サイエンス

アメリカの戦略石油備蓄を支える「驚くほど洗練されていてシンプル」な工学的解決策とは?


2026年2月、アメリカがイスラエルとともに起こしたイランへの攻撃によりホルムズ海峡が封鎖され、世界中の原油輸送が大幅に滞りました。これによる燃料価格の急騰を抑制するため、アメリカは戦略石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve:SPR)を放出して事態の収拾を図っています。そんなアメリカの戦略石油備蓄を支える「工学的解決策」について、Stripeの初期エンジニアであり起業家でもあるジョン・ワン氏が解説しました。

The engineering behind the US Strategic Petroleum Reserve | John Wang
https://johnjwang.com/post/2026/09/15/engineering-behind-us-strategic-petroleum-reserve

戦略石油備蓄とは緊急事態に備えた国家による石油備蓄であり、アメリカでは最大7億1400万バレルが備蓄されています。なお、アメリカは自らが起こしたイランへの攻撃で戦略的石油備蓄を放出せざるを得なくなっており、2026年8月14日時点では2億9340万バレルまで減り、1982年以来の低水準となっています。

「緊急事態に備えて大量の石油を備蓄する」と言うのは簡単ですが、実行するのは簡単ではありません。ワン氏は戦略石油備蓄が満たすべき条件として、以下の点を挙げています。

・石油供給の途絶に備えて数億バレルもの石油を長期間貯蔵する。
・引火しやすい石油を敵対勢力による攻撃から守り抜く。
・供給途絶時に石油が行き届くよう、迅速に石油を放出する体制を整える。
・メンテナンスコストを低く抑えてシステムを数十年以上も長持ちさせる。


戦略石油備蓄の要件を見て多くの人が考えるのは、「これまで商業的に行われてきた貯蔵システムをスケールアップすれば十分なのではないか」というものです。そこでワン氏は、実際にアメリカが採用している戦略を見る前に、一般に行われている商業的な石油貯蔵のシステムを解説しています。

◆案1:浮き屋根式タンク
浮き屋根式タンクは貯蔵施設の屋根が液面に浮いており、液面の上下に合わせて屋根も上下する仕組みのタンクです。ほとんどのタンクは基礎や排水システムの問題から高さ約50フィート(約15m)、直径約300フィート(約91m)に制限されており、1つのタンクに貯蔵できるのは63万バレルほどです。

戦略石油備蓄の最大量である7億1400万バレルの石油を貯蔵するには、同様のタンクが約1130基必要です。必要なタンクを並べるには約4万5000エーカー(約182km2)の土地が必要になり、これはワシントンD.C.とほぼ同じ広さで、実際に土地を取得するのはかなり困難といえます。また、浮き屋根式タンクは攻撃に対して非常に脆弱(ぜいじゃく)であり、損傷を受けると燃料の流出や火災が発生する可能性があるとのこと。特に浮き屋根とタンク本体の間のシール部分は弱点であり、落雷で火災が発生した事例も報告されています。

◆案2:地下タンクの設置
アメリカ海軍は1943年、ハワイ・真珠湾付近の地下に軍用燃料貯蔵施設であるレッドヒル燃料タンク貯蔵施設を建設しました。これは掘削された火山岩の内側に20基の鋼鉄で覆われたコンクリートタンクを貯蔵したもので、各タンクは幅約100フィート(約30m)、高さ約250フィート(約76m)あり、施設全体で600万バレルの燃料を貯蔵していました。

レッドヒル燃料タンク貯蔵施設は地下にあるため外部からの攻撃に強いものの、当初の建設コストは2026年の価値に換算して約8億2000万ドル(約1280億円)に達しました。しかし、7億1400万バレルの石油を貯蔵するには同規模の施設が119カ所必要であり、総費用は数十兆円になる可能性があります。また、2014年にはタンクから約2万7000ガロンの燃料が流出する事態も発生し、その後も別の流出事故で海軍の飲料水システムが汚染されるなどした結果、2022年に燃料の抜き取りと施設の永久閉鎖が決定されています。


ワン氏は上記のように、既存の石油貯蔵方法をスケールアップさせるのは難しいとした上で、実際の工学的解決策は「驚くほど洗練されていてシンプル」なものだと説明しています。

◆実際の解決策:塩の洞穴
アメリカは大量の石油を備蓄するため、アメリカ各地にある「岩塩ドーム」に巨大な空洞を作り、約1000万バレルの石油を貯蔵しています。アメリカエネルギー省は、合計7億1400万ドルの石油を貯蔵できるよう、同じような洞穴を60カ所リストアップしているとのこと。

岩塩ドームに洞穴を作るには、まずは岩塩ドームに穴を空けて真水を注入します。塩は真水は溶けるため、水を注ぐにつれて徐々に洞穴は広がっていきます。


やがて洞穴が十分に大きくなったら完成です。


石油を貯蔵する際は、洞穴に石油を送り込んで塩水を排出すればOK。


石油と水は交わらず、比重の関係で塩水の上にたまります。岩塩は極めて透水性が低いためほとんど流体が外に漏れず、小さな亀裂は地下の圧力によって自然に埋められるとのこと。そのため、巨大な鋼鉄やコンクリートで覆うことなく石油を貯蔵できるというわけです。


石油を抜き取る際は洞穴の底に水を注入すればOK。


圧力によって上部の石油が押し出され、パイプを通じて輸送システムに送られるという仕組みです。


岩塩ドームを利用した石油貯蔵は比較的安価であり、エネルギー省の試算によると貯蔵する石油1バレルあたりの設備投資コストは約3.5ドル(約550円)で、地上タンクの15~18ドル(約2300~2800円)と比べても大幅に安く済みます。石油を地下深くに貯蔵することで、外部の攻撃から石油を保護することも可能です。

アメリカの戦略石油備蓄に関するワン氏の解説は、ソーシャルニュースサイトのHacker Newsでも話題になっています。

The engineering behind the US Strategic Petroleum Reserve | Hacker News
https://news.ycombinator.com/item?id=49719596

スレッドでは、あるユーザーの「石油を取り出すために真水を注入すると洞穴の塩が溶け出し、構造全体の強度が低下してしまうのではないか?」という疑問に対し、別のユーザーが「実際に戦略石油備蓄のエンジニアリングに携わった人によると、注入する水をあらかじめ塩で飽和させておくことで塩が溶けるのを防いでいるらしい」と回答していました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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