アニメ映画『花緑青が明ける日に』四宮義俊監督インタビュー、幻の花火「シュハリ」打ち上げを目指す鮮烈な物語はどう描き出されたのか?

再開発により立ち退きが求められている老舗花火工場を舞台に、幻の花火「シュハリ」を完成させて打ち上げようとする敬太郎と、久々に帰郷して敬太郎の計画を知るカオル、地元自治体の公務員として敬太郎の思いと立ち退き計画の狭間で悩む千太郎の3人の姿を描いた映画『花緑青が明ける日に』。日本画家であり、CMやMVなどの映像作品も手がけていて、本作では初めて長編アニメーション監督を務めたという四宮義俊さんに、本作について根掘り葉掘りうかがってきました。
映画『花緑青が明ける日に』公式サイト|絶賛公開中|ハナロク
https://hanaroku.asmik-ace.co.jp/
GIGAZINE(以下、G):
YouTubeで本編冒頭映像が配信されていますが、この範囲だけでも、しばらく音がないところから入って、空撮映像かと思ったらカオルが洞窟を歩いているところで、手前に立つ「急傾斜崩落危険区域 立入禁止」という看板を見て現実に引き戻されるのですが、洞窟を抜けた向こうではクジラが空を飛ぶ風景が混ざって、その先ではちょうど進められている工事の様子へ……と目まぐるしく現実的光景と幻想風景が入り乱れます。映画館で見たとき、ここでもう「おぉ……」ともう画面から目を離せなくなりましたが、こうした導入部は作品作りの初期から決まっていたものなのでしょうか?
『花緑青が明ける日に』本編冒頭映像|3.6 (Fri) ❉ - YouTube

四宮義俊監督(以下、四宮):
企画を始めてからすごく長いのでどこを最初とするかということはありますが、初期のころは短編として考えており、東京のシーンから始めようと思っていた時期もあります。チッチがカオルを迎えに来るところです。しかし、それだと過去を描ききれないので、前のところを足していったという感じですね。物語に厚みが出てきてから、水軍のモチーフなどを冒頭でちょっとは触れておきたいなと考え、だんだんとあのような形になっていきました。
G:
なるほど。
四宮:
当初は『新しい夜明け』というタイトルだったので、日没から始めて、最後は夜明けで映画が終わるというつながったイメージが作れればいいなと思い、冒頭部を作った記憶があります。
G:
それで冒頭部分、三浦半島の前のところが日没なんですね。
四宮:
あのカオルが洞窟を歩いていくシーンも、敬太郎が家から出てくるか出てこないかみたいな部分と「天岩戸」をかけて、ちょっと神話モチーフみたいなものを入れたいなと思っていた時期があって、その匂わせというか(笑)。結果的に、神話になぞらえるまではしなかったのですが、名残としていろんな要素が残っていたりします。
G:
なんと(笑)。今回、四宮監督は、公式サイトでのクレジットは「原作・脚本・監督」となっていますが、実際に作品のエンドクレジットで見てみると絵コンテや製作、キャラクターデザイン、作画監督、原画、色彩設計、美術監督、背景、美術設定のところにも名前がありました。制作工程ではほぼほぼ四宮監督の手が入っているというイメージでしょうか。
四宮:
「あれもこれも自分で」みたいになるのもおかしいかなというのはあったんですけれど(笑)、制作を始める当初から配給会社のプロデューサーと話していたのは、「原作が誰か」ということへのこだわりでした。僕は個人の作家としてやっているので、自分の物語だということにすごく価値を持ちたいし、製作のところに名前があるのも「自分が考えたものでも自分の著作物ではない」みたいなことに対してやはり違和感があって。これは映画の仕組み上、どうしようもないことで、慣習として仕方がないことだとは思うんですが、だからこそ自分の名前が権利者として入っているというのはすごく大事な要素で。原作が自分だということは、契約としても大事なところだと思っていました。
G:
そういうことでしたか。
四宮:
本編の方の役職に関しては、CMやMVなどで特殊なシーンだけ手がけていた時期が長くて、「最後は自分で完結できる」ということしか今までやってこなかったので、逆に、「自分が関わらない」と言ってしまうことの怖さの方が強かったんです。裏返せば、最後、自分がコントロールさえできればなんとか見せられる絵にはなるという自信はありました。そのために時間がかかったという部分はありますが、表記上、僕の名前が先にあったり後にあったりしますが、多くは共同で作業をした方がいて、その方々の理解のもとやらせてもらっているというのは大きいです。全部を1人ではとても持ちきれないので(笑)
G:
作画の点では、作画監督として四宮監督とともに浜口頌平さんの名前が並んでいます。もともとは原画として入ってもらったけれど、カオルが煙火店に帰ってきたシーンが良く、作画監督をお願いすることになったとのことですが、浜口さんの参加はまったく想定外だったというか、うれしい誤算だったという感じなのでしょうか。
故郷・二浦市を離れて大学に進学した式守カオルは、帯刀煙火店の立ち退き計画に反対している敬太郎の説得を求められ、久々に帰郷する。

