセーフになるので、ごまかしがきかないんです。

G:
なるほど。ソフトボールで使えるグローブは野球でも使えるということですか。

村田:
そういうことです。もともとアシックススポーツ販売でルイスビルスラッガーのソフトボール用バットの販売をやっていて、ウイルソンでもディマリニのソフトボール用バットを出すことなりました。ソフトボール用バットで有名な2つのメーカーのバットにたずさわったことがあって、やはり売る物を自分で分からないといけないと思い、ソフトボールチームに入ったんです。もともとバットの研究のためだったソフトボールが、今ではグローブの開発で活かされています。ウィンドミルも練習して、ピッチャーを含む全ポジションをできるように練習しました。投手用グローブを使うためには投げられないと試合に出られないですから。全ポジションやれば全部のグローブを開発できますからね。

G:
なるほど。

村田:
山田のグラブもソフトボールで作ってるんですよ。ソフトボールで使う方がポケットが広くなるんです。ポケットを広げておけば、後は山田が硬式で捕球する部分だけを仕上げればOKです。プロの選手で移動中にソフトボールを挟んでいる人は結構多いですよ。

G:
ソフトボールを挟んで、ヒモで縛ったりするんですか?型をつけるためにボール2個入れて縛ったりしますけれど、ソフトボールですか。

村田:
そうそう、ボール2個と同じことですよ。ポケットを広く、広くということです。

G:
先ほどちらっと出た村田さんが考える「究極のグローブ」とはどんなグローブですか?

村田:
(しばし考え込んで)ずっとたどり着かないと思いますよ。逆に、たどり着くと辞めちゃうかもしれない(笑)誰にも気づかれない部分を、少しずつ完璧に近づけていくのがいいのかなあ。

G:
言葉は悪いけれど自己満足の世界ですか?

村田:
ははは。そこに何十万円、何百万円の金型代を投資するんですからね。見ても分からないところに。自己満足かも(笑)

G:
やらなくてもいいということはないんですか?

村田:
気づいた以上は目をつぶるわけにはいかないじゃないですか。けれど、こんなことサラリーマンだと絶対できないですね。僕がサラリーマンの上司だったら部下がそんなこと言ったら絶対に許さないですよ(笑)


G:
わがままを押し通した先にできるのが究極のグローブなのかもしれないですね。

村田:
ほんとうに周りの人たちに恵まれました。

G:
本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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in 取材,   インタビュー, Posted by darkhorse_log

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