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任天堂はどうぶつの森の海外ローカライズで「すべてを変えなければいけなかった」


2020年3月20日に発売された任天堂の「あつまれ どうぶつの森」は、2024年9月末時点で全世界累計販売本数が4645万本に到達している人気タイトルです。そんな人気シリーズの海外ローカライズについて、ゲーム歴史家のケルシー・ルーウィン氏が書籍にまとめており、その一部を海外ゲームメディアのPolygonが紹介しています。

Animal Crossing U.S. release required Nintendo ‘to change everything’ | Polygon
https://www.polygon.com/animal-crossing/484661/animal-crossing-localization-book-excerpt


ローカライズの過程で文化的な言及を和らげたり、変更したりするのはゲームにおいて標準的なことです。特に、初代どうぶつの森は日本文化が色濃く反映されており、日本人ゲーマーでも意味を理解できないようなアイテムが複数存在していました。例えば、「かすりなふく」というアイテムは、数人の村人が着ている藍色と白色の服です。日本ではこのような服が「(かすり)の服」と呼ばれており、12世紀に生まれた日本の伝統的な織物として知られています。英語版ではこの「かすりなふく」が「Static shirt」と翻訳されており、これはローカライズが難しいアイテムのほんの一部に過ぎません。

どうぶつの森シリーズのローカライズ部門で責任者を担当していたというレスリー・スワン氏によると、どうぶつの森シリーズのプロデューサーとして知られる手塚卓志氏は、ローカライズチームに対して「もし(どうぶつの森を日本国外で販売するなら)あなたたちはすべてを変えなければなりません」と語ったそうです。その理由は、単純に「どうぶつの森が日本向けに開発されたゲーム」だったためです。

実際、初代どうぶつの森でディレクターを務めた江口勝也氏は、「初代どうぶつの森の開発を始めた当初、国際市場向けのローカライズについては全く考えられていませんでした」と海外ゲームメディアのKotakuに語っています。上記のような服の名称を変えるだけでなく、祝日や会話の中で登場するちょっとしたジョークに至るまで、日本文化があまりにも浸透していたため、テキストの翻訳はやるべき仕事のほんの一部に過ぎなかった模様。任天堂のアメリカ法人であるNintendo of Americaにとって、初代どうぶつの森のローカライズは「これまで手がけた中で最も困難なローカライズプロジェクト」だったそうです。


スワン氏はビル・トリネン氏やネイト・ビルドルフ氏といった他作のローカライズスタッフと共に、Nintendo of Americaの秘密部門であるTreehouseの主要メンバーでした。Treehouseのメンバーは翻訳者・ライター・マーケティング担当者・動画プロデューサーなどで構成されており、Nintendo of Americaの本社にある施錠された目印のないドアの奥でローカライズ作業に勤しんでいたそうです。Treehouseの作業は基本的に従業員に対しても秘密にされていました。Treehouseが何かしらのゲームのローカライズに取り組み始めても、世間の目に触れる前にプロジェクトそのものがキャンセルされることもあるそうです。

どうぶつの森シリーズのような完全に新しいシリーズでは、ローカライズ作業を秘密にしておくことが重要です。トリネン氏によると、Nintendo of Americaの数人は早い段階でどうぶつの森のローカライズ作業に参加していたそうですが、Nintendo of Americaの最初の反応は「そうだね、このゲームを北米で発売するかどうかはわからない」というものだったそうです。トリネン氏は「任天堂情報開発本部が開発したゲームに対する反応としては珍しいことです」と語っています。そのため、当初はリリースされることはないという前提でどうぶつの森のローカライズが行われていた模様。

どうぶつの森の完成が近づくと、任天堂本社は再びNintendo of Americaにゲームの試作を送ってきたそうです。そして、「Treehouseはどうぶつの森をアメリカで販売することを諦めることができなかった」とトリネン氏は語っています。当時を回想しながら、「毎日誰が一番最初に(どうぶつの森の)カートリッジを手に入れるか争っていました」とトリネン氏は語りました。

Treehouseのメンバーはどうぶつの森をプレイしながら、これをアメリカ市場向けにローカライズすべきという結論に達します。当時を振り返りながら、どうぶつの森のローカライズに携わったティム・オリアリー氏は「私はレスリーのもとへ行き、『1年か2年かけてこのゲーム全体を自分で作り直してもいい。それくらい楽しいゲームなんです』と言いました」と語りました


通常、ゲームのローカライズについては開発チームと経営陣が「ゲームがアメリカで成功する可能性」について話し合います。しかし、「マリオの敵に名前を付ける」といった、それまでのローカライズチームが行ってきた作業とは根本的に異なっていました。そのため、当時のローカライズチームはどうぶつの森のローカライズプロジェクトがどれだけ大きなプロジェクトなのかを「誰も理解していなかった」とスワン氏は語っています。

どうぶつの森が日本で発売されたのは2001年春のこと。当時のNintendo of Americaは「Conker's Bad Fur Day」「マリオパーティ3」「Dr. Mario 64」といった作品のローカライズにとりかかっており、任天堂本社は次期ゲーム機であるニンテンドーゲームキューブの開発に勤しんでいました。そのため、NINTENDO64タイトルであるどうぶつの森をローカライズすることは、誰にとってもあまり魅力的な選択ではなかったそうです。

しかし、任天堂本社ではどうぶつの森をニンテンドーゲームキューブに移植する作業に取り組んでいました。実際、手塚氏は2001年のインタビューで、「『なぜどうぶつの森をニンテンドーゲームキューブ用に作らなかったんだ!?』という不満を言われた」と語っています。