四宮:
まさにうれしい誤算だったというのは間違いなくそうです。初めての長編アニメーション映画の監督で、オリジナルの企画でということになると、やっぱり人を集めるのが難しいんです。その中で、浜口さんはプロデューサーの藤尾勉さんが連れてきてくれた方でした。当時、スタジオには僕しかいなくて、「企画が走っていく中で人が集まってくるかな」と思っていたところへ何ヶ月かして入ってくれたのが浜口さんだったんです。スタジオに来た浜口さんに、まずは原画をお願いしたんですが、20カットぐらいお願いして、上がりが来るのは3~4カ月後です。その上がりを見た時、はじめて「この人に作画監督をやってもらえないかな?」と思ったわけですが、浜口さんには僕が戻した原画の作業がありますから、最終的には半年以上経ってから改めて「作画監督をお願いできませんか」と。
G:
おぉ……そうだったんですか。
四宮:
制作の終わりまで含めても、スタジオにいたアニメーター、原画マンは2人しかいなくて、片方は僕でもう1人が浜口さんだったという(笑)。もう1人、作画監督補佐としてふじいりなさんという方には遠隔で入ってもらっていました。たぶん皆さん、いろんなアニメ映画を見ていて、現場は10人とか数十人とかで作業しているのを想像されると思うのですが、原画マンは始めから終わりまで、スタジオにいたのは僕と浜口さんの2人です。
G:
なんと!
四宮:
美術を描く人も、スケジュールのうち3分の2は僕と馬島亮子さんの2人でした。しばらく経ってから、美術監督補佐でクレジットされている田川詠梨さんが入ってくれて、もう1人が週1ぐらいで入ってくれたので、最大で4人。あとは皆さんオンラインや外注なので、皆さんが想像しているのとは違う、ずっとミニマムな現場でした。もちろん、クレジットを見ていただいたように全体では何百人も名前が入っていて、いろいろと協力していただいています。

G:
でも、リモートや出先での作業の方が多いので、スタジオで顔を合わせることはないと。
四宮:
ないです。それは難しさである一方、この体制でアニメが作れるというのが、今の日本のアニメの底力なのかなと思います。
G:
今回、四宮監督は「約1000カットについて1カットずつすべて判断を行った」と、クリエイターズステーションのインタビューに答えておられました。これは、浜口さんと2人で作画監督を務めているので、とにかく見ていくしかないという感じでしょうか。
四宮:
それもありますし、僕にとっては初めての長編監督作品なので「チェックをスルーしても何とかなるだろう」とは思っていないというところです。これが超有名作品、たとえば『ドラえもん』だったら、物語の雰囲気も、キャラクターの性格もみなさん知っているわけですが、『花緑青』は誰も知らない話なので、中心にいる人間が形作らない限り、絶対にいいものにはならないと思っていました。
G:
多数の役割がありますが、「今日は原画の日」のように役割を分けていたのでしょうか?臨機応変に切り替えていたのでしょうか?
四宮:
たとえば冒頭部分のカオルが洞窟を歩いていくシーンは全部僕が原画を1からやっていますが、その他の多くのシーンは原画マンに発注しているので、それを直すところには時間がかかっています。大まかな方向性が決まるので、だいたいレイアウトと原画でスケジュールの大半をたぶん使っていたんじゃないかと。もちろん、隙間隙間には美術の作業があり、原画作業が始まる前にも美術ボードといって、各シーンの色の雰囲気や、たとえばパンフレットの表紙になっている絵なんかも僕の方で作って、馬島さんと共有していました。
G:
なるほど。
こだわりが詰め込まれたポイントの1つ、帯刀煙火店のデザイン。中2階がリビングルームになっている。

