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コンピュータインターフェースにおける「世界における知識」と「頭の中の知識」という概念とは?


1962年、アメリカの技術者で初期のコンピュータやインターネットの開発に貢献したことで知られるダグラス・エンゲルバート氏は「(PDF)AUGMENTING HUMAN INTELLECT:A CONCEPTUAL FRAMEWORK」という論文で、コンピューターインターフェースにおける「頭の中の知識」と「世界における知識」という概念を初めて提唱しました。この2つの概念について、ライス大学の心理科学部副学部長であるフィリプー・コルトゥム教授が解説しています。

Stop Hiding My Controls: Hidden Interface Controls Are Affecting Usability | ACM Interactions
https://interactions.acm.org/archive/view/july-august-2025/stop-hiding-my-controls-hidden-interface-controls-are-affecting-usability

エンゲルバート氏は論文の中で、人間が生まれつき持つ内在的な能力(頭の中の知識)と、文化や技術によって後天的に獲得する外部の手段(世界における知識)を区別し、1つのシステムとして捉えるという考え方を示しています。


内在的な能力は、人間が生物学的に備えている感覚や精神、運動に関する生来的な能力のことで、エンゲルバート氏は「基本的な感覚・精神・運動のプロセス能力」と呼んでいます。いわゆるパターン認識、記憶、視覚化、抽象化、推論など、人間が意識的・無意識的に行う情報処理能力のことですが、この内在的な能力だけでは現代社会の複雑な問題を直接解決することは困難です。

例えば、文明に触れていない住民が内在的な能力を持っていたとしても、車を運転したり図書館で本を借りたりすることはできません。なぜなら、文明に触れていない住民は、そうした課題を解決するための知識体系、すなわち世界における知識を持っていないからです。


エンゲルバート氏は、人間が内在的な能力を拡張するために文化の中で進化させてきた手段を「知性を増強する手段」と呼び、4つのクラスに分類しています。

1:アーティファクト(Artifacts)
アーティファクトは、人間のために設計された物理的なモノ全般を指します。これには快適さを提供する道具だけでなく、記号を操作するための鉛筆、紙、そしてコンピュータやディスプレイ装置なども含まれます。

2:言語(Language)
個人が世界をどのように概念に切り分け、その概念に記号を割り当て、意識的に操作(思考)するかという方法が言語です。これは単なるコミュニケーションの道具ではなく、思考そのものを形成する枠組みとなります。

3:方法論(Methodology)
個人が目標達成(問題解決)のために自身の活動を組織化するための、方法、手順、戦略など。

4:訓練(Training)
上記のアーティファクト、言語、方法論を効果的に使いこなせるようになるために必要な人間の条件付けのこと。

そして、エンゲルバート氏は、「頭の中の知識」と「世界における知識」を分離して考えるのではなく、それらが一体となった1つのシステムとして捉えるべきだと論じました。エンゲルバート氏は「H-LAM/T(Human using Language, Artifacts, Methodology, in which he is Trained)システム」と名付け、人間と増強手段が相互に作用し合う全体だと考えました。

例えば、高性能なコンピューターやスマートフォンなど、新しいアーティファクトを導入すると、それを使うための新しい方法論が生まれ、さらに思考を表現するための新しい概念や用語が生まれる可能性があります。このように、システムの1つの要素の変化が他の要素に連鎖的な影響を及ぼし、システム全体としてより高い知的能力を発揮できるようになるというわけです。


コルトゥム教授はエンゲルバート氏の思想を踏まえた上で、優れたインターフェースとは必要な操作がすべて目に見える「世界の中の知識」として提供されるべきだと主張しています。

ドロップダウン式のメニューは、ユーザーが操作に必要なコントロールを目に見える形で利用できる状態にするという設計思想に基づいています。ドロップダウンメニューがあれば、ユーザーは特定のコマンドやその正確な場所を暗記している必要はありません。代わりに、メニューのコマンド構造を見ていくことで、自分が使いたい操作を見つけ出すことができます。つまり、操作を記憶から「思い出す」のではなく、画面を見て「認識する」ことで実行できるのです。


これに対して、たとえばDOSシステムでファイル一覧を表示するために「dir」というコマンドを知っている必要があるような状況は、「頭の中の知識」を要求するインターフェースといえます。ドロップダウンメニューの登場は、このような「隠されたコントロール」からユーザーを解放し、知識を「世界の中」、つまり画面上に配置したといえます。

しかし、コルトゥム教授は、iPhoneのジェスチャー操作 や自動車の鍵の仕組み 、カーナビの操作画面 など、多くの現代の機器は、ユーザーに操作方法の暗記、つまり「頭の中の知識」を不必要に強いる「隠されたコントロール」へと退行していると批判しています。

例えば、以下はCarPlayにおけるAppleマップのGUI。通常時は上のように表示されてスッキリした見た目ですが、検索やズームを使うためには画面をタッチしなければならず、地図の左下部分をタップして初めてコントロールが表示されます。


もっとシンプルに、PCの電源オン/オフを切り替えるスイッチについても、何のインジケーターもなくただボタンを押すだけでは、電源が入っているかどうかはわかりません。ユーザーが使用する上でのインターフェースとして優れているのは、たとえばオフとオンをツマミで切り替えられるようなノブ式のスイッチだといえます。

現代の多くのデジタル機器において、操作に必要なコントロールが意図的に隠される傾向が強まっており、これがユーザビリティを著しく低下させている、とコルトゥム教授。インターフェースをすっきりと見せるためにコントロールを隠すデザインは、一見すると使いやすそうに見えるものの、実際には初心者ユーザーにとってシステムを非常に使いづらいものにしていると指摘しました。

このような使いづらいデザインがまん延する原因として、機器の多機能化による画面スペースの不足などもあるにせよ、主な責任はデザイナー自身にあるとコルトゥム教授は考えています。使いやすさよりも見た目の美学を優先し 、永続的で目に見えるコントロールを設計する努力を怠っていることが問題の本質だというわけです。

最終的にコルトゥム教授は、「デザイナーは『発見可能性』というユーザビリティの基本原則に立ち返るべきだ」と訴えています。さらに、「ユーザーがコントロールを見つけられなければ、その機能はユーザーにとって存在しないも同然だ」として、ユーザーが機器の機能を記憶に頼ることなく、完全かつ十全に利用できる、より使いやすいシステムを創造するために努力すべきだと論じました。

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in ハードウェア,   ソフトウェア,   デザイン, Posted by log1i_yk

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