インタビュー

「あした世界が終わるとしても」櫻木優平監督インタビュー、コンテなしで3Dレイアウトから作品を作り上げる制作手法とは?


本日・2019年1月25日(金)から映画「あした世界が終わるとしても」が公開となります。本作は日本アニメ(ーター)見本市の1作品「新世紀いんぱくつ。」やスマートフォン向けゲームをモチーフとした「イングレス」を手がけた櫻木優平監督によるオリジナル長編アニメで、映画公開に先行して櫻木監督執筆の小説版が刊行されました。

櫻木監督には「イングレス」放送前にもいろいろと話をうかがったのですが、その制作とタイミングが重なっていたという本作はどのように生み出されたのか、またいろんな話をしてもらいました。

GIGAZINE(以下、G):
2018年10月に、最初に本作の映像として公開された特報は、「松竹」「クラフター」のロゴが出た後、琴莉が歩いてくる姿を挿入歌「ら、のはなし」にのせて見せるという内容で、ナレーションもテロップもなく、特報映像としてはかなり異色という印象を受けました。最初のビジュアルとしては10月4日に、主人公である真と琴莉のものが出ていましたが、真が出てこないああいった特報にしたねらいはどういったところですか?

櫻木優平監督(以下、櫻木):
今回、映像を先にあいみょんさんに見てもらって、まさに映像に合う挿入歌と主題歌を作ってもらいました。オリジナルで1発目の作品ということもありますし、あまり色々ゴチャゴチャやったり情報を見せたりするより、単純に記憶に残るモノを作った方が効果的ではないかということで、ああいう変わった形の特報ということでやらせていただきました。

映画『あした世界が終わるとしても』特報60秒 挿入歌:あいみょん「ら、のはなし」 - YouTube


G:
まさに映画館で複数の作品の予告編といっしょに流れるとすごくインパクトがあると思いました。特報映像の時点で、ただ歩いてくるだけではなくて動きが細かくて、左右に目線を泳がせていたと思ったらチラッと正面を見たりと、瞳の演出がすごいなと思いました。あれは全て手付けで行ったものですか?

櫻木:
今回、体の動きはモーションキャプチャーでつけていって、それに合わせて表情だったり細かい動作をつけていくという流れでやってます

G:
モーションキャプチャーでは体の動きとともに表情もカメラに撮ったりすると伺うんですけれども、アクターさんの瞳まではさすがに拾ってそのままキャプチャーで使うというわけにはいかないですよね……?


櫻木:
「目」に関しては今までのアニメと違うことをしようということで、結構細かくやっています。通常のアニメだとずっと止まっているようなシーンでも、人の目と同じように微妙にピクッと動く、「アイダート」という「常にブレている」表現を取り入れています。

G:
序盤に出てくる教室のシーンでも、琴莉が真と話していても必ずしも顔をじっと見ているわけではなくて、櫻木監督が追究するリアリティが反映されていると感じました。

櫻木:
全編通してそれをやってくれという方向で進めました。一手間加えるだけでこれまでにない表現ができるんだったらやってしまおう、ということで。

G:
TVアニメ「イングレス」がちょうど始まるころに情報が出てきていましたが、制作時期はちょっと重複していたりするのですか?

櫻木:
丸被りです(笑)

G:
おお(笑) 映画とテレビを同時並行でというのはかなり大変に思えますが、大丈夫でしたか?

櫻木:
そうですね。特に健康を崩すということもなく。

G:
櫻木監督には「イングレス」開始前にもお話をうかがいましたが、ちょうどあのタイミングではまだ「あした世界が終わるとしても」の作業は続いていたということですよね。

櫻木:
開始タイミングもほぼ同じぐらいでしたので……。

G:
公式サイトで、真役を演じる梶裕貴さんのコメントの中に「本作の誕生のきっかけとなった作品『ソウタイセカイ』」と名前が出てくるように、Huluを利用しているアニメファンの方は気付いたかもしれないのですが、本作には前身作品の「ソウタイセカイ」があります。「ソウタイセカイ」が企画された時点で、本作「あした世界が終わるとしても」に至る構想があったのですか?