どうぶつの森をベースにニンテンドーゲームキューブ向けにバージョンアップされた「どうぶつの森+」は、どうぶつの森が発売された頃にはすでに開発中であったため、Treehouseも日本の開発チームと協力してローカライズに取り組みました。スワン氏によると、どうぶつの森が日本で予想外の大ヒットを記録したことが、どうぶつの森+をローカライズするというプロジェクトに乗り出す大きな後押しになったそうです。


ただし、すぐにローカライズ作業が始まったわけではなく、初めは「アメリカでどうぶつの森を販売した場合にどのように親しみやすいものにするか?」や「どのような項目や祝日を追加または削除する必要があるか?」などを検討するための時間が確保されたそうです。

スワン氏はローカライズ作業がどんなものだったかについて、「我々は何週間も会議室に集まってキャラクターの名前を決めていました。キャラクターやアイテムの写真をコピーした大量の写真が置かれており、『よし、今日は家具セットに名前を付けよう!』といった感じでした」と語っています。


他のプロジェクトと比べてどうぶつの森のローカライズ作業がどれだけ大変な作業だったかについて、Treehouseのスタッフは今でも語り継いでいるそうです。スワン氏は「どうぶつの森は私の脳にとても鮮明に刻み込まれています」「外を見ると、当時はスタッフ全員がこのプロジェクトに取り組んでいました。ネイト・ビルドホーフは、パーカーを羽織り、毎日キーボードに向かって12時間ほど作業していました」「全員、とにかく一生懸命働いていました。でも、それは愛情のこもった仕事でした。つまり、私たちは誰もそれを諦めたくなかったのです。私たちはそのすべての瞬間を愛していましたが、本当に長い時間を費やしました」とも語っています。

膨大な量のテキストを翻訳することも、どのイベントやアイテムを微調整または変更するかを決めることも重要だったそうですが、最後の壁は「変更内容を日本の開発チームに正確に伝えること」だったそうです。ローカライズチームには流ちょうな日本語を話せる人材がたくさんいたそうですが、日本本社とのコミュニケーションが完璧だったわけではないそうです。例えば、ゲームにバーベキューグリルのアイテムを追加するには、Treehouseと開発者の間で何度かやり取りする必要がありました。しかし、日本のデザインチームは西洋のバーベキューグリルがどんなものかや、バーベキューでは通常どのような種類の料理を調理するのかについて詳しくなかったため、「ケバブを焼く」という最終デザインに到達するまで、何度もTreehouseと日本本社の間で興味深い反復作業が発生したそうです。


効果的なローカライズ作業は、翻訳や理解されない文化的言及の削除、アメリカのアイテムのゲームへの追加だけではありません。ゲームの各部分が日本のユーザーにも西洋のユーザーにも同じ影響を与えることが、優れたローカライズであるとスワン氏は言及しています。

具体例として、日本語版のどうぶつの森では祝日やイベントが始まるコミュニティセンターの役割を果たす「オヤシロ」を挙げました。このオヤシロは日本の「神社」そのものです。神社は儀式的な重要性を持っており、最も顕著なのは正月にほぼすべての人が初詣で参拝することです。どうぶつの森の小さな村のような田舎のコミュニティにおいて、神社は小さいものの、幅広いコミュニティとしての役割を担っています。通常、神社の参拝者は参拝時に5円のお賽銭を納めます。

しかし、西洋人にとって神社という概念は驚くほど異質です。古くて妙に宗教的な感じがするものの、日本では無宗教の人々にとってもごく普通のことです。そこで、ローカライズチームは代替案として、どうぶつの森の神社を西洋における「願いを叶える井戸」に置き換えました。願いを叶える井戸は、ヨーロッパの民間伝承に由来する古代のルーツを持ったもので、現代的ではありふれたものです。日本では宗教に関係なく神社が今でも使われていますが、西洋の多くの国でも人々は願い事をしながら噴水や井戸にコインを投げ入れています。「日本の神社」と「西洋の願いを叶える井戸」の目的はほぼ同じであり、それぞれ意味深いものであるため、ローカライズ作業で2つが置き換えられることとなりました。

もちろんローカライズの過程で文脈が完全に取り除かれたケースもたくさんありますが、それが必ずしも悪いというわけではありません。例えば、どうぶつの森で登場する7体のこけしは、どうぶつの森の開発に携わった女性デザイナーの名前に変更されており、「完全に内輪のジョークのようなもの」になっているそうです。

どうぶつの森のローカライズにおいて最も大きな変更点のひとつが、祝日です。「こどもの日」などの日本にあって西洋にはない祝日を別のものに切り替えたり、日本と海外の両方で共通する祝日であっても、その文化的な違いをすり合わせたりする作業です。例えば、日本では新年に神社を訪れ、おみくじを購入し、おせちを食べます。しかし、アメリカでは大騒ぎしてスパークリングドリンクを飲み、花火をし、抱負を宣言することで新年を祝うそうです。このような文化的な違いをくみ取ることが、ローカライズ作業における大きな苦労のひとつであったというわけ。

他にも、ローカライズ作業によりキャラクターの性別が変更されるケースもあります。例えば、キリンのグレースは日本では男性ですが、海外版では女性扱いです。他にも、ラクダのローランは日本では男性ですが、欧米版では女性になっています。これらの変更が、「長いまつげ」や「派手で濃いメイク」といった女性的なステレオタイプから生み出される誤解を回避するためのものなのか、「任天堂は女性的な男性キャラクターを登場させる」という考えを避けるための施策なのかは不明です。

他にも、どうぶつの森のローカライズに関するさまざまな逸話が、ルーウィン氏の書籍である「Animal Crossing」にはまとめられています。

Amazon.co.jp: Animal Crossing (Boss Fight Books, 33) : Lewin, Kelsey: ファッション

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in ゲーム, Posted by logu_ii

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