四宮:
1番重要なのはレイアウトと原画を見る作業なんですけど、「この1週間は美術だけを見る」とかもあり、あと花火はどうしても描かなければいけないので、「今月は花火だけをやります」というスケジュールを作るんですが、それだけじゃ作りきれないので、手伝ってくれる人を必死で探したり……。最初からきっちりスケジュールがあるという感じではなく、「来週にはこれがなければいけないです」「明日はどうしましょう」という工程が実際のところです。後半も後半になると、もうこんな感じ(と、手で終盤に急激に上がっていく折れ線グラフを描く)。どこのアニメの現場もそうなのですが、月に20枚ぐらいしか上がらなかったのに、最後になると1週間で60枚ぐらい描いていました。記憶をなくしてしまうようなスケジュール感だったというのはあります(笑)
G:
1つの作業に集中しているだけではダメで、随時チェックがあると集中力が切れてしまって大変ではないかと想像します。
四宮:
そうですね……うまいこと切り替えつつやるしかないですよね、ここでクオリティを上げていかなければいけないですから。でも一番大変だったのは打ち合わせだったかもしれません。
G:
打ち合わせですか。
四宮:
今まで個人作家としてやって来たので、自分の作品に関して喋る相手はいなかったのですが、どうしても人に作品を手伝ってもらうと説明するための打ち合わせが必要で、長時間打ち合わせをした後は頭が回らなくなってしまうんです。話した内容が100%伝わるとも限らないですし、打ち合わせに慣れていないというのもあるし、その難しさはありますね。
G:
集団作業だから、どうしても必要ではあるけれど、と。
四宮:
10人で作業ができるなら、打ち合わせは10回で済ませられるかもしれませんが、1000人集めたら、下手すると1000回以上の打ち合わせが必要になる可能性があります。やりとりがうまくいくとは限りませんから。たとえば、外国の人に入ってもらうとなったとき、通訳さんが必要になると、どうしてもやりとりには倍近い時間が必要になります。日本の人相手に伝えるのも難しいことがあるのだから、外国の人が相手ならなおさらです。
G:
外国というと、今回はフランスのMIYU Productionsが参加していて、時差があるのは大変だったということを読みました。MIYUは『化け猫あんずちゃん』の制作にも参加していて、また色合いが特徴的な作品への参加だと思ったら、本作ではストップモーションアニメーションを手がけているんですね。
四宮:
そうなんです。本編は作画も美術もまったくノータッチで。
G:
チッチが酔っ払ってからの一連のシーンですね。

四宮:
フランスの方々はすごくこちらをリスペクトしてくれて、折り紙で塀を作ったり、僕がリクエストした南部鉄器の急須を取り入れてくれたりしました。ソーラーパネルをどう表現するかみたいなところでは、モチーフへの思い入れというか、文化によっての違いみたいなところも出てきました。再現模型で「東西南北」を示すにあたって、フランスの人に書いてもらうのか、現地にいる日本人に書いてもらうのか、これは簡単なことのようですが、こういったことにさえやりとりが必要になるのかということもあって。アニメだと、僕が描いたもの以外は画面に映らないわけですが、ストップモーションアニメのところは僕が描いていないものを映すことになります。でも、麻雀牌で表現されたキャラクターのジェスチャーみたいな表現では「こういう面白さでいけるんだ」と思いました。そういった点は逆に言うと、自分にはないものが出ていても許容できるところがあって、スリリングでした(笑)
G:
全カット確認したという四宮監督のコントロール外の、意外なパートになっているんですね。本作では、このストップモーションアニメーションとともに、マルチプレーン撮影のパートが入っていることも特徴的だと思います。マルチプレーン撮影を行ったSUKIMAKI ANIMATIONさんは、四宮監督がSNSで見て声をかけたのだとか。
四宮:
そうです、Xで見かけて。SUKIMAKI ANIMATIONの鋤柄(真希子)さんもおっしゃってましたが、ユーリー・ノルシュテインとか昔の時代のマルチプレーンのいい雰囲気がイメージとして伝わってきて、「どういう人なのだろう?」と思ったら世代的にも近く、価値観も共有できました。関西にスタジオをお持ちなので、用事があった時に合わせて寄らせてもらうことになって、撮影現場を見せてもらいました。僕もファインアートの人間なので、作業場を見るとその人がガチでやっているかどうかがわかるのですが、その感じを見て取ることができたので「ぜひ一緒にやってもらいたい」という話をしました。
G:
なるほど。
四宮:
鋤柄さんは商業アニメ自体そんなに経験がないということなので危惧もあるだろうと思いましたし、2Dルックのキャラクターが乗ることに違和感はないかなど事前にいろいろと説明をした上で、楽しんで参加していただけたようですごく助かりました。
G:
これは作中に水中や宇宙、花火のシーンが出るとなったからお願いすることになったのか、すでに鋤柄さんとは知己があり、どこかで仕事を一緒にできればと考えていたのか、どうだったのでしょうか?