櫻木:
Huluで作らせていただいたときから、Huluのアニメ担当の方とは「2話で終わるのはもったいないから、一応終わらせつつも続きが作れるような状態にしたいですよね」と話をしていて、実はプロットとしては6話分くらいは考えて作っていました。とはいえ2話で終わらせはしたんですけれども、実際にはオファーが映画という形で来たので、「映画にするんだったら1回再構成しないといけないな」と思い、全く別物で話を作り直しました。Huluの「ソウタイセカイ」と似たシーンが出てきますけれど、登場人物とかも変わっているので、関係としては、本当に「制作のきっかけ」という感じです。

G:
改めて「ソウタイセカイ」と見比べると、話の枠組みは利用しつつも一新されていることがわかりました。「あした世界が終わるとしても」の予告編に出てきた、琴莉が公園を歩くシーンと同様のシーンが「ソウタイセカイ」にもあるので、映像がいかにグレードアップしたかもよくわかりました。「ソウタイセカイ」当時から「瞳の動きはもっと細かくできれば」と考えていて、それを実現させた形なのでしょうか?

櫻木:
当時はまだ瞳についての案はなかったですね。最近、海外のアニメを見ていると、そういう点まで細かくやっているなと感じて、「イングレス」で作画パートをやってくれた青木さんという方がウチに遊びに来たときにちょうどそういった話をして「最近の海外作品はそういうことしてるよね。こっちでもやろう」ということになりました。

G:
その早さで取り入れるというのがすごいですね……。

櫻木:
ちょうど制作がアニメーションに入るぐらいのタイミングだったので、「あ、やろう」と。

G:
タイミング良く導入できたんですね。

櫻木:
現場は皆「うぅん?」って感じでしたが、「いいからやって!」と(笑)

G:
(笑) 監督として押し切ったと。

櫻木:
新しいことは無理やりにでも「やって!」と言わないとなかなか取り入れてくれないので。ガイドラインとして「やる」と決めて進めました。

G:
なるほど。「ソウタイセカイ」も「あした世界が終わるとしても」も、ともに原作は「クラフター」となっています。これは櫻木監督を含めた皆さんで作り上げたのたということでしょうか?

櫻木:
最初の「2つ世界があって、同じ人物がそれぞれにいる」というところくらいまでの大枠は皆で考えたもので、そこからボールを受け取り、「命がリンクする」「どういうキャラクターがいるか」といったことはこちらで考えました。

G:
なるほど。

櫻木:
SF的というか、「こういうものをやりたい」という提案は会社側からでした。これまで自分から作りたいと考えたことのなかったジャンルだったので、このタイミングに経験しておいたほうがいいと思い「良い機会なんで是非」とやらせてもらいました。

G:
監督としてはSF映画をやるというのはチャレンジだったんですか?「イングレス」を作られたので、ちょっと意外です。

櫻木:
チャレンジでしたね。「イングレス」も「あした世界が終わるとしても」もそうですけど、設定を細かく考えるということをこれまでしてこなかったというのと、いわゆる「影響を受けてきた作品」というのがガンダムマクロスといった作品ではなく、そういう作風をやるという頭があるのかが自分でもわからなかったんです。

G:
自分で選ぶならば、少なくともSFではない方向だということですね。

櫻木:
そうです。なので、やらせていただけるのであればやってみようということで今回、2つともSF要素の強めの作品をやってみました。

G:
「イングレス」で話を伺ったとき、自分に「近そう」な作品を青春ラブコメ系と仰った、決してSF的な作品に影響を受けてきたわけでもないという櫻木監督が、「2つの世界に同じ人物がいて命がリンクしている」というガッツリとSFな物語を生み出されたというのは面白いですね。

櫻木:
パズルしてみたら意外とそれはそれで、という感じです。ただ、設定に乗っけてお話を作るというのは大変だなと思いました。基本的にはキャラクターの感情の動きを軸に物語の起承転結をつけないといけないんですが、それに設定を面白く絡めないといけないというのが……。設定が物語を転がす仕掛けになるんですけど、上手くはめるのは大変だと実感しました。

G:
櫻木監督は今回、原作小説を執筆していて、映画の公開に先駆けて本が刊行されました。小説は地の文が多く、脚本とはまた違うものを求められたのではないかと思いますが、執筆での苦労はありませんでしたか?


