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楽器の王様「ピアノ」を完璧に調律することが実は理論的に不可能なわけとは

By Brook Ward

クラシック音楽からポップ/ロック音楽まで幅広いジャンルで取り入れられているピアノは楽器の王様ともいわれ、18世紀に誕生して以来、多くの人々を魅了してきました。美しい音色と響き、そして豊かな表現力を持ち「完全無欠」とも思えるピアノですが、実は完璧に響き合う調律は原理的に不可能であることが知られています。

Why It's Impossible to Tune a Piano - YouTube


ピアノそのものの説明に入る前に、まずは弦を使った楽器の説明から。バイオリンやギターなどの弦楽器は、弦を弓でこすったり弾いたりすることで弦を振動させ、音を出しています。


発される音の高さ(音程)は、弦が振動する速さによって決まります。一番上の振動よりも2番目、2番目よりも3番目というように、音の波が細かくなるほど音が高くなるというわけです。


そして、この音が高くなる比率には一定の法則があります。下図中で一番上の振動を基準(「ド1」)した場合、振動数が最初の2倍になると音の高さはちょうど2倍の1オクターブ上(「ド2」)となります。さらに振動数が増えて元の音から3倍の振動になると、その音は2倍の時の音「ド2」に対する5度の音(「ソ2」)となります。さらに4倍になると「ソ2」に対する4度の音(「ド3」)、5倍だと長3度(「ミ3」)、6倍だと短3度(「ソ3」)というように、倍数が「1」大きくなるごとに徐々に音程を狭めながら音が高くなっていきます。このような、周波数の比が単純な整数比である「ハーモニクス(倍音・純正音程)」は、基準となる音に対して完全な和音として響きを持つことができます。


この特性を元に、弦楽器では「ハーモニクス」の音を利用して弦の調律(チューニング)を行うことができます。バイオリンだと、一番低い弦「G線」の3分の1の場所とその1本上のD線の2分の1の場所に指を当てて弓をこすることで出るハーモニクス音(フラジオ)が一致するように調整すると、完全なチューニングを行うことが可能です。


ギターの場合でも、6弦5フレットと5弦7フレットというふうに、隣り合う弦で同じハーモニクス音を出してチューニングを行えることを知っている人も多いハズ。


弦楽器の場合は比較的簡単に行えたチューニングですが、同じく弦を使う楽器でも鍵盤楽器であるピアノでは、状況が変わってきます。


フルサイズのピアノになると、1オクターブあたり12個の音程が約7オクターブ分あり、それぞれの音に専用の弦が張られています。しかも半数以上の音には2本~3本の弦が張られているので状況はさらに複雑に。


その問題は、音階が並ぶごとに明らかになってきます。例えば、全音(=半音×2)で2つの音が並んだ時は何ら問題はないのですが……


全音×6個で1オクターブ上がる(=半音×12)という場合になると問題が露呈します。「1オクターブ上がる」ということは周波数がちょうど2倍になるはずなのですが……


全音を6つ分移動するとズレが生じます。これを数学的に表現すると「9/8の6乗」となりますが、その解は2.027286529541……となります。つまり、1オクターブを6分割したはずの全音を本来あるべき音の幅で6回積み重ねると、なぜかちょうど1オクターブを少し超えてしまうという矛盾が生じるのです。


これは音のステップを変化させても同じことがいえます。3度(=半音×4)を3つ重ねてオクターブにした場合だと「5/4の3乗=1.953125……」となり、今度は1オクターブに少し足らないという事態に。


半音を12個重ねてオクターブにした場合でも「16/15の12乗=2.16942521297……」となり、これまたピッタリのオクターブとはなりません。


そしてこれは数学的にも証明することができるとのこと。有理根定理に基づくと、整数aとb、そして1よりも大きなnを用いて以下の式を現した場合、その解は2とはならないということが証明されています。


ここまでは「倍音」、つまり弦の振動数を整数ごとに分割した音程を基準に考えてきたわけですが、原理的に響き合っている純正音程を単純に積み重ねるだけでは、完全なオクターブは実現されないということが証明されたわけです。

それではピアノはどのようにして完全なオクターブを実現しているのでしょうか。その答えは、1オクターブの音程を12個の均等な周波数比で分割するという平均律(12平均律)の採用です。「均等に割った音を12個積み重ねると1オクターブになる=2の12乗根」に従って1オクターブを分解することで、ピアノは全域にわたって均等な音程を実現していると言うわけです。


しかし、「オクターブが実現できてめでたしめでたし」ということにはならず、今度は分割された音程が完全に響かないという別の問題が頭をもたげてきます。2の12乗根は無理数であるため、「3分の4」や「2分の3」といった分数(=有理数)で現すことが可能な純正音程のように完全に響きあうことができません。


つまり、平均律で調律されたピアノは、ごくわずかな不協和音を全域に含みながら全体のバランスをとっているといえるのです。


これを数学的に現すとこんな感じ。オクターブは「2の12乗根の12乗」ということでピッタリの「2」となって完全なオクターブが実現されていますが、それ以外の5度や4度、長短3度はいずれも理想値である倍音からは微妙に上下にズレている音となっていることがわかります。


これはピアノ弾くと微妙な音の「ズレ」となって感じられることがあります。ほとんどの場合はこのズレが気にならないように調律されていますが、和音を引くとほんのわずかに音の「うねり」が感じられることがあります。


しかしこのうねりは、純正音程による和音の場合には生じません。これは、原理的に響き合う音で和音が構成されているからです。


多くの場合はピアノは「平均律」で調律が行われています。これは、市販されているチューナーや電子楽器でも同じことがいえ、基本的には平均律に従ってチューニングを行ったり、音程が設定されています。ただし、一部の機材では平均律以外の音階を設定できる機種も存在しています。


このように、ピアノではオクターブを基準としていわば「つじつま合わせ」ともいえる状態で調律が行われていることが理解できました。しかし、ここには非常に大きなメリットが存在していることを忘れるわけにはいきません。平均律で調律された楽器は12音階が等しく響き合うように調整されているため、どの調(=キー)で演奏しても同じ響きが得られるようになっています。これにより、さまざまなキーで演奏される音楽にもスムーズに対応できるという大きなメリットが存在しているのです。


なにげに弾いたり聴いたりするピアノの音にも、このような背景が隠されています。次にピアノを弾いたり聴いてみたりする時は、この隠された真実に耳を傾けてみると、また違ったピアノの味わい方や魅力が感じられるのかもしれません。

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in メモ,   アート, Posted by darkhorse_log

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