四宮:
暗い夜の色みたいなものは、デジタル情報の色の滲みだとやっぱり嘘くささがあるんです。花火、宇宙、水中というのは、まさに鋤柄さんのイメージから引っ張ってこられる要素だったので、決め打ちでお願いしたような形でした。マルチプレーンカメラによるオールドディズニースタイルというのか、『ファンタジア』的な、波ガラスが本当に波打っている海のシーンなんて本当に難しくて、やすやすとできることではないです。出﨑統さんやりんたろうさんがやっていた入射光の表現とかも、本作では下からの透過光みたいなところでやっていますが、そういった強烈な光、物理的な本当にものが光っている感じは、After Effectsにそういうプラグインはあるものの、やっぱり全然迫力が違います。今回、「100分の『ファンタジア』を作るのは無理だけれど、数カットの『ファンタジア』ならできるんじゃない?」という思いはあって、クライマックスの花火は、まさに狙ったとおりにお願いしたものが仕上がりました。

G:
おお。
四宮:
ひろしまアニメーションシーズン2024で行ったワークショップのシーンは、打ち上げた花火の消え際のところなんですけれど、やはり、あのカットの出来は圧倒的に突出していいなと思いました。
G:
50人ぐらいで、ピンを刺したりしたという。
四宮:
すごく気に入っています。
G:
あのシーンで、青い火の粉の塊が落ちるとともに、画面を横切るように流れていく別の青い色の光もありましたが、あれは後から撮影処理で入れたものなどではなく同じように手作業で作られたものなのですか?
四宮:
ワークショップのときに、白い紙に赤系統の絵の具で原画をなぞってもらう作業をしてもらった素材があるんですが、デジタル作業で色を反転させると、黒い闇の中に人間の手でしか表現できないようなグラデーションができあがるんです。その素材と、黒い紙に原画の部分だけピンで穴を開けてもらった素材を組み合わせています。
G:
そうだったんですね。作品内に花火が出てくるアニメはときどきあるのですが、あんなにも美しい花火の描写は印象的で、それも「花緑青」の青色の花火というのはおそらく初めて見たと思います。本作の企画には、四宮監督のアトリエの外にあった原っぱが一面ソーラーパネルになってしまい、そのソーラーパネルを見た娘さんが海のようだと表現したというのがきっかけの1つにあったとのことなので、海の青に合わせた青い花火にするということは、結構早い段階から決まっていたのでしょうか?

四宮:
当初は白銀みたいな色か、青か、どうしようかと迷っていたんだと思います。花火屋さんに取材するなかで、たとえば「和火」と呼ばれる、江戸時代にはこの色しかなかったという暗くて赤い色とか、トラディショナルな方向性に持って行こうと思って話を聞いていたときに「ハナロク」という言葉と出会ったんです。それはまさに自分が大学時代、絵の具屋さんから聞いた花緑青という色と元の素材が同じだと。そうなると俄然、「この色しかない」と思いました。ただ、花火屋さんにとっても「きれいな青色」というのは難しいらしくて、空が青っぽい時だと花火の色が馴染んでしまって見えないと。
G:
確かに。
四宮:
花緑青が使われなくなったのも、毒性のこともあるし、色自体の発色の難しさというのもあったのだと思います。実際に花緑青を使った花火というのは僕も見たことがなく想像の範疇のもので、聞いた範囲でしか作れないですが、挑戦しがいがある色でもあります。CGに置き換わってしまうと背景と馴染んでしまうし、難易度は高いだろうとは思いましたが、やることに決めました。
G:
花緑青は画材の色にもあるので、日本画家である四宮さんがそこから花火へとイメージをつなげられたのかとも思ったのですが、わりと出会いは偶然だったんですね。
四宮:
「まさか!?」と思いましたが、そういえば日本画にしかない素材なのかなと思っていたものがそうではないことはあるんだなと。たとえば、明治時代や江戸時代に遡ると「糊」といえばどのジャンルでも「糊」だし、紙も、いまだと「和紙」という言葉になりますけれど、楮(こうぞ)でできた紙をみんなが使っていたんですよね。劇中でも、帯刀煙火店の入口にある看板には、屋号のほかに習字みたいなものが書かれています。