櫻木:
単純に、作ってる真っ最中だったから大変だった、ですかね(笑)

G:
(笑) TVアニメ「イングレス」と「あした世界が終わるとしても」の2本の制作が重なっていて、そこに執筆も重なるってことですもんね。

櫻木:
脚本を書いた後にオファーを頂いて、基本的にはもうお話はできた状態で、あとはディテールを文字として詰めるというだけだったので、結構スイスイ書けました。逆に、映像だと1つの感情を見せるのに結構色々やらないと伝わらないところが、文字でスパッと「~思っている」と心情を書けるので、どちらかというと凄く気持ち良かったというか「あ、こんな感じなんだ」と、あまりネガティブなところはなかったという感じです。

G:
おお、なるほど。そのタイミングだと、小説を書いていて映像のほうにフィードバックをしたり、あるいは、映像を作りながら文章のほうにフィードバックされたりみたいなことも?

櫻木:
ありましたね。セリフとかを考えていたタイミングだったので。大きいところだと、主人公の真の一人称は元々「俺」だったんですけど「僕」になりました。


G:
キャラクターのイメージがガラッと変わるような大きな変更が。

櫻木:
キャラがずっとしっくりきてなくて「なんかキャラが掴みづらい」と自分でも思っていたんですけど、小説で「僕」にした瞬間にキャラが固まりました。小説版はそれぞれのキャラクターが一人称で物語を進めていく形式にしたのですが、その時に、真もジンも「俺」だと差別化できないということで「僕」にしました。それが結構キャラにハマったので、「じゃあ本編も全部そうしよう」ということで、本編に反映されました。

真の「もう一人の自分」ジン


G:
小説は主人公である真の一人称で始まりるので、出来事を真の視点で追うのかと思ったら別のキャラクターの視点に変わりますよね。

櫻木:
小説を書く機会があったら一人称で書きたいなと思っていました。好きな作品に一人称モノが多く、やっぱり人が語るより自分が語るほうが感情移入しやすいなと思っていたので、小説ではそれぞれ「自分が語る」という形にしました。どのタイミングで誰が喋るかとか、それはそれで大変でした。

G:
小説では、冒頭に「α世界線」とあって、ぱっと設定が掴めるという点もありますね。作品制作について、「ソウタイセカイ」のときのトークセッションで、監督が絵コンテを描かずにいきなり3Dレイアウトからアイデアを形にしたと語っていました。90分ある「あした世界が終わるとしても」でも、同じようにコンテなしでレイアウトから入ったのでしょうか?

櫻木:
そうですね、「コンテがない」というのはかなり大きいところです。

G:
よく「コンテは作品の設計図」と聞くのですが……

櫻木:
ラフのコンテすらない(笑)

G:
ええー(笑)

櫻木:
絵は本当に描いてないですね。

G:
いきなり3Dレイアウトから始まる、と。

櫻木:
そうです、文字の後は音、次に3Dという順番です。最初にテンポを作ってから絵をはめていこうと考えて、テキストと音声だけのムービーを1回作ったんですよ。タイムラインに文字でカット割りしてあって、「何が起きる、何が起きる、何が起きる」というカットのプランがずらーっと文字で並んでいるんです。そこに自分でセリフを入れて、セリフのテンポ感だけ合わせて、「後はここに絵をはめていくだけでOK」と。それをある程度シーンごとに分けて配ると、普段演出には携わらないCGアニメーターでも、多少センスのある方だったらなんとなく良い感じに絵をはめてくれるんです。そのパーツをかき集めて1本にまとめて、自分で気になるところはカメラを直していってやると完成です。

G:
……すごいですね……!TVアニメ「イングレス」のとき、「信用できる仲間、求めたものが完全に上がってくる人に任せることができた」と仰っていましたが、まさにそういう方がいるからこそ狙ったとおりに。

