個人認証システムで事故を防止する「スマートガン」とそれにまつわる騒動
日本では3Dプリンターを使って銃を作ってしまうという事件が起こって社会問題化しそうな様相を呈していますが、古くから銃の所持が広く認められているアメリカではさまざまな利害関係が絡み合って、さらに複雑な状況が存在しているようです。最新のデジタル技術を導入して銃の安全性を高める「スマートガン」が発売間近に達したにもかかわらず、各方面からの強い反対を受けて計画が撤回されるという事態が起こっています。
Gun control: the NRA wants to take America's smart guns away | The Verge
http://www.theverge.com/2014/5/5/5683504/gun-control-the-nra-wants-to-take-smart-guns-away#pgh/2/1377
◆認証システムを搭載して誤射を抑制するスマートガン「iP1」
近距離の無線通信技術RFIDを用いた認証を行うことでオーナーや許可された人以外の使用を抑制する安全装備を組み込んだ「スマートガン」と呼ばれるiP1は、ドイツのArmatixが開発した拳銃です。
まるで映画にでも登場しそうな外見を持つiP1ですが、その中身は実際に弾丸を発射することができる本物の銃です。
その最大の特徴は、デジタル技術を用いた安全システム。iP1で弾丸を発射するためには、「iW1」と呼ばれる腕時計型の認証装置を身に付けておく必要があり、認証された場合にのみグリップ部分のLEDランプが緑色に点灯して射撃することができるようになります。
iW1の外観はこんな感じ。5桁の認証コード(PINコード)を入力し、iP1から10インチ(約25センチ)の範囲内に存在する場合にのみ発射を許可するようになっています。認証を継続する時間は1時間から8時間の間で設定することが可能とのこと。
手首などにiW1を装着した状態で認証が行われた場合のみ、実際に銃を撃つことが可能になります。
iP1の価格は1399ドル(約14万円)、iW1は399ドル(約4万円)とされており、これは現在販売されている拳銃の相場と比較すると高めの設定となっています。銃社会であるアメリカでは銃による犯罪はもちろん、親の拳銃を手にした小さな子どもが誤射事件を起こして命が奪われたり、犯人ともみ合いになった警察官が銃を奪われて撃たれるという事件があとを絶たず、そのような不幸な事件をなくすためにスマートガンは有効であるとArmatix社は語っています。
◆銃権利論者からおこる反対活動
不慮の事故を抑制して不幸を減らす可能性を備え、ほどなくして市販されるというところまで来ていたスマートガンですが、アメリカ国内では賛成と反対が入り乱れる事態となっています。
アメリカ・メリーランド州に店舗を構えるEngage Armamentは2014年5月1日からiP1の取り扱いを開始すると発表しましたが、銃権利擁護論者からの強硬な反対がFacebookへの書き込みや電話で届けられたことから、発表からほどなく計画を中止することを決定しました。反対意見の中には店舗オーナーやその家族、ペットの犬の命までをも狙うといった脅しがあったとのこと。iP1のような新技術を持つ銃が強制されて合衆国憲法修正第2条の侵害を危惧する銃愛好家やNRA(全米ライフル協会)のメンバーは、強硬な反対姿勢を見せます。
反対論者が根拠にしているものが、2002年にニュージャージー州で制定された銃規制法でした。同法では、iP1のように承認されていない人物による弾丸の発射を抑制するシステムを持つ拳銃がアメリカ国内のいずれかの地域で販売が開始された場合、3年以内に同州内で販売される拳銃は全てそのような特徴を備えたものにしなければならないとしています。現実にはそのような銃は存在していなかったため施行には至っていなかった同法ですが、仮にEngage ArmamentがiP1の取り扱いをメリーランド州で開始した場合には状況は一変します。3年以内に現行の火器類は販売できなくなってしまうために、銃愛好者を含む利害関係にある団体は危機感を募らせて強硬な反対行動に出た、というのが一連の騒動の背景として存在しています。
By retrofuturs Stéphane Massa-Bidal
2002年に同法が成立した時点でも、スマートガンのような銃がまもなく市場に登場するものと一部では考えられていましたが、現実にはそれに至りませんでした。同法の成立に大きく関わったブライアン・ミラー氏は「原因は簡単なことです。銃器産業およびそのロビイストが圧力をかけ、各メーカーにそのような銃を作らせないよう仕向けたためです」と語っています。
現在でも多くの銃所有者はスマートガンが販売されることに反対していないといわれていますが、それには「従来どおりの銃の販売が認められること」という条件が付けられています。Engage Armamentのオーナー、アンディ・レイモンド氏はiP1の販売計画を中止した後にYouTubeでムービーを公開。その後すぐにムービーは削除されたのですが、その中でレイモンド氏は「スマートガンを買うこと自体は市民に認められた権利です」としながらも「仮に法律によってスマートガンが義務化されるとしたら、それは犯罪行為である」と恐ろしいほどの剣幕でまくし立て、自らの計画を進めることでニュージャージーでの法律が施行されて全米に広がることに強行に反対する姿勢を見せています。
世界初のスマートガン、iP1を開発したエルンスロ・マウフ氏は、アメリカの銃社会における文化に「深い感謝の念と理解」を示しながら「iP1は前向きで安全性の高い銃社会を実現させ、その結果として銃愛好家の数は増加します」としてスマートガンがアメリカの銃保有の権利を脅かすものではないことを主張しています。
安全性を高めるための新技術がさまざまな思惑の影響を受けて頓挫するという事態に発展した今回の騒動ですが、銃社会アメリカでの銃を取り巻く現状は途方もなく複雑に絡み合っていることを感じさせる騒動です。
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