G:
店頭にかかっている、丸いやつですね。
四宮:
あれは「反故紙」という、描き損じとか台帳の端っことかを使っています。明治くらいまでは紙というのは貴重なものだったので、書き損じを集めて売っているような業者さんもいたし、きっとお店ではそれを集めていただろうと。昔の古いふすまをはぐと、内側にそういう反故紙がいっぱい貼ってあるんです。反故紙をあえて表に出すようなオシャレな表装、建具もあるというのを僕は大学時代から知っていて……なぜかというと、建具をずっと作っていたからなんです。
G:
なんと!
四宮:
「シュハリ」について水軍との関係はいろいろ話したことがあるのですが、なぜ宇宙なのかあまり話していないんですけれど、それは、僕が日本の建具に宇宙を感じているからなんです。だから、敬太郎とカオルは建具の前でシュハリの謎に気付くんです。今回ちょっと無理やり、あえて建具の模様をフィボナッチ数列っぽく、黄金比っぽく切ってあるんですけれど、あの整然とした格子状の中に僕は大学時代、ずっと宇宙を感じていて。

G:
それが、ここに!!
四宮:
建具をきれいに仕立てるにあたって、「張り混ぜ表具」という、絵を貼り合わせていく表装の仕様があるんですけれど、そういうのが本当に好きで、大学時代は建具・表具をずっと研究対象にしていました。自分でふすまを作って、公民館を借り切って展示するみたいなことを繰り返したんです。あまりダイレクトに言うのもあれなんですが、僕は建具が建物とセットというか、セットの中にある建具に絵画が収まっているという状況こそ日本画の理想的な形としてイメージしていて、そこにある種の宇宙が表現されているような印象を持っていて。それを今回、絵で具現化しているんですけれど、だから、2人の前で建具がそのまま宇宙に切り替わるというのは、まさに僕が今まで作ってきたとおりのイメージなんです。
G:
あれは四宮監督の姿でもあったんですね。ここに宇宙があるという。

四宮:
花火屋さんのことはもちろん取材しているんですけれど、たとえば建具に紙を貼るときに使っている刷毛は日本画で使っている刷毛だし、ボールに糊を詰めているときに花火屋さんが紙を貼るのも同じように刷毛を使っていて、昔は同じようなものを使っていたんだなと感じます。今は文化的に先細ってしまってそれぞれ別のジャンルに見えていますが、花火の玉の上を結わえるのに使う紐は麻や楮で、日本画と同じものを使っているんだなというところは、花火屋さんに行ったときに感動しました。花火の玉もいまはクラフト紙で作るシンプルなものになっていますが、昔は反故紙をペタペタと貼っていくのが一般的な仕様で、日本画と同じように仕立てていくイメージがあり、すごくシンパシーを感じました。そこに「ハナロク」という絵の具が出てきて……。
G:
もう、バッチリなんですね。
『花緑青が明ける日に』本編映像<花火づくり編>|3.6 (Fri) ❉ - YouTube

四宮:
自分のところに引き寄せて考えられるという喜びはありました。
G:
運命というのか、出会うべくして出会ったのだという感じがあります。
四宮:
職人さんの文化を描きたいなと思ったのは、表具や建具の職人さんを見て、職人のかっこよさみたいなものを感じたというのもあります。「作家と職人はお互いが憧れ合う」という言葉がありますが、職人というのは歯車、歴史の中でどれだけきれいな歯車になれるかなのだと。一方、作家はそこから俯瞰して、一歩浮いたところにいなければいけない。やっていることは似ているけれど、どうしても理想としているところは違うから、職人に対する憧れもあるし、でも作家としてやらなければいけない。職人さんと同じ仕事をしたら作家は決して勝てないが、その中で何ができるか、と。日本画をやっている人たちは金箔を貼ることがありますが、上手さでいえば金箔職人の方のほうが上手いですから、それをわざわざ作家がやるというのはどういうなのか、ということですね。いろんな職人さんに対する問いというのはずっと溜まっていたものがあるので、そういったものが表現できたらなと思っていました。
G:
あの煙火店の軒先にぶら下がっている玉、「帯刀煙火店」と書かれている以外に小さな文字か模様があるなとは思っていて、止められるなら一旦停止してスクリーンを確認したいと思っていたら、反故紙だからいろいろ書かれているということだったんですね。文字ということでこの流れでうかがいたいのですが、本作、いろいろと読める文章がすごく多いと感じました。代執行の書類なんかもそうですし、郵便物は住所まで書かれていて……。
四宮:
読めるようにしておかなきゃいけないものは読めるけれど、読んでもらいたくないところは微妙に読めないようにはなっています(笑)
G:
しかし、カオルが載っていた雑誌の表紙とか、新聞記事とか、「じっくり読みたい」と思うものがいくつも出てきました。
四宮:
反故紙なんかだと僕の方でささっと書いていて、敬太郎とカオルが貼っていく紙の文字とかは、それ専用に書き殴ったような汚い文字を書くのがうまい制作さんがいるので、読めないぐらいの感じで黄金比とかフィボナッチ数列に関連したような数式を書いてもらいました。大学のところに出てくるものはまた別に、貼り込み用の素材を作ってくれる人にお願いして作ってもらいました。大学のところはけっこう大変でした。