櫻木:
はい、ただそこまでお願いできるスタッフはやはり数人ですけれどね。主に、今回ディレクターをお任せした川崎さんがわりと近いセンスをしているので、日常パートは川崎さんにお願いして、アクションパートはアクションの得意なアニメーターにお願いしました。絵コンテと違って3Dだとデータがあるので、気になったとしても、データを自分で開いてカメラを動かすだけでいいんです。舞台と背景があってキャラクターが立つ、というプランは最初にやってあるので、あとはカメラを直すだけでガンガン調整していけます。こちらでも修正は結構やりますけれど、その段階までやってもらうだけでも、1個1個ゼロから手を入れるよりは全然やりやすいです。

G:
お互いの手間も、かかる時間も圧倒的に少なくて済むという感じですか。

櫻木:
データがそのまま次の工程に進むというのもメリットです。絵コンテって、絵コンテを描いた後にレイアウトを描いたり、3D作品だったらレイアウトを描いた後に3Dでシーンを作ったりしていたんですけれど、このやり方だと最初から3Dデータがあるので、そのまま背景に貼り付けたり、そのまま本番モデルに差し替えて芝居をさせたりという手間の省き方ができます。

G:
なるほど……。石井プロデューサーは、アニメーター時代の櫻木監督の作業速度を「圧倒的に速い」と言っていましたが、工程としてそういうことができるからこそ、作品作り自体も早く仕上げられると……。

櫻木:
演出する側がある程度3Dを理解してツールでデータを触れるということと、現場がそれを認めてくれるということと……。今回のチームは、自分が新人アニメーターだったころから一緒にやってきたメンバーが主軸で、自分のやり方に賛同してくれている人が多かったので、「じゃあ、それでやりましょう」言ってくれました。もし他のスタジオとかでいきなり「これやって」と言ったら、たぶんみんな「止めろ」と言うと思います(笑)

G:
(笑) 櫻木監督とこのチームだからこそできてるやり方だと。

櫻木:
信頼関係がないと止められるでしょうね(笑)

G:
しかし、他でも応用することができれば、みんなで作品を素早く作っていけそうですね。そのためのチームは、数年がかりで信頼関係を築かなければいけないかもしれませんが……。

櫻木:
信頼関係もですが、これはこれで「表情がつかない」とか、手描きとはまた違うところで「隙間」ができるので、そこを埋めるための「どこを何で補完していく」みたいなプランがないと多分破綻するんだろうなと思います。

G:
櫻木監督はその仕組みをいつの間に作りあげたんですか?

櫻木:
「新世紀いんぱくつ。」を作ったときには、わりと近いことをやっていました。

G:
えっ、かなり早くないですか?

櫻木:
「新世紀いんぱくつ。」では、先に3Dを作った後に、上から加筆する形で表情をつけたりとかしました。「あした世界が終わるとしても」では、すべて3D上でできるようなところまでようやく行けたという感じです。

G:
「新世紀いんぱくつ。」が公開されたのは2015年なので、3年ぐらいかかって手法が洗練されていったと。

櫻木:
そうですね。

G:
「あした世界が終わるとしても」ではモーションキャプチャーを使っておられるということですが、どのぐらいまでモーションキャプチャーのデータをそのまま使っているのですか?手付けで修正する割合は結構高いのでしょうか?

櫻木:
細かい修正は結構しています。撮った動きが演出意図とズレちゃうところがあったりしたので。あと、やはりアクションはどうしても役者だと難しい部分があるので、人間にできない動きに関しては手付けです。

G:
アクターさんではできない動きというのが、どうしてもありますもんね。

櫻木:
モーションキャプチャーでやるとキレのある動きも歌舞伎みたいな印象になっちゃうんです。あと、そもそも手付けでやってきたアニメーターが多いというのもあります。ただ、これまでは「キャプチャーなんて(笑)」と、「手付け至上主義」みたいな考え方の人も多かったですが、時代が変わってきて、キャプチャーにあまり抵抗がない人が増えて、キャプチャーをベースにした手付けによる修正もすんなりとやってくれました。この「手付け至上主義」的な考え方は、ある意味でしょうがないですけれどね。職人ですから「全部自分でつけたい」と考えるのは。

G:
「イングレス」のとき「動かしすぎるから、うまく抑える」という話が出ていましたね。本作は派手なアクションがあり、動かしまくった部分も多いと思いますが、監督として手綱を握っていてどうでしたか?

櫻木:
今回、アクションは大部分お願いしました。アクションをリードしてくれた人も長い付き合いの人で、「ソウタイセカイ」のときもほぼその人がやってくれました。今回は「ここからここまでアクションなので、好きによろしく」とお任せして、ある程度プランを出してもらって、その上で調節・調整をしたという感じです。実質、アクション監督みたいな感じでお願いしました。

G:
おお、なるほど。

櫻木:
アクションが得意なアニメーターが演出も得意とは限らないので、ラフなプランは演出が得意な人にやってもらって、それをアクションが得意なアニメーターに整えてもらっていく、という感じでした。

G:
櫻木監督がスタッフの皆さんのことを「この人はこの辺りが特に得意だから」というのがわかっているからこそ、適材適所で上手いこと割り振れるのでしょうか。

櫻木:
スタッフィングはやってあげないとダメですね。各スタッフのスキルを知らない監督さんが来て、急に担当するみたいなことは難しいのではないかと思います。

G:
背景部分は、「イングレス」は室内などを除くとほとんど手描きということでしたが、今回も手描きなのですか?新宿の街並みとか、かなり出てきましたが。

櫻木:
今回もほとんど手描きです。ただ、今回はしっかりしたレイアウト用の3D背景モデルを作ってもらいました。背景美術を発注する前段階からそこそこ良く出来た3D背景があって、それを細かくレイヤー分けして美術さんに渡して描いてもらうという形だったので、かなりクオリティの高いものができたと思います。最後のバトルシーンとか「派手なカメラワークにしたい」とわかってたところや、会議室などの幾何学的なものだけで済むところは3Dでやりましたが、自然物や建物の汚れは美術さんにやってもらったほうが全然いいものになります。

G:
新宿の見たことのある街並みに、本当に見たことのあるお店の名前がそのまま並んでいたりして「ほぼ再現!?」という感じでした。


櫻木:
どこまでやれるのか気になって。とりあえず限界までホンモノで行こう、と。クラフターが博報堂グループであるということもあって、博報堂の人たちに「ここは出しても大丈夫」と見てもらいました。

G:
基本的に、あるべき建物やお店はあるべき場所にあるように作られているんですね。主な舞台が新宿なのは、作品として「やはり新宿でやるべきだ」という考えなのか、実はスタジオがこうして新宿中心部にあるからなのか、どうなんだろうかと思っていたのですが……。

櫻木:
スタジオが新宿だからというのは、ゼロではないですね(笑)

G:
ゼロではないんですね(笑) 近くて見に行きやすい。

櫻木:
それと、新宿が盛り上がってるという感じがあったからです。以前なら、若者といえば渋谷が中心でしたが、最近は新宿方面にも流れてきていて、わりと新宿が元気いいなーという印象があります。あと、渋谷は開発が進んでいて、なにが「渋谷感」なのかよくわからなくなってきたので、ちょっと扱いづらかったというのもあります。


G:
なるほど。日々、工事で姿が変わると「描かれてるあの建物はもうないぞ?」ということが起きかねませんもんね。ちょうど、デザインのところで幾何学的なもので済むところは3Dでという話が出ましたが、今回、「もうひとつの日本」のドームや、真たちの服、あるいは登場する武器と、幾何学模様のパーツで構成されているものがいくつもでてきます。これは、どういった意図なのでしょうか?

櫻木:
これは「ソウタイセカイ」を作っていたときからの流れですね。「ソウタイセカイ」のキャラクターはPALOW.さんにお願いしましたが、一緒に考えていたときに「向こうの世界を象徴するような存在を1個作ろう」ということになりました。それでネットでいろいろ調べたら、電気を流すと動いて変形するものがあって、それが三角形だったんです。「変形する素材、いいよね」「三角形は全部それということにしよう」ということで三角形が選ばれたんですが、その後に三角形が登場する「イングレス」の話が来て「被った」(笑)


G:
そこまでは予想できない(笑)

櫻木:
まさか三角が続いてしまうとは(笑)

G:
SFだと武器は光線的なものをよく見かけますが、本作ではこの三角形を生かした武器が出てきて、すごく変わっているなと思いました。

櫻木:
これは「物理にしよう」という考えです。向こうの世界の三角形の謎の素材は火力が通らず「三角の物理でしか三角は壊せない」みたいな理屈を考えまして、その体で進めています。

G:
公開されている場面カットにも、ブレードで殴りに来るミコの姿がありましたね。


櫻木:
「物理じゃないと通らない」からですね。

G:
そのおかげでバトルも近距離での戦闘になっていくんですね。今回、音をつけるところでも櫻木監督がこだわったところは多いのですか?