G:
机の上の書類とか、二浦市から来ているのがはっきりと読めました。
四宮:
本当に難しかったのはSNSのアカウント名をどうするかでした。作品の温度感から飛び出てしまうとすごくかっこ悪く見えてしまうんです。「この世界観で、そんなおちゃらけた名前なのか?」と。バイオレンス映画に気の抜けた登場人物が出てくると違和感があるのと同じように、どの言葉ならこの世界観を壊さずにいられるかということを考えるのにはすごく時間がかかりましたし、まさに「読める」という点では、事故の発生を知らせる新聞記事があるんですけれど。
G:
はい。
四宮:
読むと帯刀家に何があったかだいたい分かるようにはなっています。映画館で全部は読めるわけがないんですけれど(笑)、どうしても読めないと説得力が出ないようなところに関しては、画面に映っている秒数的に読むのが難しくても、読めるようにしました。
G:
重要な文章はハイライトされますが、その他のところも何度か確認したらしっかりとした新聞記事になっていて。
四宮:
構成を何度も考えては直した記憶があります(笑)
G:
ちなみに、なにか本作で「盛り込もうと思っていたけれど、泣く泣く割愛した要素」などがあれば教えていただきたいです。
四宮:
この作品は最初、短編としてはじめたのですが、「やっぱり長編に」「いや、やはり短編で」とちょっと企画を切り替えていて、それぞれの段階で切り落とした要素があります。今、アニメ映画というと90分や100分が標準的で、中には120分を超えるような「『ハナロク』がもう1本分ぐらいできそう」という作品もある中、最終的に76分というタイトなところに落とし込まなければいけなかったので、どうしても過去の背景やキャラクターの内側といった部分は結構切り落としたなと思います。でも、僕はそれによってスピード感や疾走感が出て、花火と一緒で打ち上がってパッと消えるという展開の1本を見たときの読後感というか、見終えた後の感覚につながるなら大事にしたいなと思っています。ただ、やっていく中で「今回はやらない表現だな」というのはいくらでもあって、どこのシーンとはいいませんが、もっと突っ込めたというところはいくらでもあるんです。
G:
アニメーターの方は、時間が許されるなら少しでも直せるところを直したい、ブラッシュアップしたいと考えるとよく聞きますね……。
四宮:
時間との勝負の中で、与えられた時間の中で限界までやったという自負はあるんですけれど、1本目のわからなさというのはあるなと。最後まで作った時に、「自分は終わらせ方を知らないんだ」と思ったことがありました。それぞれの役職の人は自分の担当部分だけをやるわけですから、監督がそれを知っているかどうかというのは、全体をコントロールするときに影響があるなと……そういったところは、今後の課題です。初号試写が終わったあと、演出助手をやってくれた相模麻友子さんと話をしたとき、「もっとああすればよかったね」という点がほぼ同じでした。『ハナロク』はもう手が入れられませんが、その中から浮かび出たものというのは次への蓄積というか、大きな学びですね。
G:
まだまだ『ハナロク』の公開は続いていくというところで、本日は長い時間、お話いただきありがとうございました。
四宮:
ありがとうございました。
映画『花緑青が明ける日に』は2026年3月6日(金)から絶賛公開中。また、4月10日(金)から東京・神保町にあるシネマリス、4月15日(水)から島根県益田市にあるShimane Cinema ONOZAWA、4月17日(金)から京都市にある出町座、4月18日(土)から大分県日田市にある日田リベルテなど、続々と新たな劇場での公開も予定されています。色鮮やかに描かれる3人の若者の物語を、入魂の「花火」描写を含めて、ぜひ映画館で見てみてください。
『花緑青が明ける日に』主題歌入り本予告|3.6 (Fri) ❉ - YouTube

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