櫻木:
音はこれまでのクラフタースタジオの作品でもご一緒してきたメンバーが集まったこともあって、あーだこーだいいながら。多分他のアニメ作品と比べて多く時間をかけていると思います。音楽のカワイヒデヒロさんには「ソウタイセカイ」とTVアニメ「イングレス」でも音楽をやってもらっています。普通なら言いづらいようなお願いも快く聞いていただき、具体的に「この感じで行きたい」というイメージを伝えて、プランを立てて作ってもらいました。カワイさんが出してきた音楽を、音響効果の荒川さんに細かくサウンドプロデュースしていただき、「ソウタイセカイ」でもご一緒した音響の鈴木さんとともに音響スタジオに数日間籠もって調整していただきました。今回効果音の大半を荒川さんに生音で撮っていただきかなり贅沢な作りをさせていただきました。ただ荒川さんはしばらく家に帰れず……。

G:
それは、まさに作中で描かれた真の家みたいな状態じゃないですか。この場合、櫻木監督が「お父さんを家に帰してやれず、ごめん」と謝ることになりますが(笑)

櫻木:
僕のせいですね(笑) アフレコでは、音響監督をさせてもらいました。「イングレス」の時は石井さんにやってもらいましたが、今回は「本来監督がやるべき」ということで。

G:
「イングレス」のときの感触から、「それなら櫻木監督がやったほうがいい」ということになったのですか?

櫻木:
「イングレス」は練習として横についていて「じゃあ次は1人でやってみようか」という感じですね。これまでは苦手意識があったんですが、ようやく普通にできるようになってきました。

G:
どういった部分を苦手だと感じておられたんですか?

櫻木:
リアルタイムだという点です。映像や音を作るときは、見たり聞いたりして判断するのにそれなりに時間をかけられるんですが、アフレコの結果は声優さんがその場にいて、居られる時間も決まっていて、その間にOKを取らないといけないという謎の緊張感があります。「声優さんを怒らせないだろうか」「言葉はどうすれば失礼に当たらないだろうか」とか、音の人たちの共通言語がわからないことが多いので、すごく自分にとってはプレッシャーで、最初はビクビクしながらやっていました。

G:
櫻木監督からのディレクションはわりと積極的に。

櫻木:
今回はかなりディレクションさせていただきました。

G:
キャストは「ソウタイセカイ」のときの梶裕貴さんと内田真礼さんと悠木碧さんがそのまま来ておられるので、楽だったのではありませんか?

櫻木:
ジン役の中島ヨシキさんも「イングレス」に出てたりしたので、みんな、察してやってくれました(笑)。協力的でした。

G:
映像作りと一緒で、櫻木監督を中心としたチームがうまくまとまった感じでしょうか?

櫻木:
そうですね。あと今回、主要キャラは全員バラバラに録ったので、キャラ作りを1人ずつしっかりできたのではないかと思います。これはスケジュール的な都合というのが主な理由ではあったんですが、キャラ作りという点ではしっかりとできたし、いきなり最初から全員来るよりはこちらの経験としてもやりやすかったです。

G:
音響監督として、ちょうどいい感じでやれましたか。

櫻木:
もし全員が同時に来ていたら、散らかりまくって収集つかなくなってそうです。

G:
真や琴莉は「ソウタイセカイ」にも登場したキャラクターですが、改めて監督から説明など、なにか行われましたか?


櫻木:
結構キャラクター性が変わったので、そういったところや、前回やった結果「こうしたら良かったな」というところを共有したりしました。役者さんたちはみんな演技派で、それぞれにプランを持って来てくれたので。役者さん側からの「こうしたほうが良いんじゃないか」みたいな話も結構ありました。

G:
制作チームのことを櫻木監督は「結構若いチームでやってます」と語っていましたが、監督も含めて若い人揃いなのですか?

櫻木:
ディレクター陣はほぼ同世代で、それ以外はほぼ自分より下という、自分がアニメーターをやってた時代のほぼ同期の人たちです。その中で自分が映画監督として立ち、当時一緒にスタッフとしてやってた人たちがディレクターになっているという構造なので、よく協力してもらっています。良い意味で「監督として」だけじゃない見方をしてくれるんです。自分が今回初めて映画を作るというのもみんなわかってるし、「一アニメーター」時代から見てもらってるんで、かなり「みんなで作ってる」感じがあります。

G:
仲間たちから「いや、むしろこの方が」と助言をもらったりするのですか?

櫻木:
あくまで監督がやりたいことをやるということで「これはダメだ」という形ではないですが、提案をもらうことはありました。

G:
1本映画を作り上げてみて、「ここは苦労したな」とか「上手いことできたな」というのはどういった部分ですか?

櫻木:
作品そのものよりは制作部分で、人の編成がまだちょっと固まっていないなと思いました。自分もアニメ映画の監督は初、スタジオとしても初、役職に関してもほとんどの人が今回のポジションは初めてということで、みんな「何をどう立ち回らないといけないのか」「自分の仕事がなんなのか」、みんながみんな困惑した状態から始まりました。自分がCGディレクターとして映画とかやってきていたので、「これをやらなきゃいけないですよ」とか「これはあの人の仕事ですよ」みたいなところを伝えて乗り切りましたが、走り出しでの「つまづき」みたいなものはありました。また、単純に「欲しいポジションにはまる人がいない」ということもあります。そのあたりは、昔は自分がやってたけど、自分が監督になって手放した時に「じゃあ誰がやるの」みたいな感じです。結構、自分が手を動かさないといけない部分があったので、それを本当はチーム全体でやれればいいんだろうなあ、とも思いました。

G:
「櫻木優平」が監督の立場に抜けることで、現場に生まれる穴がまだ大きいと。

櫻木:
「監督」と「現場監督」は違って、現場では監督より色々見ながらやらなきゃいけないんです。CGディレクターも、アニメーションディレクターも、もっとディレクションのレベルアップが必要だなと感じました。自分の理想ですけれど。

G:
監督は「今注目される若手クリエイター」というくくりで捉えられる人なのに、早くも後進をどうするか考えなければいけないポジションでもあるんですね。

櫻木:
今回は自分が監督をやらせていただいてますけど、クラフターというスタジオとして違う監督さんを育てないといけないですから、自分じゃない監督が作っても作品ができるぐらい、自分は何が言わなくても作品が出来上がるぐらいに現場がしっかりしないと、と思っています。

G:
「スタジオをどうしていくか」となると、監督ではなくプロデューサーのような視点ですね。

櫻木:
どうしてもプロデューサーや社長は現場で起きる細かな問題が見えづらくなるポジションなので、相談しながら編成を考えているという感じです。

G:
「作ってるとき、ここで結構苦しんだけど、仕上がってみたらすごい良く出来だった」というところはありますか?

櫻木:
これは「脚本」ですね。お話を固めるまでが非常に難産でした。レイアウトムービーをはめたあとにも作業するぐらいに、結構ギリギリまで話の調整をしました。社内に編集データがあってほぼほぼ手の内でやっていたから、絵ができた後でも直せるといえば直せる状態だったんです。何か意見が出たときに「直せるなら直したいよね」となってしまって……。もちろん、お話は一番大事なので、セリフもアフレコのギリギリまで調整したりしました。

今回、委員会形式での作品制作で、立場として「自分は初監督」の中、組織内では一社員ですから、立場としてお金を出してくれている人、リスクを買ってくれた人の意見をむげにはできないので出た意見は全部1回引き取って検討した上で、作品としてまとめました。編集を全て外に頼むスタジオだと「もう工程を戻れない」という状態になりますが、我々は社内の編集データで「見ながら直す」という、普通ならやれない、やってはいけないこともできます。

G:
やってはいけない(笑)

櫻木:
むしろ「それを可能なフローにした」ということですね。普通なら「大変だったから、こういう作り方をしなくて済むようにしよう」となるのかもしれませんが、自分は監督という立場であることもあってわりとポジティブに見ていて、「こういうことができるような作り方」を考案していかなければと思いました。ここまでやったからこそ洗練されていったし、絶対にやったほうがいい物になるので、「やれるような作り方」を洗練していった方がいいのではないだろうかと。

G:
そのフローにおいても「ここを過ぎたら戻れなくなる」というポイントはあると思いますが、それは声を入れるタイミングということになるでしょうか。

櫻木:
セリフやお話に関してはそうですね。編集ということだと音を固めるダビングまでで、他の細かいアニメーションとかだとV編まで。それぞれにお尻があるので、それができるところまでは調整を重ねていくという感じです。

G:
洗練に洗練を重ねられたということなので、かなり満足のできなのではないでしょうか。100点をつけられる作品になりましたか?

櫻木:
作品単体としましては100点に近いものになったと思います。ただ作り手としての評価なども含めると100点ではないと思います(笑) 色々ひっくるめて、今後の伸び率とかも考えると50点ぐらいかな。

G:
半分!低くはないですか?

櫻木:
今後を考えると、「まだやれるけど、ちょっと今回は手が付かなかった」とか「この表現をやりたかったけどできなかった」というところもあるので、今の倍ぐらいはまだまだできるなというところです。

G:
最初に伺った、瞳のことなども含めて、かなりいろいろ盛り込めたのかなと思っていました。

櫻木:
100点だともうそこまでだという感じがしますが、作り方も含めて、まだいろいろ、倍ぐらいはやらないといけないということでもあります。

G:
今後に向けての部分なのでまだ秘密にしているものもあるかもしれませんが、「これはやらなきゃいけないことだ」と思っているのは具体的にはどういったところですか?

櫻木:
今回は割り切っていて、実はほぼ正面かほぼ後ろからのライティングに絞っているんです。横からのライティングとか結構捨てていて、顔に中途半端に影が入るというのはコントロールが難しいので、やらないようにしました。それと、髪の毛の揺れなんかをシミュレーションでいろいろやりたかったのですがあまりうまくいかず、結局手でやったりだとか、関節を曲げたときの形状だとか、ですね。

G:
いろいろ出てきますね。

櫻木:
背景も、本当はCGも追い込めるんだったら追い込みたいですし、作り方とかワークフロー自体もちょっとうまいやり方があったんじゃないか、とか。作品はお客さんの評価次第なので何とも言えませんが、現場としてはそんな感じです。

G:
作りつつ、「次にこれを託そう」というところが結構見えているんですね。。

櫻木:
やらなきゃいけないところがいっぱいあります・

G:
皆さん初めての役職で大変だったとのことなので、次はもっとうまくやれそうだと。

櫻木:
同じことをたくさんやれば上手くと思います。とはいえ、まったく同じことをやってもしょうがないので、今回やれなかった部分や新しい課題を盛り込んだ上で次に行きたいです。

G:
櫻木監督は以前、「作品は早く作りたい」「思ったことはすぐ出すタイプだ」ということを仰ってたので、こうして2019年1月25日公開作品について語っている間にも、もう次が発表されたり……?

櫻木:
何もしていない、というわけではないです(笑)

G:
おおっと(笑)

櫻木:
スタジオは自分だけじゃないですから、他の作品の手伝いもしないとなと思います。「クラフタースタジオ」という一枚岩にはならずに、他のラインというか、いろんな監督さんがいろいろできるよう応援することもやっていこうかなと。

G:
クラフターとして伸びていくための作業ですね。

櫻木:
そうです。会社員ですからね(笑)

G:
なるほど、今回もいろいろなお話をありがとうございました。


次の世代のクリエイターとして注目される櫻木優平監督が、満を持して送り出す初のオリジナル長編アニメ映画なので、ぜひ今後のアニメを楽しむためにも劇場に足を運んでください。

「あした世界が終わるとしても」公開直前PV解禁、「別世界から来たもう一人の自分」に出会い主人公の心が揺れ動く - GIGAZINE

©あした世界が終わるとしても

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